第8話
画面の中で、倒れた爺さん――東 宗一郎の体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。
氷の鎧が音を立てて砕け、彼の顔が露わになる。険しい表情はどこか柔らかさを帯び、瞳の奥に静かな光が宿っていた。
『剣士殿……もはや一人前の剣士と言うべきか。見事なり』
宗一郎がゆっくりと立ち上がる。
ゆらりゆらりと霧のように消えたと思った瞬間、すぐ目の前に現れてびっくりした。
「……はぁ」
画面の中の剣を鞘に収め、椅子にもたれかかる。
結構きつかったけど、凄い楽しかった。
: おめでとう!
: 初見で倒すとかマジやばい
: これもう神プレイ確定じゃん
とはいえ流石に脳が悲鳴を上げてる。
疲れた。
一旦、お茶飲むか。
「よいしょっと」
一旦席を外し、お茶を取ってくる。
それからはまた椅子に座って画面を見ると、倒したはずの東爺さんがぴんぴんしながら笑っていた。
まあ分かっていたことだけど……倒せる敵ではなかったか。
いや敵といっても友好NPCなんだろうけども。
『極まれり……か。良き剣士殿、其方の名はなんと言う?』
お、ここで名前を決めるのかな?
最初に名前は設定できなかったからここで決める感じか。
とりあえず……
自分のチャンネル名でもあるホドでいっか。
【プレイヤーネーム:ホド】
画面に表示された文字が消えると、宗一郎が満足げに頷きながら腕を組む。
『ホドか……良き名だ。其方はまだ未だ道半ば。わしよりも先に行けるだろうが……まだ足りない。ふさわしい剣士となるべく、次なる試練を与えよう』
「え、まだ試練あるの?」
ホドが画面越しに苦笑いを浮かべると、宗一郎は豪快に笑った。
『ふはは! もちろんじゃ! 剣士たる者、立ち止まることなど許されぬ。先を見据え、己を高めることを忘れるでない』
そう言いながら、宗一郎は手をかざす。すると、彼の周囲に雪の結晶が舞い散り、幻想的な光景が広がった。
『そなたにこれを授ける。だが、それを扱う覚悟があるか、今一度問わせてもらうぞ』
ホドのキャラが一歩踏み出すと、画面に選択肢が表示される。
選択肢:
【1,もちろん】
【2,まずは休憩を……】
コメント欄が盛り上がる。
: ここは当然1だろ!
: いやいや、2選んでどうなるか見たい
: まあ無難に1を選ぶべき
「いやいや、ここで2は選べないだろ」
勿論先へ進むべきだ。
というわけで、カーソルを1に合わせる。
選択を決定すると、宗一郎が再び満足そうに頷いた。
『良かろう。その覚悟、しかと見届けた』
彼が手を振り上げると、画面全体が一瞬真っ白に染まり、次の瞬間、新たな技の説明が表示された。
【新技獲得】
・
・
「おお、きたきた!」
翠雪花のメイン――「雪技」
美しいものを三つ表すときに使われる雪月花の「雪」の系統で、主に攻撃技がそれにあたるらしいけど……
うーん、効果を見る限り対人戦でもよく使われそう。
特に雪刃は使い勝手良さそうだな。
雑魚敵とか嵌める時に使えそうだし……かなり戦闘にバリエーションが増えた。
:あれ、本来ならここでは雪刃以外技を覚えられないはずなんだけど……倒したからか?
:まだ翠雪花クリア者出てないから、色々発見されてるけど、これは知らなかった
「あぇ、そうなんだ」
:そうそう
:というか、あれを初見で攻略とか人間じゃない
:この幼女……どこかおかしい?
「おかしいか?」
:おかしい
:あまりに血に飢えすぎてておかしい、この年頃だったらまだおままごとしてるはずだろ!
そっかぁ……
これができないなんて、幼女たちは人生の半分を損してることになるのか。
かわいそうに……
『では……剣士ホド殿、初雪の里へようこそ。まずはゆっくりするといい』
宗一郎がそう告げると、画面がふわりと切り替わり、見知らぬ山道に立っていた。
背後には氷雪に包まれた高峰、前方には白樺の木々が連なる静謐な景色が広がっている。
地図が更新され、新たな地点「初雪の里」が追加されたことを知らせる通知が表示される。コメント欄も一気に賑やかになった。
: ついに初雪の里か!
: お疲れ様〜!
:神プレイだった……
:こんないたいけな幼女なのに、中身はごりごりの戦闘狂って……スフィア社はなんて業が深い化け物を産んでしまったんだ
「失礼な……ただ単純に戦いが好きなだけなんだけど」
:それで翠雪花にくるのはいかれてるんよ……
そうかぁ?
そうかぁ……
みんなは俺のように戦いは好きじゃないのか……
: 里のはずれにある氷結晶にいくとセーブポイント更新されるよ、そっからはいよいよネット対戦解禁だね!
「対人かぁ……」
スフィア社が手掛ける高難易度ゲーはほぼ全作品やってきたとはいえ、RTA勢だから対人はあまりやったことないんだよなぁ……
:ホドちゃんならすぐ緋帯いけそう
「緋帯?」
:対人戦での段位で、レートみたいなもん。緋帯は一番上だよ
ああなるほど。
「それにしても対人ねぇ……ストーリーも進めたいけど、やってみたさはある」
翠雪花が発売して一ヶ月。
一体どれくらい開拓が進んでるのか正直気になるし、対人はやりたい。
だから……
「技とかまだ操作慣れてないから、少し進めたらやってみようかな」
そう言いながら綺麗に整えられた白樺の林を抜け、初雪の里のハズレまでやってくると、祭壇のようなものがあり、その上に文字通り美しい氷の結晶が置いてあった。
「ここでセーブポイントを更新できて……体力も回復できると」
なるほど了解。
拠点「初雪の里」
- ネット対戦が解禁されました。
- 他プレイヤーとの交流が可能になりました。
「よしっと」
それにしても、この辺りは敵が居ないのか……
もしいたら、セーブポイントが近くにあるから敵を倒してはリセット更新を繰り返してアイテムとか集めたかったのに。
あたりを少し散策する。
「綺麗だなぁ……」
ちらほらと山道の脇に雪だるまや凍った川が見えてくる。寒々しいが、どこか温かみのある風景。
懐かしささえ感じられる不思議な体験。
:絶景だなあ
:それな……作り込みがレベチ
本当に、待ち侘びていた。
これが、見たかったんだ。
ずっと、ずっと……
ずっと――――
「ずっと待ってたんだ。この世界を……」
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