第9話

 冬の季節。


 窓の外はそこもかしこも雪で覆われていて――パソコンの画面も同じように雪に包まれていた。


「さむ……」


 配信、するか。


 いやでも勉強もしないといけないんだよなぁ……


 今は冬休みだし、ゲームに没頭しすぎて、冬休み最後に宿題に追われるとかは嫌すぎる。


 計画的にやらなければ。

 特に日記とかやらないと詰む。


 あれ……

 でも、日記って言っても俺ずっとゲームしかしてないから、それについてしか書けないんだけど?



 あれ?


「どうしよ……」



 むむむむ、ゲームしたい。


 ただ、親に心配を掛けると心置きなくゲームができない。

 日記のカモフラージュとして、近くの体育館とか、図書館にでも行くか?


「まあ、それが無難か」


 そんな独り言を呟きながら、テーブルでお雑煮を食べる。


 もち、小さく切らないと喉詰まらすぞこれ――幼女になった弊害か。


「どうしたのホドちゃん。何か悩み事でもあるのかな? パパがなんでも聞いてあげるよ?」


 全くこの親バカは……


「うーん、なんでもない。あ、そうだ図書カードとか欲しいな」


「ホドちゃん、本好きだもんね。分かった、パパが用意しておくよ」


「わーい」


 なんだこれ。

 茶番か?


 

 というわけで、無事図書カードをもらえたことだし、近所の本屋にでも行こう。



 そして我が父よ……あなたは仕事があるだろう?


 いくら心配だからって仕事休んで俺と一緒に本屋についてこようとしてもだめだからな?


 心配性の父を落ち着かせ、マフラーと可愛らしいポンチョと手袋をつけて外に出る。


「やっぱさむいな……」


 外に出た瞬間、冷たい空気が顔に触れ、思わず肩をすくめる。


 周囲は雪景色一色。雪が降り続ける中、吐く息が白く染まる。


「冬か」


 少しだけ足を止めて景色を眺める。

 純白の世界はまるでゲームの中の風景のように幻想的だった。

 ただ寒さには勝てない。


 小さな手を擦り合わせて温めながら、雪道を歩き出した。



 

 商店街に入ると、いくつかのお店がすでに正月らしい飾りつけをしているのが目に入った。

 提灯やしめ縄が並び、正月用の餅や飾り物を売るお店が活気づいている。



 本屋に行くつもりが、つい足を止めて店の窓を見つめていた。

 ウサギの置物が可愛らしく飾られているのが気になったのだ。


「もうすぐウサギ年かぁ……」



 雪も憂うこの頃に……兎はよく映えるだろう。


 翠雪花の世界でも、敵対しない唯一のモブに白い兎がいる。



 しみじみと呟きながら眺めていると、隣に小さな女の子がやってきた。

 自分と同じくらいの年齢に見えるが、まあ俺は中身があれだから純粋に同じとはいえないが……


「ねえ、これ可愛いよね!」


 その女の子が突然話しかけてきた。


「そうだな」


 内心少し焦りながらもそう受け応える。

 誰かに話しかけられるのは久しぶりで、慣れないけれど、その子の無邪気な笑顔に引き込まれ、妙な気まずさはすぐに消えた。


「わたしね、これパパに買ってもらうんだ!」


 近くにその子のお父さんらしき人がいて、にこりと微笑む。


「そっか、いいね。お正月の飾りになるね」


 みんな、親バカだなぁと思いながら……軽く会話を交わした後、再び本屋へ向かう足を動かした。




 本屋のドアを開けると、外とは打って変わって暖かい空気が全身を包み込む。

 室内のほんのりとした暖かさに思わず安堵の息をつきながら、入口付近で雪を軽く払って中に入る。


 中には色とりどりの本が整然と並び、軽やかなピアノ曲がBGMとして流れていた。

 子供向けの絵本から厚い専門書まで、棚にはジャンルごとにきれいに分けられていて、なんとなく整った秩序感が心地いい。


「さて……何を選ぼうか」


 日記のカモフラージュという目的はあるものの、せっかく本屋まで来たのだから、ちょっとくらい自分が楽しめる本を選びたい。

 そんなことを考えながら、児童書のコーナーへ向かう。


 こんな姿で他のコーナー行ったら変だしな。


 

 棚をじっくりと眺めていると、目に飛び込んできたのは『雪うさぎと不思議な森』という本だった。

 表紙には真っ白な雪景色の中で、白いウサギが楽しそうに跳ねているイラストが描かれている。


「……無難にこれにするか」


 これなら、日記のネタにも使えるし、配信の小ネタとしても活かせるかもしれない。

 ついでに、翠雪花の世界観となんとなく重なる部分もある。ゲームのプレイヤーたちに向けて話題を提供するには、ちょうどいい題材だろう。


「おっちゃん、これくれ」


「あいよー、嬢ちゃん一人かい? 舞妓のような別嬪さんだねぇ」


「ああ、ありがと」


 舞妓って……ただのアルビノだが、まあいいか。


 レジで会計を済ませ、本を紙袋に入れてもらった後、店を出る。

 寒さに身を縮めながら、帰り道を歩いていると、先ほどの女の子がまた目に入った。


 ウサギの置物をしっかりと抱え、お父さんと一緒に歩いている。

 嬉しそうな笑顔がなんとも印象的で、思わず自分の父親を思い出してしまう。


「……まあ、親ってそういうもんか」


 独り言を呟きながら、少しだけ微笑む。


 それにしても、今の父もあの子の父親みたいに、俺のことを大事に思ってくれてるのだろうか。


 昔のと今の俺。

 どっちも同じで、混ざり合った奇妙なことになってしまった。


 今も私は俺であることには変わりないが……

 まあ、いいか。

 

「難儀だな」


 降り積もった雪を見て……足を止める。

 雪の上に自分の足跡がいくつも並んでいるのを眺めた。

 その跡は、まるで自分の歩んできた道を静かに語るようだった。


「……混ざり合っても、変わらんな」


 小さな足跡が続くその道は、不思議なほどに白銀の景色に溶け込んでいる。

 けれど、その一歩一歩が確かに存在していることを思えば、自分の中で何が変わろうとも進んでいくしかないのだろう。


 握った紙袋の中から本の感触を確かめながら、帰り道を再び歩き出した。


 続きをしよう。


 前世で叶わなかった願いの続きを。



 ――――――

 ――――

 ――



 翌朝、いつも通りの冬の寒さが訪れる。

 昨日とは違うのは、今日の俺には少しだけ前向きな気持ちがあることだった。


 湯気を立てるお雑煮を食べながら配信のネタを考える。

 小さな手帳には日記の下書きがもう書かれている。


「よし、今日もやるか」


 寒さの中でも、心にはほのかな温もりがあった。

 その一歩一歩が、確かに俺を前へと進ませてくれる気がしていた。

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