畏怖殺しと小さな禍

「あんたが売ってくれた水と泥ね。結構良質なやつだったから買い取ってやるよ」


 錬金術師の老婆がヒカゲに銀貨一枚を手渡した。


「こんだけ?」

「文句あんなら泥ぶっかけるよ」

「それは嫌だな」

「じゃあとっとと帰れ!殺すぞ!」


 そう言って老婆はヒカゲを手で追い払う仕草をする。


「言われなくても帰るよクソババア」

「ちょっと!誰がババアだい!金返しな!この能無しが!」


 騒いでる錬金術師をよそにヒカゲは歩き始めた。


「んで?なんで俺に助けて欲しいのかな」


 ヒカゲは少女に質問をした。


「私のことをお世話してくれていた人がいまして、その人がよく言っていました。私の母は冒険者たちによって殺されたと。特に恐ろしかったのが触れたものを消す能力を持ち畏怖殺しと呼ばれていたヒカゲという男だとも」

「なら俺のことを恨むでしょ」

「いえ逆です」


 少女は首を横に振った。


「私の母は殺されても仕方がないことをやった魔物だったそうですし、私もそう思っています。それに、世話役の人と私の周りの魔物は喜んでいましたよ」

「どんだけ嫌なやつなのさ、君のお母さん」

「冒険者に殺された、あなたもそれに加担した。そして最悪な魔物。分かりませんか?」

「もしかして、、、」


 ヒカゲはなんとなく嫌な予感がした。この流れだと確実に良い話ではない。


「ええ。私は妖魔王の娘、ヒナといいます」

「マジか」


 嫌な予感が当たった。


「、、、ちょっと色々聞きたくなってきた。ここじゃあなんだしどっか店の中にでも入ろう」


 二人は少し歩いた先にあるレストランの中に入った。


「お腹空いたでしょ、何が食べたい?」

「とりあえずお肉が食べたいです」


 席に着くとヒナは申し訳なさそうに言った。


「だってさ」

「かしこまりました」


 ウェイターは頭を下げると注文を調理場へ伝えに行った。


「ヒナ、、、ちゃんでいいのかな?ヒナくんの方がいい?」

「ヒナくんでお願いします」

「ヒナくん。さっきの続きだけど、妖魔王の娘がなんでこんなところで」

「説明すると複雑になるんですけど、、、。簡単に言っちゃうと母が死んで、私は卵の中にいた時から生き残りの人たちが小さな村で育ててくれて静かに暮らしてたんですよ。そしたら私のせいでその村が襲われて、最後はなくなったので逃げてきたんです」

「えっと。もしかして無くなったって、、、」

「皆殺しです」

「わお。君、まだ若いのに大変だね」


 酷い話だ。

 自分は恐怖という感情がよく分からないが、幼い彼女からしてはきっとよく聞く恐怖より耐えきれないものを感じたのだろう。ヒカゲはそう思った。


「私は災いです、周りを不幸にする。ヒカゲさんと話したらすぐに街も出る予定です。ヒカゲさんが死んだら嫌ですから」

「村が滅びたのは君のせいじゃないよ」

「いえ。村が滅ぼされたのは私が命を狙われているからです。きっと妖魔王の娘だからだと思います。母は色んな人に恨まれていましたし、だからきっと復讐なのかもしれません」

「そんな単純な理由なのかなぁ」

「それしか考えられないじゃないですか」

「、、、まあね」


 ヒカゲはちょっと色々引っかかりつつも、とりあえず頷いた。


「自分ではこれからどうすればいいか分かりません。だから母を倒せるほどの長いキャリアを持つあなたから何かアドバイスをいただきたいんです」


 ヒナはそう言ったがヒカゲは少し考え首を横に振った。


「いや、俺は魔王にとどめはさしていないんだよね」

「え、そうなんですか」

「そりゃそうさ!冒険者パーティーのリーダーに決まってるじゃん。俺はあくまで斥候。じゃないと俺はもっと英雄視されているよ、こんな貧しい生活もしていない」

「でも私がどこへ向かうべきとかは教えてくれますよね?長年冒険者をやってきたんです。あ!じゃあ絶対に誰も襲いに来ないような場所とか知りませんか?今まで旅をしてきてそんな場所はありませんでしたかね」

「いやないかな、、、。安全なところなんて聞いたこともないよ」


 そもそも冒険者には常に危険が伴ったので安全なんて思ったことはなかった。よく敵から逃げる時に安全なところに避難をしようと言われたりはしていたがここよりはマシな場所に行こうというのが正しい意味であったのだ。


「そうだ!君のお父さんは?お父さんのところならいいんじゃないかな」


 名案だとばかりにヒカゲは解決策があったのでヒナのテンションを上げるため弾むように明るく話す。

 しかしそれは逆効果だ。


「お父さん、、、」


 ヒナの表情は曇った。


「私は父親がわかりません」

「、、、父親も殺されたかんじか」

「いや生きているらしいんですけど会ったことがなくて。どこにいるかも分かりません」

「そうなんだ。どんな人なんだろな」


 ヒカゲは腕を組んで考えた。

 ふと、その時あることに気づいた。


「ん?いや待てよ?あのさ、君のお母さんって人外だったよね。四足歩行で体がゴツゴツした」

「そうですね」

「んで、君は人間の姿をしている」

「はい。ということは父親は人間だと思います」


 ヒカゲは黙り込んだ。これはつまりそういうことだからだ。

 気づいたらウェイターが肉をテーブルに置いていた。


「あっ、今エッチなこと考えてましたね」

「いやむしろ想像したくなかったんだが」


 ヒカゲの考えていたことなんてヒナにはお見通しだった。

 ヒナは肉にかぶりつき始めるとあっという間に食べ切ってしまった。


「うむ、、、。君の父親を知ってるであろう人達はみんな死んじゃったんだよね?」

「そうです」

「じゃあ聞ける人もいないわけか、、、」


 これ以上ヒカゲにできそうなことはなかった。これは完全にお手上げだ。


「ごめん!悪いけど君の力にはなれなさそうだ。俺が人にめちゃくちゃ好かれているか、権力があればなぁ。探すのをいろんな人が手伝ってくれただろうに」

「そうですか、、、。分かりました、お肉ごちそうさまでした」


 ヒナが立ち上がろうとしたその時。


「まって、まだ行っちゃダメ」


 ヒカゲはヒナを引き止めた。

 なぜ止めたのかヒナは分からなかった。

 しかし、どうやら彼は視線の先にいる人物、店に入ってきた帽子を被った黒い制服を着た男を見てそういったようだ。


「騎士団員だ。君が見つかったらまずいことになる」


 ヒカゲは用心して騎士団員の様子を伺った。

 だがトラブルが起きた。

 少しチラリと見るだけだった。なのに、騎士団員と偶然目があってしまったのだ。

 まずい。そう思ったヒカゲの頭の中ではヒナに触れて能力で隠すか、この場で騎士団員を始末するかの二択が瞬時に作られた。

 しかし、そんなことすぐに忘れるくらいのことがさらに起こった。


「あ」


 騎士団員の男はヒカゲを見てその一言だけ発した。

 何かに気づいたようにだ。

 そう、久しぶりの人物に会ったときのように。


「ああっ!!ヒカゲちゃん!?」


 そう言われてヒカゲもすぐにそいつが何者か気づいた。


「違います」


 すぐに別人だとヒカゲは否定をする。


「いやいや!君ぃ、冷たいな!」


 騎士団員の男はヒカゲの横に無理やり座ってきた。


「え?知り合いの方ですか?」


 そう言って、机の下に隠れていたヒナは思わず顔を出してしまった。


「ちょっと、、、!ヒナくん!顔出しちゃダメだって!」

「子供!?君、結婚したのか、、、?俺以外のやつと?」

「あー、最悪だ。ほんとこいつのノリ嫌い、夢であってくれ、、、」


 ヒカゲは頭を抱えて俯いた。


「仲良いですね!」

「仲良くないから!」


 ヒナの言葉にヒカゲは即座に反応した。


「そうそう!仲良いでしょ!?元冒険者で同じパーティーだったのよ」


 騎士団員の男は調子に乗り始めたのか、バンバンとヒカゲの背中を叩きながらニコニコと笑っている。


「いや本当久しぶり!妖魔王の討伐以来じゃね?」

「え、妖魔王って。もしかしてあなた、、、」


 男の言ったことにヒナは反応した。


「んー?俺ぇ?まあどうせ信じてくれないだろうから言っちゃうけどさ」


 男はキョロキョロと店を見回してヒナに顔を近づけた。


「俺、魔王を昔ぶっ殺したんだよねぇ」

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