第5話 入学式Day2

 翌日には引っ越しを完了させ、アカデミーの学生寮に入ることになった。


「いや……これ、想像以上にすごいな」


寮の外観はまるでホテルのようで、無料の大食堂付きで、隣には体育館のような広い訓練場まで完備されているらしい。田舎育ちの修にとって普通な環境が素晴らしいものに映った。


「修行の時間も取れるし……悪くない、むしろ最高じゃん。」


 ただし、近くに常に『危険』があることを除けば。


「まあ、なんとかなるか……」


 修は満足げに寮のベッドに腰掛けたが、すぐに立ち上がった。


「訓練場があるなら、早速行くしかない!」


 体がうずくような感覚に突き動かされ、修は寮を飛び出した。


 廊下で何人かの学生とすれ違うが、皆何かしらの強そうな武器を手にしている。


「普通の高校とは到底思えない光景だな」


 訓練場の扉をくぐると、そこはどこにでもありそうな体育館のような空間だった。


「……あれ?意外と普通?」


 訓練所は人がほとんどいなく、奥の方で一人の同世代くらいの少年が、無言で剣の素振りをしている。


「よし、僕も最近引っ越しで時間が取れなかったから、その遅れを取り戻すぞ」


 修はその少年の隣に立ち、同じように剣を構えて素振りを始めた。


 目が合うわけでもなく、会話が交わされるわけでもない。ただお互いが黙々と剣を振り続ける。


 しばらくして、隣の少年がふと動きを止めた。


「……負けたよ。君、意外と根性あるな」


 少年は息を整えながら微笑み、剣を納める。


「俺は神崎 勇星。よろしく!皆これがあるから訓練場でこうやって剣を振る人って、意外といないんだよな。いい友達になれそうだ」


 耳のデバイスを指さした後、神崎は修に手を差し出してきた。修は一瞬戸惑ったが、笑顔でよろしくと握手を交わした。


 軽く手を振って去っていく神崎を見送りつつ、修は魔力を制御しつつ、再び剣を振り始めた。


「まだまだだな……」


 そう思いながら素振りを続けていたが、やがて訓練場のスピーカーから冷たい電子音が響く。


『施錠時間が近づいています。退出してください』


「あ、ヤバ……」


 気づいたときにはすでに施錠のカウントダウンが始まっていた。


 慌てて訓練場を後にする修だったが、寮に戻るとすでに食堂は閉まっていた。


「マジかよ……晩飯抜きか……」


 床に崩れ落ちる修は、静かに空腹を抱えてその夜を過ごすことになった。


 ---


 翌日、アカデミー転入初日がやってきた。


 昨日の夜ご飯を抜いた分は、朝食でしっかり取り返し回復した修は、胸の奥に微かな緊張を抱えながらデバイスに記載されていた教室へ向かった。


 廊下には既に生徒たちの話し声が響き、すれ違う生徒たちがちらりと修を見やる。新顔が珍しいのだろうか?しかし彼らは特に声をかけることもなく、自分たちの話題に戻っていった。


 目的の教室の前で立ち止まり、一度深呼吸をしてから、静かに扉を開ける。


 その瞬間、ざわついていた教室が一瞬だけ静まった。ほとんどの生徒が修の方を見ていた。


「あっ、昨日の訓練所の!」


 その声が、張り詰めた空気を柔らかく変える。声のする方を見やると、昨日ともに剣を振り続けた神崎が手を挙げていた。修はその姿を見て少し安堵し、軽く手を振り返した。


 知っている人がいて助かったと修は内心ほっと息をつく。


 神崎は椅子を引いて立ち上がると、修に向かって歩み寄ってきた。


「そういえば昨日名前を聞いてなかったね?」


「どうも、早坂 修です。田舎から来たので、まだこっちの生活に慣れてなくて……色々教えてもらえるとありがたいです。」


 神崎に流れを作ってもらえたおかげで、修は皆に聞こえる程度の声で簡単に自己紹介をした。


「特進クラスは少人数だから、すぐ顔を覚えると思うけど。他のクラスメイトも今ついでに紹介しておくよ。ちょっとついてきて」


 神崎に促され、修は彼の後ろについて教室内を歩いた。転籍初日の気まずさを察して気を使ってくれている神崎の姿に、頼もしさを感じる。しかし、教室には独特の空気が漂っていた。規律がありながらも、どこか自由で緊張感とは無縁の雰囲気が流れている。


 「ここが特進クラスか……」


 修は周囲を見回しながら、小さく息をついた。


「彼、昨日教官が言ってた新しいクラスメイト。早坂修って言うんだって」


 神崎が声をかけた先には、教室の一角で背を伸ばして座る少年がいた。


「新学期早々、いきなり転籍とは幸先悪いねぇ。僕は黒羽 白翔。そんな緊張せんでも、ここにいる皆、入学からまだあんま時間たってないから、お互いのことをまだよく知らんのや、こっちこそよろしくな。白翔でええよ。」


 白翔は肩の力を抜きつつ、人懐っこい笑みを浮かべて挨拶した。その言葉や振る舞いには軽やかさが漂うが、どこか余裕のある自信が見え隠れしている。まるで自分がこの場を支配しているかのような雰囲気を醸し出していた。修は白翔の眼差しの奥にある鋭さに気づき、彼の持つ才能や実力を感じ取る。


 その雰囲気にこの人はただの優等生じゃないな……修は内心そう思いながら、差し出された手を握りり返した。


「こっちは藤堂 空。申し訳ないけど、まだ俺も話したことがあまりないんだ。」


「俺はなれ合いに興味はねぇ」


 藤堂は机に肘をつきながらちらりと修を一瞥しただけで、すぐに窓の外へと視線を戻した。その態度はまるで自分の領域に踏み込ませまいとするかのようだった。

 

 修はまぁ、こういうタイプもいるよなと心の中で苦笑しながら、無理に距離を詰めるつもりはなかった。


「入学からこういう感じなんだ。実力は確かなんだけどね」神崎は苦笑して次の生徒を指さす。


 少し離れた席で本を読んでいた少女が、こちらに気づくと静かに顔を上げた。


「高峰 玲奈。魔法陣とかの研究が得意で、いつも面白い道具を作ってるよ」


「初めまして!ところで何か面白い魔法、知ってる?」


 玲奈は興味深々といった表情で修を見つめる。修は不意の質問に驚きながらも、正直に頭を横に振った。


「ごめん、魔法はあまり知らないんだ」


「そっか……」


 玲奈は短くそう返すと、再び本に視線を落とし、ページをめくり始めた。修は、玲奈の興味の移り身の速さに感心しつつも、ある意味で自分とは正反対のタイプだと感じた。


「この子、自分が興味あることにしかあまり首を突っ込まないみたいなんだ。ごめんね?」


 神崎が苦笑する横で、別の少女が声をかけてきた。


「私はね桜庭祈。祈でいいよ!これからよろしくね!」祈の明るく穏やかな声を聞き、修はこのクラスにも常識的な人がいることにほっと胸をなでおろした。


「私はアメリア・ロッシ。よろしく。」


 祈は明るく、アメリアは落ち着いた声で自己紹介を続ける。それぞれに個性があふれていた。


 修はそれぞれの挨拶を聞きながら、このクラス、思った以上に個性的な面々ばかりだけど何とかやっていけそうだ心の中でつぶやく。


「まぁ、こんな感じかな。他に天城がいるけど普段あまり見かけないし、とりあえずこれで大体のメンバーは把握できると思う?」


「みんな、改めてよろしく!」


 修は丁寧に頭を下げたものの、心の奥にはまだ釈然としない気持ちが残っていた。  


 自分がなぜこのクラスに配属されたのか、その理由は分からない。特進クラスは作成された背景からして、日本の未来を担う天才たちばかりで、自分のような凡人がここにいていいのだろうかという不安が胸をよぎる。田舎から出てきたばかりの修にとって、この環境は別世界のようにも感じられた。それでも、神崎の優しさや祈の明るさに触れ、どこか安心感を覚える。

 都会の冷たさを覚悟していた修にとって、この人たちの存在が少しだけ心を軽くしてくれた。まだ手探りの状態ではあるが、このクラスで自分なりの居場所を見つけられるかもしれない――そんな淡い期待が、心の片隅にそっと芽生えていた。


 そのとき、教室の扉が静かに開き、一人の女性が教師に入ってきた。この間家に不法侵ッじゃなくて遊学要綱をを伝えに来てくれた谷口さんだ。教室に自然と緊張感が漂う。


「どうやらその感じだと自己紹介は終わったようだな。新入りも加わったことだし、私はもう自己紹介したから、特に改めて話す必要もないでしょう。分からないことはできるだけ教えて合うように。では早速、授業を始める。」


 教官がそう告げると、教室にいた生徒たちは次々と自分の席に戻り、静かに教科書を広げた。


 修も空いていた席に腰を下ろし、教科書を開く。少し遅れた、新しい生活の第一歩が、いよいよ始まるのを感じながら、教官の言葉に耳を傾けた。


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