第8話 天賦の才

 放課後、約束通り3人で訓練場にやって来たが、そこはいつもと同じように閑散としており、人影はほとんどなかった。ひんやりとした空気が漂う中、白翔はいつもの飄々とした態度で、腕を組みながら説明を始めた。


「さて、始めるか。まず、大前提として知っとかなあかんのは、マナレギュレーターは個人の魔力量によって性能が大きく変わるってことや。で、確認なんやけど、適性検査の結果はどうやったん?」


 修はここにきてから同じぐらい魔力が少ない人を見たことがないからか申し訳なさそうに答える。


「確か魔力量がB級だったと思う」


 その瞬間、白翔の口元が引きつった。祈も眉を八の字にして、まるで葬式で訃報を聞いたかのような顔をした。


「……B級か。うーん、それはちょっと厳しいかもしれないね」


「え?厳しい?なんでそんな顔するの?」


 白翔は腕を組み、少しだけ言葉を選びながら答えた。


「マナレギュレーターは個人の魔力量によって性能が大きく変わる。簡単に言えば、魔力量が高ければ高いほど、より自由に使えるってわけや。逆に、魔力量が低いと使える魔法の回数がかなり制限される。」


 祈が申し訳なさそうに付け加える。


「それにね、攻撃魔法って、ほとんどの場合魔力を多く消費するんだよ、それに、B級はね、悪くはないけど、魔力量のランクで言えば最低限戦闘で使えるレベルなんだ。上にはA、Sや、それ以上の人もごくまれにいて、その差がすごくあるんだよ」


「その差っていうのはどれぐらいの差があるの?」


 白翔は指を一本立てて説明を続けた。「よく目安で言われているんは、判定が1つ上がると4倍の差があるって話や。つまり、S級とB級じゃ、単純計算で16倍近い差があるんよ。もちろんあくまで目安的な話だけど」


「簡単に言うと、S級の人が高火力の魔法を10発以上撃てるなら、B級はせいぜい1発か2発が限界ってとこかな」


「ええっ……そんなに違うのか!」


 祈が優しくフォローする。


「でもね、B級でも最低限戦えるだけの魔力量はあるんだよ。そこまで絶望しなくても……」


 その言葉に少し救われる気がしたが、胸の奥底には重たいものが沈んでいく感覚があった。いや、それでも差がデカすぎるだろ……。この差を知って、こっちに来てから周りの人がやたら魔力を多く保有してた理由がはっきりとわかった。


「攻撃魔法特化にはできるけど、連射はほぼ無理やな。だからあまりお勧めできん。それに継続戦闘を考えると、防御かサポートそれか、身体強化に回す方が現実的かもしれん。」


「つまり……戦いが長引けば長引くほど、ジリ貧になるってこと?」


「そういうことやな。」


「そんな……。またしても才能の壁か……。」


 思わずその場にへたり込みそうになるが、ぐっとこらえる。努力すればなんとかなると信じていたが、またしても才能の壁が立ちはだかった。しかも今度の壁は、生まれ持った資質であり天賦の才と言ってもいい。天才と同じように、僕の最強への道を阻む高く、分厚い壁だった。生まれ持った魔力量という動かしようのない現実を突きつけられた。


「適性検査が行われた理由の1つは、マナレギュレーターの開発がきっかけなんだ。」


 祈が静かに説明を続けた。


「攻撃手段は確立されたけど、魔力量の問題で自由に使える人が少なすぎたんだよ。それで、全国的に調査してみた結果、若い世代を中心に魔力量が高い人が多いことが分かったんだって。その若い世代を実戦で活躍できる人材に育成するためにアカデミーが設立されたんだ。」


 このように世間ではよく説明されていると丁寧に常識を教えてくれた。


「いきなり厳しい現実を突きつけてしまったみたいやけど、難しいことは後にして、とりあえず試してみよか。」


 そうだ。まだ可能性がなくなったわけではないんだ。僕は大きく息を吸い込み、気を引き締めた。


「まずはマナレギュレーターを耳につけてみて」


 白翔に促されてデバイスを手に取る。小さく、冷たい金属の感触が指先をくすぐる。慎重に耳に装着するが、その瞬間、まるで自分の身体の一部を勝手に操作されるような妙な感覚が走った。


「うわっ。なんか気持ち悪い……」


「最初はみんなそう言うけど、そのうち慣れると思うわ」


 白翔は軽く笑うが、僕は乗り物酔いをしているみたいで、あまり笑えなかった。


 デバイスが耳元でかすかに振動し始める。画面を覗くと、どうやらマナレギュレーターはスマホのアプリを通じて設定をいろいろ変更できる仕組みらしい。何やら複雑そうなメニューが並び、僕は少し躊躇した。


「これをつけると魔力を自動的に制御されて、好きな魔法を使うことができるんだ。でもアカデミー内は許可された場所でしか魔法は発動できないようになってるから覚えておいてね。」


 祈はそう説明しながら、スマホでいくつかの項目を魔力の利用料が少ない身体強化を中心に設定してくれた。


「使ってるうちに魔力がなくなって、障壁が展開できなくなることがある。そうなると死ぬことがよくあるから、気をつけるんやで。」


 さらっと物騒なことを言われ、僕は一瞬耳を疑った。


「マナレギュレーターは、一定の魔法を自身の魔力を対価に自動で発動してくれるんだ。基本的に魔力が続く限りは守られるけど、その分管理が重要になるよ」


「なるほど、使いこなせばこれほど便利な物はないけど、逆に使い方を誤れば自滅もありえるわけだな。」


「その通りや。特に魔力量が少ない人は無駄に使うと一瞬で枯渇する。それを避けるために、いかに魔力を残しながら戦うかが重要になる。」


 白翔が軽く指を鳴らしながら説明を続ける。


 祈が真剣な表情で補足した。


「特に長期戦になると、魔力量の差が如実に出てくる。持久力が鍵になる場面では、B級だと先に尽きることが多いから注意しないとね。」


 いろいろ教えてもらいながら、試しに魔法を発動してみることにした。僕はマナレギュレーターを通じて魔法を発動しようと集中する。次の瞬間、自動的に魔法は発動されて訓練場の的に命中したが、それと同時に全身から魔力がごっそり抜けていく感覚が走り、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。


「うっ……なんだこれ。思ってたのと違う……」


 普段の魔法の発動とはまるで異質な感覚だった。直接魔力を込めて放つのとは違い、マナレギュレーターが自動で調整してくれる分、僕の意識が介在しない。まるで自分の体が魔法に乗っ取られたかのような不快感が残る。これしきに耐えられないようじゃ、まだまだ訓練しないといけないと思った。


「はじめはそんなもんや。しだいに慣れてくるわ。」


 基礎をある程度教えてもらったところで、修は先ほどから気になっていた質問を聞いてみた。


「ところで、もう1つ質問していい?二人は普段どうやって特進クラスになるための実力を示したの?」


 昨日から気になっていた、入学試験で特進クラスに入るためにどうやって実力を示したのかを聞いてみた。


「もちろん!私たちは2人ともS級で、特に私は治癒系の魔法が異常に得意だったから、そこのあたりをよく評価してもらえてこのクラスに入ったんだ。」


 祈が少し誇らしげに笑う。白翔がその後に続く。


「俺は単純に火力やな。他の人より魔法の出力が桁違いだったらしくて、それが特進クラスの決め手やったらしいわ」


 なるほど、これが普通とかけ離れた彼らの才能ってやつか。十分に魔法を使えない僕とは違う世界の人間に思えて少しだけ悲しくなった。


「それよりさ、明日せっかくの休みだから遊びに行かない?遊べるうちに楽しんでおこう!それに私ここら辺に詳しいからついでに紹介してあげるよ。」


 確かに、今までの僕は「最強になる」ことだけしか頭になかった。危険とは無縁の田舎で訓練に没頭していたけれど、ここではいつ命を落としてもおかしくない。そんな世界だ。


 今回の反省を活かして、これからは情報のアンテナを高く張り、周囲とのコミュニケーションも大切にしなければならない。それに引っ越して間もない土地をいろいろ紹介してもらえるのは正直ありがたい。祈のやさしさに、さっきの悲しさが少し薄れた気がした。そして喜んで、僕は二人の誘いを快く受けることにした。


 この後しばらくどこに遊びに行くか雑談をして、白翔と祈と連絡先を交換した。今日のレクチャー感謝しつつ、軽く頭を下げて別れる。


 別れた後ルーティーンの訓練メニューをこなしながら、ふと気がついた。……僕のチャット履歴が、恐ろしく少なくなかった。確か友人は家族と数人の地元の友人数人だけ。しかも友人と連絡を取り合った記憶一切がない。それが果たして友人なのか考えるのはなしだ。これはきっと勘違いだ。たまたま話す事がなかっただけ……そうに違いない。


 でも……いや、違うな。これは明らかに友達がいないという事実そのものでは……?


 なんだろう、この妙な虚無感は。まさかこんなところで、友達の少なさに直面することになるとは思わなかった。アカデミーで頑張る以前に、僕にはまず友達を増やすという重大任務がある気がしてきた。


「明日からは、もっと積極的に話しかけるべきか……」


 そう小さくつぶやきながら、現実から逃避するために没頭して剣を振り続けた。


 結果本日もまた夜ご飯を逃してしまった。

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