第7話 最強への希望

 模擬戦と訓練を終えて神崎と別れた後の訓練場でいつのもルーティーンをこなしながら頭の中で修は考え事に意識がそがれていた。

 

 つい先ほど発覚したが、この世にはどうやら『マナレギュレーター』なるものが存在するらしい。


 自動的に魔法を発動したり、魔力に応じて防御障壁を纏うことができる代物で、この戦乱の時代においては悪魔に対抗するための希望とも言える超便利アイテムだという。驚くべきことに、それが発明されたのは今から2年半前。まさに僕が適性検査を受けていた頃の話だったらしい。学生たちが英雄に憧れ、戦いに挑む理由が少しわかった気がした。安全マージンがあるのとないのじゃ、そりゃあ違う。


 田舎でひたすら訓練に打ち込んでいた僕は、その重要なファクターを完全に見逃していた。今思えば「おかしい」と感じることは多々あった。特にシールド隊員がプロモーションビデオで高威力・高速の魔法を連射していたのは、どう考えても人間業じゃない。いくら練習しても、すぐにそのレベルには追いつけなかったわけだ。


 ああ、なるほど。そりゃ追いつけないよね!魔法は再現できても、あれは大変すぎる。戦いながら魔法を構築できるわけがない。


 で、問題はそこからだ。


 入寮時にもらった書類の中に、確かにマナレギュレーターらしきものがあった。しかし、そのときの僕は「最近流行りの通信機器かな?」と勝手に判断して、特に使う予定もなかったので、箱ごと適当に片づけてしまった。探し出すのがまた一苦労だった。


 でも、冷静に考えるとマナレギュレーターなしで模擬戦に勝った僕、すごくないか?


 ……いやいや、慢心は禁物だ。慢心は人を凡人以下に落とす。これからも努力は必須だ。


 シンプルに筋力と魔力を鍛えてきたが、マナレギュレーターがあればもっと楽だったのでは?と何度も頭の中でその思考がループした。でもその分、基礎力はついたはずだ。無駄な努力はない……はず。努力の方向性は調整が必要だけど。


 でも、もう安心だ。


 なぜなら――


 これを手にした僕は、新たなステージに到達したのだから!


 明日からの訓練は違う。僕もシールド隊員のように華麗に魔法を連射し、理想の最強になる道を突き進む!


 飛び回って魔法を放つ自分の姿が目に浮かぶ。


 ただし、まずはこのマナレギュレーターの使い方を覚えないと。


 自由に魔法を使えないのは不便だが、僕はシティーボーイ。最新テクノロジーについていくのはイージーなはず。


 理想を追い求める修にとって成長こそ最高の報酬。明日からの訓練に思いを馳せながらルーティーンをこなしていたら、また夜ご飯を食べるのを忘れていた。門限すぎるのは特進クラスの常識なのかと注意された。どうやら他の人も守ってないようだが、次からは気を付けようと思った。

 

 ---


 次の日、昨日の失態をまたも朝ごはんで取り戻した僕は、朝のルーティンを終えて教室へ向かった。教室に入ると、真っ先に神崎を探したが、どこにもいない。


「神崎なら特別実習らしいで。」


 後ろから声をかけられて振り返ると、黒羽 白翔と桜庭 祈がこちらを見ていた。


「特別実習?それって何?」


「知らんの?」


 白翔は少し呆れたように半目で修を見つめた。まるで「何を今さら」とでも言いたげな表情だった。


「特進クラスの特別実習のこと。特進クラスは優れた実力を持つものが集められている。まあ、いうなれば学生でも即戦力な人たちが集められてるってわけ。」


 白翔が言葉を区切ると、前の席に座る祈が振り返り、うんうんと頷きながら口を挟んだ。


「神崎くんなんて、次期アルカナ部隊候補でしょ?シールドのエリート候補として大きく期待されてるし、実力も明らかにアカデミーレベルじゃないんだよね。だから入学早々にいろんな隊からオファーが殺到してるって話だよ!すごいよね!」


 祈は朗らかに言いながら、どこか誇らしげだった。


「なるほど……」


「まあ、要するにこういうことや。」


 いまいち理解していない修の表情を見た後白翔は再び話し始めた。


「シールドは本当は学生を戦場に立たせたい。でも教育機関として立ち上げた建前上、聞こえが悪い。だから“特別実習”って名前でごまかしてるわけや。」


「特進クラスだけ?」


「せやな。普通のクラスは安全な授業ばかりや。でもうちのクラスだけは別枠って感じやな。実際、今までの実績や素質が最優先されて集められてるし。」


 白翔はクラスの人達を見回しながら伝えた。


「まあ、その分実績が学生の内に安全に多く積めるのはありがたいけどな。」


 半ば嫌味っぽくそう言いながらも、白翔の目にはどこか闘志が宿っていた。


「へぇ……特別実習ね。」


 修は曖昧に相槌を打ちつつ、胸の奥がざわつくのを感じた。やはりアカデミーという名がついていても、現実は甘くない。


「ってことは、僕らもすぐに実戦に駆り出されるの?」


 冗談交じりに言ったが、祈も白翔も当然というようにうなずいた。


「まあ、どういう実績があるかには寄るけど、そういう可能性が高いな。」


「学年が上がれば、そういう授業があると聞いたこともあるよ。」


 現実を突きつけられて少し沈むが、気を取り直して本題を切り出す。


「あの~。いきなり頼み事するのは申し訳ないんだけど、マナレギュレーターの使い方、教えてくれない?」


 僕がそう尋ねると、2人は一瞬フリーズした後、目を丸くして「えっ?」と同時に声を上げた。


「え、ちょっと待って。マナレギュレーターの使い方?……ていうか、それでどうやってアカデミーに入ったの?」


 2人は不思議そうに、僕をまじまじと見つめている。


「開発直後、人類の希望がどうやらとか四六時中ニュースで報道されてたんよ?逆にそのニュースを聞かずに生活する方が奇跡やろ?」白翔は信じられないといった様子で首を振った。


「いやぁ、その……田舎の方で訓練ばっかりして、情報がね……」


 事実、修の地元でもマナレギュレーターの話題は絶えなかった。事実昼休みには友達が「マナレギュレーターを手に入れたら無敵だよな」としっかり盛り上がっていたほ。でも、その輪の中心にいたことは一度もない。そのころの僕はただひたすら魔力の扱いに全集中し、休み時間や放課後修行で魔法の基本動作を繰り返していた。友達がどれだけ話しかけても「へぇ」と生返事を返すだけで、頭の中は次の魔法発動のことばかりだった。


 まさか、それがここまで重要な要素だったとは。当時の自分に「一度くらい耳を傾けろ」と言いたくなるが、今もあまり改善していないが、最強に取りつかれていた僕には、そんな余裕はなかったのだ。


 言い訳にもならない理由を口にすると、白翔は呆れた顔でじっと僕を見つめる。


 祈は微笑みつつも「それはすごい文化的格差のあるとこから来たんだね」と軽く笑った。


「まぁ、いいよ。ある意味レアケースやし、君に興味湧いたわ」白翔は肩をすくめて苦笑する。


「放課後、ちゃんと教えてあげるわ」


「助かる……けど、なんか珍獣扱いされてる気がする。」


「事実やろ?」白翔は悪戯っぽく笑い、祈もクスクスと笑みを漏らした。


 恥ずかしさが込み上げつつも、知らないことを素直に聞ける環境に感謝することにした。


「じゃあ放課後かな、時間作っておくね」祈も優しく笑う。


 放課後に教えてもらう約束をつけてもらうと、ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴り授業が始まったので各々自分の机に散っていった。

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