第12話

「技効かないだけであんま強くなかったな……残念」


 崩れ落ちるボスを視界に入れることもなく進み、手元の刀をゆっくりと仕舞い地面に下りる。

 虚しい――と言えば虚しい。



 :いやいやおかしい

 :それはない。俺ここで七十回死んでるもん!

 :普通そんくらいだよな……

 :うんうん



 俺も、初心者だった頃はそんな風に苦しんでたっけ。

 七十回どころじゃない、百回超えたこともザラだと思う。


 ただ……無限に挑戦して失敗して、トライアンドエラーを積み重ねて、試行錯誤して、また失敗して、成功して……

 ずっとずっとずっと――

 深く深くのめり込んでいってから……今では立派な戦闘狂になってしまった。


 

 誇らしいよね。

 

 

 とはいえ……あの犬っころは、あんま歯応えなかった。

 いや手応えか――


 まあどっちでもいいや。



 とにかく、戦ってて最初は楽しめたけど、その後の失速がどうしてもあった。


 だから――


「やっぱあの爺さんともっかい戦いたいなぁ……!」


 無意識に声に出してしまった。興奮が抑えられない。

 あれは良い相手だった。いや、最高の相手だった。

願わくばあと五十回――いや百回でも戦いたいくらいだ。



 :氷の剣聖、か……

 :おれやだよあいつ……スフィア社の作品全部やってるけど、まったく歯が立たなかったもん

 :自分も……

 :あのハッスル爺さんの相手はこりごり

 :まじで今まで培ってた技術全てが塵と化して泡吹いたわ



「えぇ……みんなもっと戦えよ」


 軽く肩をすくめる。俺からすればあの爺さんは無限に欲しいものが飛び出すびっくり箱だ。


 :お、鬼がいる……

 :幼女かと思ったらスフィア社に脳を侵された修羅だった話する?

 :俺の一瞬のときめきを返して欲しい。でも可愛いから許す


 

 許すのかよ……

 というか何様だよ……


「こほん、まあいいや。今回のボス戦は技を打ち足りなかったし、鬱憤を晴らすってことで……ネット対戦しようかなぁ」


 :警告⚠︎……全翠雪花プレイヤーに告ぐ。直ちに避難せよ!

 :メーデー! メーデー!

 :こちら、対戦勢……全力で逃げる模様。



「まあ待てや……お前ら一緒に遊ぼうぜ?」


 画面越しでも、笑みが伝わるだろうか。この心底楽しそうな笑顔が――



 :幼女、怖い……凄い可愛いお顔してるのに、こわいよぉ……

 :……スケテ、ダレカ……タス、ケテ

 :かわいいなぁ(洗脳済み)


 勝手に震え上がってるコメント欄に苦笑いしつつ、コントローラーを握り直した。


 メインストーリーもクリアしたいけど、お口直しに対人やりたいよね。


 特に技のシステムには慣れておきたい。


 その点対人であれば、自分もいつか使えるであろう技を相手がどんな風に使ってるのか研究できるから、最高の練習場だろう。



「よいしょっと……最初は誰が相手をしてくれるかなぁ」


 一旦初雪の里に戻り、インターネットに繋ぐ。

 そうすることで、氷結晶に近づくとネット対戦のメニューが開ける。


「これを開いて……」


 レベルも技も制限無しのカジュアル対戦を選ぶ。


 今の自分のレベルと技しか扱えないとはいえ、充分楽しめるだろう。


 待機プレイヤーのリストがスクロールしながら表示されるたび、視界が自然とニヤリとした。


「どうしよっかなぁ〜」


 :南無三……

 :待機中のプレイヤー数、少なくないの草

 :まさか、全員犠牲者候補?

 :おい、やめろ。震えが止まらん


「嫌だなぁ、ただ、楽しく遊びたいだけだってば……なあ?」


 :ヒェ……


 楽しくなっちゃうと、がなり声が出るのは癖か。




 まあそんなことはどうでもよくて――誰がマッチしてくれるだろうか。




「おっ、マッチした。さて、どんな相手かなぁ……?」


 マッチングが完了し、画面に現れたのは名前が「Lv1Prowess」というプレイヤー。

 見た目は無難なガチガチに鎧を固め、薙刀を手に持ったキャラ。

 レベル制限無しのカジュアル対戦にわざわざ入ってきた以上、少なくともそれなりの腕前を期待できるはず。


「よろしくお願いしますっと……」


 雪が吹雪く荒れ果てた闘技場で、戦いが始まる。


 :なんか、弱そう……

 :まだ見ないと分からんぞ!


 うーん、なんか動きが初心者っぽい相手だし、どうだろ。

 


 だが、次の瞬間。


 ――カクカク。


「ん?」


 なぜか戦闘の途中で屈伸をしてきた……

 普通の挨拶なら一度か二度で終わるところを、相手は執拗に上下を繰り返している。


 なんだこれ……

 挨拶……だよな?


「……うーん、挨拶がちょっと熱烈すぎない?」


 疑問を抱きながらも、多分そういう初心者特有の謎のテンションだろうと流すことにした。


 しかし……

 試合開始直後、さらに奇妙な行動が目立ち始める。


 相手はやたらと高速で移動し、こちらの攻撃が明らかに当たらない挙動を見せ始めた。

さらに攻撃を受けてもまるで無傷で、時折こちらを振り返り――


 ――カクカク。


 またしても屈伸。


「ふ、ふーん、もしかしてだけどぉ、煽ってる?」


 :うわぁ、露骨な煽りプレイヤーだ

 :ちょい待て……おかしくねえか?

 :パリィしたのにスタンしないしそんな技は無いはず……


 なんか不穏だな。


 一旦距離取って様子見する。

 挙動が速い。

 なにかのバフかと思いきや、予備動作が何も無いから「技」では無いことは確定――か。


 しかも、魂魄ゲージを消費せずに連続で雪刃を放ってきやがった。


 やっぱりこいつ……


 :あー、確定ですね

 :あからさますぎる

 :なぁるほど……


「……おまえ、チーターか?」


 肩をすくめつつ、深く息を吐きながらそう言う。


 :うわぁ……

 :煽りにチーターとか、役満すぎるだろ!

 :ひでぇ……翠雪花プレイヤーの風上にも置けない

 :おれこんなやつ当たりたくねえよ


「チッ……」


 最初の相手がこいつとか最悪。


 攻撃を一発決めた後でも、相手はすかさず屈伸。

 さらにこちらの間合いをすり抜けるように、明らかに通常の移動速度を逸脱した動きで回り込んでくる。


「はあ、はは……あははははは」


 :あーあ

 :ホドちゃん完全に怒ってて草

 :煽りチーターには天誅を!


「チートで勝とうなんて魂胆かぁ……おーけーわかった」


 口元に浮かぶ笑みは、いつものそれよりもどこか鋭い。

 煽りやチートごときで本気を出す気はなかったが、ここまでされると話は別だ。


 :あ、チーターさん終わったな

 :目ぇつけられちゃった♡


「――そっちがその気なら、遊んでやるよ」


 地獄のような世界を――今魅せてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る