第10話 正義感?
現場に着いた頃には、状況は想像以上に混乱していた。住民たちは悲鳴を上げながら逃げ惑い、悪魔の咆哮が辺り一帯に響き渡っている。崩れかけた建物が瓦礫を撒き散らし、街灯は不気味に明滅していた。
「安全な場所を作る。避難は頼んだ!」
白翔は短く言い残し、前線へと勢いよく進んでいった。彼の放つ魔法は鋭く、正確無比に低位悪魔の急所を撃ち抜いていく。その姿はまるで戦場を舞う刃のようだった。
「速すぎる……。」
修は思わず息をのんだ。白翔の動きには一切の無駄がなく、敵の動きを完全に読んでいるかのようだった。悪魔が反撃する間もなく、次々と倒されていく。あんなふうに戦えるようになりたいと強く感じる。だが、今の自分にはまだ遠い夢のように思えた。
「修、こっち!」
祈の声が修の思考を現実に引き戻した。彼女は負傷した住民のそばにしゃがみこみ、治癒魔法を施していた。
「私は治癒に専念するね!でも、治癒魔法は少し時間がかかるの。住民をここに集めて、けが人を優先的に私のところへ連れてきて!」
「了解!」
修は目の前に転がっていた鉄パイプを拾い上げた。
「こんなものでも……ないよりずっといい。」
試しに魔力を通してみると、かすかに反応があった。慣れた剣とは感覚が違い、重量のバランスも悪い。それでも、悪魔に対抗するためには今はこれしかない。
悪魔が一体、こちらに向かってくる。修は息を吐き、渾身の力で鉄パイプを振り下ろした。
「やった……!」
手応えを感じた瞬間、悪魔が霧散した。身体が震えたが、それでも修は安堵の息をつく。
「白翔が前を抑えてくれてるから、思ったより戦える……。」
白翔は常に先頭で悪魔を引きつけている。そのおかげで、修と祈の周囲には比較的余裕があった。
住民の誘導を進めていたその時、修は倒れ込んでいる女性を見つけた。服は泥だらけで、顔には涙の跡が残っている。
「お願いです!子供が……悪魔に連れ去られて……!」
女性の震える声が耳に届く。遠くを見ると、小さな影が悪魔に抱えられ、ゲートの方角へ連れ去られていったようだ。
「くそ……!」
「祈、この人を頼む!俺は子供を助けに行く!」
急いで修は祈のもとに駆け寄り、女性の肩を託した。
「えっ、ちょっと待って!昨日の今日で危険すぎるよ!」
祈は修の肩を掴もうとしたが、その手が届く前に修はすでに駆け出していた。
「修!」
祈の叫ぶ声が背中を打つ。しかし、修は一度も振り返らなかった。
さらわれた子供を助けなければならない。何かそんな自分でも初めての思いに突き動かされていた。普段の修なら、無謀な行動は控えていただろう。まずは白翔に状況を伝え、次の指示を仰いでいたはずだ。
だが今は違う。
目の前で助けを求める人がいて、自分が動かなければ誰も救えない──その思いが修の胸を強く打った。悪魔によって平和が崩れ去り、子供が無慈悲に連れ去られる光景が、修の中に消せない炎を灯していた。
胸の奥で何かが叫んでいた。理性よりも感情が先に動き、考えるより先に身体が反応していた。修は鉄パイプを握る手に魔力を込め、沸き上がる衝動とともに足を踏み出す。
マナレギュレーターを頼らずにいつものように体中に魔力をめぐらせた。次第に速度が上がっていく。地面を蹴るたびに風を切り裂き、視界が一瞬で流れ去っていった。
母親が涙ながらに指さした方向に進み続けると、遠くの霧の中に禍々しいゲートが揺らいでいた。そこから悪魔が次々と現れ、少年を抱えた一体がその中に消えようとしている。
「待て……!」
修は目を見開き、全速力でゲートへ向かった。霧の中で悪魔に抱えられた少年の姿が次第にはっきりと浮かび上がる。足を踏み出すたびに心臓が激しく鼓動し、頭の中で警鐘が鳴り響く。
「絶対に助ける……!」
距離が縮まるにつれ、悪魔がゲートに足を踏み入れようとしていた。修は悪魔が振り返るより早く、渾身の力で鉄パイプを突き刺した。
「ぐぅあっ!」
悪魔は甲高い悲鳴を上げ、抱えていた少年をその場に放り出した。修は地面に転がる少年を素早く抱きかかえ、後方へと後退する。
「もう大丈夫だからな。」
そう声をかけるが返事はない。少年の意識はなかったが、息はしっかりしていたので安心した。しかし、ゲートは止まらない。次々と悪魔が這い出して襲ってくる。この数を避難所に連れて行ったらダメだ。早急に少年を壁に寄りかけさせて、守りながら戦うざる羽目になってしまった。
修は鉄パイプを握り直し、体勢を整えた。悪魔の爪がギラリと光り、次の瞬間、修の肩をかすめるように振り下ろされた。修はぎりぎりのところで後退し、鉄パイプを振るう。
「思ったより……やれる!」
悪魔が霧散するたびに、驚くほど体が軽く感じられた。鉄パイプを振るうたび、今までの自分では考えられないほどスムーズに動けていることに気付く。戦いの中で自分の成長がはっきりとわかり、修の口元には思わず笑みが浮かんだ。
興奮が胸を突き上げる。今までの自分が知らなかった領域に足を踏み入れているような感覚が、修を突き動かしていた。全身に魔力が循環しているのがはっきり分かる。次々と悪魔に立ち向かう足が止まらなかった。
しかし──
修の右方向から、ひやりと冷たい風が吹き抜けた。
「ッ……誰だ!?」
振り向いた先に立っていたのは、身の丈2メートルを超える中位悪魔だった。漆黒の体に鋭い角、そして何より、感情の欠けた冷たい瞳が修を射抜く。
「何をのんびりしているのかと思ったら。」
悪魔が言葉を発した瞬間、修はその場に凍りついた。まさか、悪魔が話すとは思ってもいなかった。
「悪魔が……喋った?何が目的だ!」
修の問いに、悪魔は口元を吊り上げる。
「……ただの、少しばかり退屈しのぎだ。」
ダルそうに悪魔は答え、ゲートから這い出てくる低位悪魔たちをちらりと見下ろした。
「なるほど。いくら配下を出しても、お前のような小僧には手間をかけさせられるだけか。ならば、そうだな……いいこと思いついた。ここはゲームをしようじゃないか。」
修は鉄パイプを握り直し、心を落ち着けようと深呼吸した。
「ゲーム?」
「そうだ。退屈しのぎにでも勝負をしよう。」
悪魔は不敵に笑う。
「俺とお前で一対一だ。勝てばここから引いてやる。だが、負ければその少年はいただく。」
「ふざけるな……!」
修は怒りを抑えきれず、鉄パイプを構え直すが、悪魔の目は変わらず冷たい。
「逃げるのも手だぞ?もちろん、その間にこの町をどれだけ守れるかは分からないがな。」
悔しさに歯を食いしばりながら、修はそばにいる少年を見下ろした。シールドにさっき通報してたが、いったいいつ到着するのかわからない。状況を考えると、このまま長時間は体力的に、少年を守り続けられないだろう。それに勝負に勝てばこの悪魔の軍勢を引くといった。そうなると答えは1つしかなかった。
「……わかった。やる。ただしこの少年の周りに悪魔を近づけるな」
修の覚悟を確認した悪魔は、満足げに微笑んだ。瞬間、ゲートから這い出ていた低位悪魔たちは引き下がり、広場に静寂が戻った。
「いいだろう。では始めよう。」
中位悪魔が一歩踏み出した。修は鉄パイプを強く握りしめ、魔力を込め直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます