第5話 俺は年下に弱かったらしい。


 次の日、電車に乗り込んできたキラリに手を振った。きらりは、俺の横の吊り革を持つと、ぺこりとお辞儀をした。


 おれは手を振りながら、あくびをした。

 いつもより、2時間以上早い電車なので、すさまじく眠い。


 昨日、きらりが明日も一緒に行きたいと駄々をこねたのだ。でも、また部活をサボらせることはできない。結局は、俺がきらりの時間に合わせることになった。


 「そうくん。おはようございます。あの……、早起きさせちゃって、ごめんね?」


 「いや、いいよ。たまってるレポートも沢山あるし、課題やる時間にあてるからさ」


 すると、きらりの目がキラキラした。


 「大学生のお兄さん。……カッコいい!! ウチも、頑張ったら、そうくんと同じ大学いけるかな?」


 うーん。

 きらりは高校2年で、俺は大学3年。


 時系列的には、一緒に通うのは不可能なんだけどな。きらりの顔を見ていると、なんだか言い出せなくて、おれは頷いた。


 きらりは、胸元で右拳を握ると、ふんっと鼻を鳴らした。


 「ウチ、勉強ももっと頑張るっ」


 なんにせよ、勉強を頑張ることは良いことだ。


 「そういえば、昨日は夜中までスマホいじってて、ご両親に怒られなかった?」


 すると、きらりは一瞬、言葉をとめた。

 そして、俺を見上げながら言った。


 「ウチ、おばーちゃんと2人暮らしなんだ」


 おれは、ただ頷くことしかできなかった。

 それ以上聞かなくても、何か事情があるのは察しがつく。興味半分で聞き出すことでもないだろう。


 なんとなく会話がなくなって、ただ2人で吊り革に掴まって時間をすごした。


 他に会話をしている人はおらず、ガタンゴトンというレールの継ぎ目の音だけが電車の中に響く。


 しばらくすると、きらりが話しかけてきた。なんだか右手を握って胸の辺りに当てている。いちいち一生懸命だな、この子。


 「そうくんは、兄弟はいるんですか?」


 「あぁ。いるよ。愚妹が1人」


 「愚妹って……、何歳なの?」


 「ん。高1だよ。引きこもりのへびーオタクでさ。きらりとは大違いだよ」


 「お名前は?」


 「あぁ。しおんって言うよ。紫に音でしおん」


 「しおんちゃん……。美人そう」


 「いやぁ、完全に名前負けだね。俺のことを見ると蹴ってくるし。あいつ野蛮すぎでしょ。おかげで年下が苦手になっちゃっ……」


 『やばい』と思って言葉をとめたが、すでに遅かった。きらりは、口を尖らせて下を向いてしまった。


 無言が訪れる。


 まずい。

 フォローしないと……。


 「いや、きらりと全然違うんだよ。色気なくてガキっぽいしさ」


 きらりは、まだむくれている。


 「じゃあ、お胸は? 大きい?」


 「いや。普通。CかDくらいじゃない?」


 おれは、きらりの胸を見た。

 とっても風通しが良さそうだ。


 目が合うと、きらりは涙目になっていた。


 「わたし、B……。悲しくなってきた」


 どうしよう。

 きらり、小声になっちなったよ。

 言葉を発する度に、坂を転げ落ちるかのごとく、悪い方向にいくぞ。


 『Aよりはマシ』と喉まで出かかったが、さすがにやめておいて良かった。


 きらりは胸にコンプレックスを持っていたらしい。ここは素直に謝るしかなさそうだ。

 

 「ごめん。無神経だった。おれさ。きらりとこうして通学できるようになって、すごく嬉しいんだよ? この時間が大切っていうか」


 きらりは、俺の顔を覗き込んでくる。


 「……ほんと?」


 俺は頷いた。


 すると、きらりは笑顔に戻った。

 

 ふぅ。

 なんとか切り抜けたみたいだ。


 嘘はついていない。

 きらりと話していると楽しいのは本当だ。


 まるで【妹が増えたみたいで】な。


 だけれど、緊急避難のためとはいえ、さらに泥にハマった気がする……。


 でも、きらりの悲しそうな顔をみたら、胸が苦しくなって。放置できなかった。


 これって、たぶん。

 妹みたいに大切ってことなんだろうな。



 すると、子供の泣き声が聞こえてきた。

 みんな無言だから余計に目立つ。

 母親が必死になだめているようだ。


 「ふわりちゃん、もうちょっとだから我慢して……」


 俺は場の雰囲気を変えたくて、きらりに話しかけた。


 「満員電車なのに大変だよね。それにしても、ふわりって変わった名前だなぁ。ああいうのをキラキラネームっていうの?」


 俺は言った瞬間に激しく後悔した。

 だって、きらりは、きっとキラキラネーム代表なのだ。


 俺ってやつは。

 舌の根も乾かぬうちに、やらかしすぎでしょ。

 

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