彼の名は

「連れて帰ったのはいいが、看病ってどうやってやるんだ」


 とりあえず少女を布団の上に寝かせといたが何から始めていけばいいのか、ヒカゲは考えた。

 そもそも彼は一度も看病ということをしたことがないのだ。


「どこかに本があったな」


 本を読むのは好きだった彼は色々とジャンルを問わずに揃えていた。もちろん医療関係についてもだ。ヒカゲは本棚に置いてあった目当ての本を一冊手に取った。

 そして本を片手にしながらも少女の熱を測った。


「熱はなさそうだ、腹減って倒れていただけかも。栄養のあるものを作ろう!」


 ペラペラとページをめくりながらキッチンの方へ向かうとヒカゲは早速小さな食品保存用の倉庫の中を見る。

 だが中身はスカスカだ。


「ご近所さんに野菜分けてもらおうかな、、、。いやこういう時は肉か?肉はどこで買うんだっけ」


 ふとその時。


「もしかしてだけど。今、君は背後からナイフを俺に向けてるのかな」ヒカゲは突然そんなことを呟いた。

「、、、そうですね」


 ついさっき目覚めた少女が握りしめたナイフは小さく震えた。まさか振り返らずともこちらの状況がわかるとは思わなかった。

 この青年はただ者ではないと少女はすぐに理解した。


「俺のことを殺そうってんなら」


 そう言ってヒカゲは手を挙げた。


「俺は別に敵じゃない。その証拠に俺は今君に背中を見せているし、玄関の鍵は開けてあるから君はいつでも逃げられる」


 そして、出口の方に指を刺した。


「それでも信じられないなら、俺は大人しく殺されるしかないな」

「まるで死ぬのが怖くないかのようにいいますね」

「まあ、そんなところかな」


 ヒカゲはそう言って短く笑った。

 その時、ヒカゲはあることに気づいた。


「ん?」

「どうしたんですか」


 窓の外の方。何か物がぶつかった気がした。

 よく見てみるとそれは透明の液体、どう見ても水であろう。


「いや、いま窓の外が水で濡れた気が、、、。雨かな」


 かなりの量の水だった。

 これが雨の前兆ならきっと土砂降りの雨が来るであろう。


「今日は泊まってったほうがいいかもね、濡れると風邪ひくよ」


 親切心でヒカゲは少女に言った。

 だが彼の言葉に少女は眉を顰めた。


「、、、何を言っているんですか?親切を装って私を家に閉じ込めるために嘘をつくなんて」

「嘘なんてついてないよ」

「私から見える窓は濡れてなんかいませんよ。雨なんて嘘をつかないでください」


 少女は自分から一番近い窓を指差した。

 確かに窓は濡れていない。雫もないのだ、一滴も。

 でもそんなことはありえない。


「じゃあ何で俺の近くの窓は濡れているんだ」

「それはあなたが私に嘘をついているからですよね。もしあなたの言っていることが本当なら、この家の半分だけに雨が降ったということになりますよ。そんなの普通に考えてありえないですよ」

「いや本当だって嘘じゃないよほら」


 なかなか信じてくれないため、しつこいと思いヒカゲは家の中が濡れるのは嫌だが窓を思い切って開けてみた。

 だがそれは間違いだった。


「うわっ!?」


 突然とんでもない量の水が入ってきたのだ。

 開けるのを待っていたかのような勢い。

 その量はまるで家というコップの中に水を注いでいるかのようだ。


「え!?あなた何したんですか!」

「俺は窓を開けただけだ!そしたらこんなに、、、!」

「雨なんてレベルじゃない!洪水とかでもない!家の中に水が大量に流れ込んでくる!!」


 少女はドアまで走り、出口を押してみる。


「扉が開かない!おそらく外から何かで抑えられていて開けれません!」

「何かって何?」

「何かですよ!でも、おそらくですが私の考えですとこれは水です。家全体が布団のシーツのように水で包まれようとしているんです!!」

「なるほど、どうやら水責めってやつにあってるようだな」

「なんでそんな冷静でいられるんですか!?窓を割っても水が出ていかないんですよ!?これは異常です!!このままじゃ溺死してしまいます!」


 少女は半泣きになりながら必死に水の中でもがいた。

 泳げないのであろうか、足をばたつかせるだけでこのままではヒカゲより先に死ぬだろう。


「クソッ!嫌だったが使うしかない、、、!!」

「え!?」


 ヒカゲは水中に潜った。


「まさか自殺を、、、」


 彼は命を諦めたのか。


 いや違う、逆だ。助かるために潜ったのだ。

その証拠に水位がかなりのスピードで減り始める。

 水はあっという間になくなり少女は家の床と永遠にお別れをせずに済んだ。


「"キリングオールこの世から消えろ"」


 ヒカゲは一安心したのか一呼吸ついた。


「水を一時的だけど取り除いたおかげで何とか助かったな、、、」

「この力、、、。もしかして、冒険者バース!?しかも普通の能力じゃない!もしかしてあなたが、、、」


 少女があることを言いかけた時。


 追い打ちをかけるかのように窓から何かが飛んできた。それはコロコロところがり二人の間で止まる。


 投げ込まれたのは爆弾であった。


「やばい!」


 ヒカゲは少女を抱えてすぐに窓から外へ飛び出した。


「伏せろ!」


 ヒカゲがそう言った直後、家は破壊された。

 なんとかヒカゲは少女を爆弾から守り抜くことができた。


「何だよ生きてんのかよ〜」そう言った男の声にヒカゲは聞き覚えがあった。


 そして色々と頭の中の記憶を引っ張り始める。

 酒場で奢ってくれた男、仕事仲間のやつだ。男の名前はたしか、、、。ウォルターだ。


「そういやぁ、アンタ元冒険者だって言ってたな。なるほど水を操るバースか。シンプルだがすごい能力だな危うく死ぬところだった」

「お前こそどうやって俺の"アクアライオット群青の暴力"から逃れたか知らんがさすが今まで生き残ってきた冒険者といったところか。実力はあるようだな」


 ヒカゲは周りを見渡してみる。

 男は他にも数人の仲間を連れてやってきたみたいだ。ウォルターは軽装備だが、周りの全員が何故か銃とナイフに鎧の重装備をしているのをみるにはおそらく他の奴らは能力を持っていないのであろうとヒカゲは推測した。


「お前ら何しに来た。俺は殺されるようなことしてないぞ」

「お前じゃねえよ、そのガキが狙いさ。そいつを渡せよ。いや、この場で殺してもいいんだぜ」


 ウォルターは少女に指をさした。


「明らかに危害加える奴に子供を渡すアホがいるとでも思っているのか?」

「ヒカゲ、そのガキを匿ってお前に何のメリットがある?ごちゃごちゃ言ってねえでガキをよこせよ」

「嫌だね。回れ右で家に帰り、生きて帰れたことに感謝して暖かいベッドで寝るんだな。さもなくばお前らを全員始末する」


 すると隙を見たかのように仲間の男が突然銃を構えようとする動きを見せた。

 それにヒカゲはすぐに気づき少女の頭の上に手をのせた。


「隠れて」

「え?」


 少女は池に落ちたかのように地面に吸い込まれて消えた。

 そして、ヒカゲは腰に刺していたベルトナイフを銃を構え発砲しようとしたウォルターの仲間より素早く投げて心臓に刺した。


「クソッ!能力でガキを消したな!」

「なあウォルターさんよ、これ以上俺に人を殺させてくれるなよ」


 だが敵は発砲するためにライフル銃を構え始める。これは宣戦布告だ。


 ヒカゲは弾丸が飛び交う中、片っ端からピストルで撃ちころした。

 そして敵の死体からナイフとライフルを奪うと走りながら撃ち殺し、あっという間に敵を無力化していく。


 最後に生きていた目当てのウォルターまであと少し。


「なっ!!」

「遅い」


 あっという間に距離を詰めナイフで刺そうとした。


 だが次の瞬間。


 目の前にいきなり泥の壁があらわれナイフをガードされた。

 さらにこちらに向かって倒れてくるのでヒカゲは急いで下がってよけた。


「壁っ!?」


 何が起こったのかわけが分からなかった。

 だがそれで終わりではない。

 倒れてきた泥の壁が今度は拳のような塊となり、ヒカゲを殴りつけてきた。


「ぐあっ!!」


 ヒカゲは地面に転がった。


「ここには水がないから攻撃ができねえ、そう思ってたんだろ」


 ニヤニヤと笑うウォルター。


「だが!周りを見てみろよ間抜け!ここらは木や草が沢山生えている!植物には水が含まれているんだぜ。その水分を操って土に吸収させればよぉ、土だって思い通りに動かせちゃうんだよなぁ!!」


 操られた泥は紐状になるとヒカゲの足を縛りつけ、空中へ放り投げた。


「うわっ、、、!!」

「もう百発こいつを喰らいなぁ!」


 泥の打撃がまるで格闘技のラッシュのようにヒカゲを襲った。

 ヒカゲは勢いよく吹っ飛ばされる。だが、地面に落ちる前に体の向きを変えてうまく着地した。

 そして素早く彼はピストルを構えた。


「おっとまずい!!アクアライオットォ!!」


 発砲される前にウォルターは壁を作った。


「ハハハハ!!銃なんて撃つ気だったのかよぉ!?飛んだ間抜けだぜ!壁さえ作ればそんな攻撃ガードできるさ!お前は何もできねえ!俺の勝利なんだよ!」

「試しに撃とうか?」

「やってみろよ、そんな無駄なことしても自分が惨めになるだけだぜ」


 泥が触手のように無数に地面から生えると、それらの先端は針のように鋭くなった

 攻撃は準備万端、あとは楽しく刺し殺すだけ。さらにこちらが攻撃をされても防御は完璧だ。これで負けるはずがない。

 ウォルターは勝利を確信した。


「とどめだ!死ねぇ!」


 地面の針がヒカゲを一斉に狙う。

 ヒカゲは壁を狙って引き金を引く。銃声が鳴り響いた。3発だ。

 本来ならそれは無駄な足掻きだ。


 しかし、彼のその行動は弾丸を無駄にすることにはならなかった。


 弾丸3発はウォルターを確実に当てたのだ。


「は、、、。はえ?」


 何が起こったのかウォルターは分からなかった。

 なぜなら信じられないことに、自分が作った壁が消えたのだ。

 ありえない。能力は解除していないというのに。


「壁が消えるなんて、、、。な、なんでぇ、、、」

「簡単なことだよ。さっきの水を操り泥で殴る攻撃、俺はあえて受けたんだ」


 意識が朦朧とする中、ヒカゲの言ったことにウォルターは耳を疑った。

 なんだって?こいつは今わざと攻撃を喰らったと言ったか?ウォルターには分からなかった。

 攻撃を受けたら死ぬかもしれないとか考えなかったのか?死ぬのが怖くないのか?イカれている。


「俺の能力、キリングオールは触れたものを消せる。攻撃された時に能力で触れておいた。だから使い回しされる泥の攻撃を止めれたんだ」

「この、、、。野郎、、、!!」

「お前が慢心せずに壁を作らず、ピストルから逃げようとしたら俺は負けてたな。まあ、結果的にお前が苦しんでいるのを見るとそんな心配はいらなかったみたいだな、、、」


 ヒカゲはウォルターにトドメを刺すため近づいていく。

 このままでは殺される、と思ったウォルターは急いで逃げようとした。

 だがヒカゲはピストルでウォルターの足をぶち抜いた。


「いでぇぇ!いでぇ!しぬぅぅ!!」

「まだ死にやしないさ」

「いたぃいたぃぃ、、、」

「死ぬのはこれからだ」


 ウォルターの顔の前に銃口が突きつけられる。


「やめて!撃たないでくれ!!」

「みっともない命乞いを聞くのは妖魔王の幹部以来だぜ」


 ヒカゲの一言にウォルターは気づいた。


「ま、まさか!!お前が!!?」


 嘘じゃなかったのか。

 ピストルとベルトナイフで妖魔王の幹部を皆殺しにした伝説の斥候。

 ウォルターは恐怖した。


「畏怖殺し!?」


 銃声が鳴り響くとウォルターの体は完全に動かなくなった。


「こいつ声がでかいから嫌いだったんだよね」


 ヒカゲはピストルを投げ捨てた。

 辺りを見まわし、もう誰も来ないと安全を確認する。

 そして自身の能力で少女を出現させた。


「わっ」


 空中に出現した少女を両手で受け止め、ヒカゲは彼女を地面におろした。


「大丈夫?」

「は、はい、、、」

「そう。ならよかった」

「あの、さっきの能力、、、。先ほど水を除去したり、私をこの世界から消したりしましたよね」

「君は知らなくていい。ついてきて、知り合いの家に泊めさせるから明日になったらお家に帰るんだ」

「あなたのことが知りたいです。むしろ私はあなたのことをずっと前から聞かされていました」

「俺は君を知らないよ」

「あなたの助言をいただきたいんです」


 だがヒカゲは少女を無視するようにその場から歩き出している。


 このままではまた闇雲に逃げ回ることになる、そう思った少女は頭を下げて彼の名を呼んだ。


「お願いします、畏怖殺しのヒカゲさん」


 ヒカゲは足を止めて後ろを振り向いた。

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