第6話 マナレギュレーター

 授業が終わると、神崎が軽く肩を叩いてきた。


「今日も訓練所に行くなら、一緒に行かないか?」


 授業の内容が想像以上に戦闘色が強かった。今日の授業でカリキュラムが改めて説明されたが、特進クラスは半年後には実践投入されると知り、修は内心震え上がった。普通の学校の座学を想像していた修にとって、ほとんどが戦闘技術や魔法の応用に関する講義だったのは予想外だった。ほかの生徒たちも当然のようにそのことを受け入れていることにも驚いた。修は、まるで自分だけが場違いな存在のように感じた。


「……あんなのをやるのか?」


「まぁ、シールド部隊は慢性的に人手不足だからね。今の平和を維持できている理由にアカデミーの特進クラスの影響も大きい。特進クラスは日本、世界の未来を担う、そんな場所だよ。」


 神崎は軽く笑って見せたが、修にはそれが軽く受け流せなかった。なぜこのクラスの生徒たちは、戦いに対して何の迷いも抱かないのだろう。そして、自分の意志とは関係なく、実際に戦う覚悟もないまま戦場へ一直線の道が敷かれていることに、どうしても納得がいかなかった。そりゃ、将来は自由に悪魔を蹴散らせるぐらい強くはなりたいが、努力はしてきたが、いや、努力してきたからこそわかる、自分の悪魔に対する力の不足を1か月前の事件から感じていた。そんな気持ちも考えず、推薦してきた人物に対して、修は心の中で少し苛立ちを覚えた。


 訓練所への道すがら、修は思い切って神崎に問いかけた。


「なあ、神崎……どうしてみんな戦うことに迷いがないんだ?」


 神崎は少し目を細め、しばらく考え込んでから口を開いた。


「それは……みんな世界の英雄であるアルカナ部隊に憧れてるからじゃないかな。英雄になれる可能性があるし、高給取りにもなれる。国の後押しも強いしね。さっきも言ったけど、人手不足の状況では、実力と成果次第で誰にでも、こんな世界で成り上がることができるからね。それにアカデミーに入れるのは魔力量が多い人間だけだから、ここはエリートの登竜門みたいな場所さ。」


「エリートね。」


 修は苦笑いした。田舎から出てきたばかりの凡人の自分が、このエリート色が強い人たちの中に放り込まれている現実は、いまだに掴めないでいた。


「クラス分け試験で選ばれたのが僕たちは、さらにその中でもエリート中のエリートってわけだ。英雄になるには一番の近道さ。そんな理由で普通科の生徒たちからは対抗心?なのか分からないが、目の敵にされることもあるらしいよ。」


「マジかよ!」


「君のように入学試験を受けずに、推薦で入った生徒がいるって噂も流れてるしね余計だね!」


 修は黙って歩き続けた。特進クラスへの推薦、それはまさに自分のことだった。周りの人の魔力量から圧倒的な差を感じていたが、どうやら適していない場所に推薦で配属されてしまったようだ。


 色々考えている間に訓練所に到着した。修たちが中に入るとすぐに、一際目立つ生徒が近づいてきた。


「お前が推薦の奴か?」


 そう声をかけてきたのは、普通科クラスの主席だと噂される少年だとすぐに神崎に教えてもらった。鋭い目つきと整った顔立ちが印象的で、鍛えられた体つきからも相当な実力があることがわかる。


「悪いけど、実力のない奴が特進クラスにいるのは気に食わないんだ。ちょっと模擬戦で腕を見せてもらおうか。」


 修は戸惑った。


「いや、別にそんな……僕はなりたくてこのクラスに入ったわけじゃ……代われるなら代わっても……」


「なんだと、ふざけやがって。」


 修がぼそりと漏らした言葉が、火に油を注ぐ結果となった。少年の目が一層鋭くなり、周囲の空気がピンと張り詰めるのを感じた。確かに修は望んで特進クラスに入ったわけではないが、口にしたその一言が相手のプライドを踏みにじったのは明白だった。少年の拳がぎゅっと握りしめられ、言葉ではなく行動で示そうという意志がありありと伝わってきた。


「神崎、どうにかしてくれないか……」


 修は小声で助けを求めた。しかし神崎は意外にも穏やかな表情で首を横に振った。


「修、実力を見せるいい機会じゃないか?」


「いやいや、僕は普通に……」


「とりあえずやってみればいいさ。逃げても仕方ないだろ?それに俺も君の実力を見てみたいし、ちょうどここは訓練場だ。」


 修は神崎に何とか仲裁してもらおうとしたが、戦うことに対してかなり乗り気であったことに驚いた。そうこうしている間に剣を構え完全に模擬戦をする雰囲気になってしまった。


「さあ、準備はいいか?」


 逃げられない。修は観念して剣を握った。


 努力してつかみ取れなかったものを、他人が横から簡単に持っていく——それは、自分がされると最も嫌なことだった。彼が努力しても届かなかった場所に、推薦という形で自分が立っていることは、確かに申し訳ない気持ちもある。


 だが、努力の面で言えば、ここは譲るわけにはいかない。自分もまた、今まで一人で修行し、自分の力を磨いてきた。実力を試す機会が来たのなら、逃げる理由はない。ここで最強になるための道の自分の現在地点を確認しよう。幸いにも、アカデミーには実力者が集っている。魔力の面で見るとほとんど全員僕より優れた天賦の才を持つものだ。どこまで自分の力が通じるのか。


 修は剣を構え、立ち位置に付いた。


「分かった、始めよう。」


 少年は開始の合図と同時に、両手から赤い炎を纏った魔法を放った。空気が震え、訓練場全体が熱気に包まれる。その炎は蛇のようにうねりながら修に迫る。


「うわっ、なにあれ!?避けないと確実に死ぬやつじゃん!」


 修は反射的に横へ跳び、魔法をギリギリでかわした。炎は修のいた場所を焼き、焦げた跡がくっきりと残る。背筋に冷たい汗が流れた。


 模擬戦でこんなもん出すの普通なのかよ?剣を構えてるのは何だったんだ?いつから命の価値がこんな安くなったんだよ!


 修は眉をひそめながら、次に備えて剣を構える。距離を詰めるしかない。魔法を連発されれば、いずれかわしきれなくなる。


「だったらこっちから行くしかないか。」


 地面を蹴り、一気に間合いを詰める。少年が次の魔法を詠唱しようとしたが、それよりも早く修が懐に潜り込んだ。


 視界から消えるほどの速さに、少年は目を見張った。


「なっ……早っ!?」


 防御の構えをとろうとしたものの、修の動きは一段階速かった。鋭く振るわれた剣の側面が少年の剣を弾き、重さが伝わる音が響いた。少年の腕がわずかに震える。


「速すぎる……っだろ!」


 動揺する少年の体勢が崩れたその瞬間、修の剣が首筋に差し出された。少年は息を呑み、剣を下ろし降伏の意思を見せた。


「……これで終わりでいいよな?」


 修は剣を首筋から離し、一歩も動かず少年を見下ろした。少年は肩で息をしながら、修の速さと技術に圧倒されていた。


「そんな馬鹿な……模擬戦でここまで差がつくのか……」


 少年は悔しさがこみ上げ、思わず地面を叩く。その表情には敗北の色がはっきりと浮かんでいた。


「くそっ……!なんで……っ」


 顔を上げた少年は修を一瞥し、しばらく口を開かずじっと睨みつけた。しかし、何かを振り切るように息を吐き出し、顔をそらした。


「……悪かった……」


 小さくそう呟くと、少年は肩を落とし、修と目を合わせることなく踵を返し、足早に訓練場を後にした。


 修はその背中を見送りながら、やれやれと肩をすくめたが、内心では自分でも信じられないほど鼓動が速くなっていた。


「……加減する余裕なんてなかったよ。それにしても、あんな魔法当たったら死んでたかもしれない。マジで危なかった……」


 修の鼓動は早く波打っていたが、この前の悪魔との戦いを経験していた修にとっては今回の戦いは、比較して些細な危険だった。


「余裕で勝っておいて何を言ってるんだ?あれぐらいじゃマナレギュレーターの防御の限界値は超えないから大丈夫だろ。」


「えっ、マナレギュレーターってなんのこと?」


 修は眉をひそめ、きょとんとした顔で神崎を見た。


 静寂。


「……まさか、お前」


 神崎の顔がみるみる青ざめていく。修が何かやらかしたと確信したその瞬間、神崎はがばっと修の頭を掴み、髪をかき分ける。耳元を確認する彼の手が、ぴたりと止まった。


「は?マジでついてないじゃん!?うわ、嘘だろ……」


「ついてないって、何が?」


「マナレギュレーターだよ!普通、これなしじゃ絶対ダメだろ!?なんで平気な顔して避けられたんだよ!?」


 神崎はほとんど叫ぶように言いながら、修の肩をガシガシ揺さぶる。


「わ、わっ!ちょっと待てって!そもそもマナレギュレーターって何!?」


「やばい、やばい、やばい……お前、本当にあの魔法避けなかったら死んでたからな!?いや、むしろ何で勝負したんだ?」


 神崎が焦りまくる中、修は状況がつかめずぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。神崎の「やばい」を数えたら軽く10回は超えていそうだ。


 この時初めて僕は重要なアイテムを逃していたことに気が付いた。

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