第2話 こんばんわ。人違いのヒロインさん。
まじか。
人生初めての告白は、人違いしたのに成功してしまった。しかも、プロポーズまで。
彼女は、きっと良い子なんだろう。
雰囲気で分かる。
じゃなければ、普通、知らない男の告白を真剣に聞いてくれたりはしないと思う。
でもね。好みじゃないの。
とはいえ、相手は年下の高校生。
間違えたからって、一方的に取り消したら泣かれそうだ。
やばいよ。
どうしよう…………。
と、とりあえず、儀礼的にも、名前くらいは聞いておくか。
「あ、俺は颯太。山西 颯太っていいます。君の名前は?」
彼女はモジモジしながら答えた。
「ウチ。山茶花(さざんか)きらり って言います。あの。そうくんのことは、そうくんって呼んでいいですか?」
いやあ。
人の名前のことを、とやかく言いたくないが、俺の好みは古風な名前……。きらりちゃんかぁ。地下アイドルみたいだし、好みとは随分と違う。ごめんね。
名字もレア度高くて、絶対に日本に数人しかいないと思う。悪い事したら、すぐに特定されちゃいそうですよ。
それに、ニックネーム呼びの可否を聞く質問が、既にニックネーム呼びなんですけど。
「きらりちゃんは、高校生?」
ちょっと既に会話に困ってしまい、俺は見れば分かる質問をした。
「うんっ。高校2年! あのね。バスケしてるの。これ見て」
彼女は形の良いお尻をこっちに向けて、大きなバッグを見せた。中にはシューズとボールが入っている。
嬉しそうに続ける。
「んでね。今日は体調悪くて朝練に出れなくて。たまたまこの時間の電車だったんだ〜」
なるほど。
そのたまたまの偶然で、この子は、俺の流れ弾に当たったのね。
「それでねっ。そうくんに告白されちゃった。エヘヘ。たまには遅刻もいいね。らっきー!!」
彼女は、そう言うと、笑顔でピースサインを作った。
いやいや。
俺にとってはアンラッキーなのよ。
ふひー。
どうしよう。
俺が悩んでいると、きらりは、駆け足で電車を降りた。そして、こっちに振り向くと、ひそひそ話のように、右手を口に添えた。
「ウチ、遅刻なんだった。先生にもっと怒られちゃう。ちょっと急いでるから、先に行くねっ」
きらりは、タタタッと走ると、ホームの階段の途中で折り返してきた。
「どうしたの?」
「ウチ。そうくんの連絡先、知らない……」
「あ、ごめん。これ」
咄嗟に電話番号をメモって渡した。
きらりは、それを両手で受け取ると、嬉しそうに胸に抱いて走り去った。
「この列車は、特急電車との時間調整のため、しばらく当駅に停車します〜」
駅員のアナウンスを聞きながら、俺は頭の中で無限ループ反省会をしていた。
と、とりあえず。
喜んでくれてるし、人違いだったとか、悪過ぎて言えない……。
性格良さそうな子だけに扱いに困る。
……。うん、妹が増えたと思うことにしよう。
ほら。俺ってば。
小さな頃、ずっと妹が欲しかったし。
実妹は微妙だし?
そして、タイミングを見て自然にフェードアウト。気づけば俺は消えている作戦。これしかない。
「それにしてもあの制服……」
見覚えがありすぎる制服なのだ。でも、ややこしくくなるので、気づかなかったことにしたい。
そういえば、神楽坂さんは、いつの間にいなくなったのだろう。きらりとのやり取りを見られていたのかな。
見られていたら、告白する前に爆死だよ。あーあ。おれの初恋、コクることなく終わったわ。
その日は、大学でも全くモチベが上がらず、神楽坂さん含め、誰にも会わないようにそそくさと過ごした。
そして、1人でブラブラと最寄駅に向かうと、駅前の広場に、女子高生が何人かで騒いでいた。
制服姿で抱き合って、楽しそうに笑っている。俺がイメージする典型的なリア充。
……あーいうの眩しいなぁ。
ゲームと勉強だけだった俺の高校時代とは、大違いだよ。
そう思ってると、真ん中の子が、俺に気づいて手を振った。
ん。
きらりじゃん。
きらりは俺の側まで走ってくると、幸せそうに笑った。
「やった。そうくんに会えた。うふふ……。ウチね。スマホ、家に忘れちゃったの。何も送れなくて、ごめんね?」
わざわざ、それを言うために来てくれたのか。
今日は講義が多くて、夕方近い。
「え。結構、待ったんじゃないの?」
「うーん。……さっき、来た!!」
すると、きらりの友達が割って入ってきた。
「きらり、ほんとは1時間くらい待ってましたよ!」
いくら5月でも、夕方は肌寒い。
「ごめん。寒かったでしょ? ちょっと待ってて」
俺は自販に走り、温かいココアを3本買った。
「これ。良かったら飲んで」
きらりは、受け取ると缶を頬に当てた。
口をアヒルのように少しだけ尖らせ、目尻を下げて甘えたような目で、俺を見上げる。
「……ありがとうございますっ」
きらりの友達が冷やかす。
「きらりの旦那さん。やっさしぃーね?」
きらりは、襟に顔を少しだけ隠すと嬉しそうに頷いた。
旦那さん……? きらりは、今朝のことを包み隠さず皆んなに言っちゃったの?
若さって怖いよ。
後先考えないのな。
これじゃあ、もはや「やっぱ、今朝の無しね」とは絶対に言えない雰囲気だ。
きらりの友達は、俺らに手を振ると「お二人で楽しんで」と言い残し帰って行った。
「帰ろっか」
どちらともなくそう言うと、一緒に電車に乗る。すると、きらりは、何かの意を決したように眉を吊り上げ、真顔でこっちを向いた。
「そうくん、お願いがあります!!」
俺は生唾を飲み込んだ。
「……なに?」
「あのね。わたし年下だし、呼び捨てしてほしいです!!」
「あぁ。……きらり。これでいい?」
すると、きらりは猫のようにプルプルっと肩を振るわせると、ちょっと低い声で「おおぅ……」と言った。
きらりは続ける。
「呼び捨て。……すごくいいです!!」
呼び捨てしただけで、こんなに喜んでくれるのか。それにしても、なんか妙にオッサンくさい反応だな。俺は思わず笑っていた。
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