第4話 強制進路選択
後日、斎藤は事件の詳細が記された分厚い調査資料に目を通していた。
『ゲートの暴走により自然閉鎖。周囲の環境に軽微な魔界化の痕跡を確認。現場には悪魔の核が残されていたが、討伐者の特定には至らず』
資料に記された内容は淡々としていたが、その空白の部分が逆に異様さを際立たせていた。悪魔の核が残っているということは、確実に“誰か”が悪魔を倒したという証拠だ。しかし、マナレギュレーターを装着していないB級の少年が、その役を担えるはずがない。どの角度から見ても説明がつかない。
斎藤は苦笑し、資料を閉じた。
「ゲートが“自然に閉じた”ねぇ……まるで出来の悪い小説だな。」
彼はデスクに肘をつき、考え込むように指先で資料をトントンと叩いた。あり得ないことが起きた。だが、だからこそ面白い。直感が告げていた。この少年には“何か”があると。
朧げながら幹部クラスの隊員にはアカデミーの推薦状を与えられていると記憶していた斎藤は。机の奥の方に置かれた白紙の推薦状を手に取り、ペンを走らせる。
「早坂修、アカデミーへの推薦……っと。」
斎藤はペンを置き、窓の外を見やった。空は雲ひとつなく晴れていたが、どこか嵐の前の静けさを思わせる。
「またこの世代か……まったく、嫌になる。」
斎藤は、少年たちに世界の命運を託す大人たちの姿に苦々しさを覚えつつも、推薦状に署名をした。少年の未来が平穏無事に終わることはないだろう。むしろ、波乱の幕開けが着実に近づいてきていることを彼は確信していた。
斎藤はまたも次の指令を受け、推薦状を後で部下に出しておくように伝え急ぎで、その部屋を後にした。
後からやってきた部下は指示通り出してそれが不幸にも受理されてしまった。そう2枚ある推薦状の内、特進クラスと記述されていた方の推薦状が。
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平穏な日常が再び戻ってきた。修は学校へ通い、これまで通りの修行の日々を送る。しかし、心の片隅には、あの日感じた魔力の感覚が今でもはっきりと残っていた。
全身に大けがを負ったはずだったが、謎の魔法科学テクノロジーによって数日後には全回復していた。
うらやましい……回復魔法とかチートじゃん。僕も習得できないかな。
修はベッドの上で軽く腕を回しながら独り言を漏らした。治療の過程を体験できれば魔法陣を見て勉強したかったが、気絶している間にすべて終わっていたことが残念でならなかった。
修が住む田舎には高校がなく、再編成が行われた影響もあり、少し遠くの町にある学校へ通うことになった。一人暮らしが始まれば、訓練に費やせる時間が少なくなる。
あの時の感覚……
修は拳を握りしめた。悪魔との戦いで感じたあの一瞬を、自分のものにしなければならない。新学期が始まるまで、残り二週間。修はそれまでの間に、全力で訓練に励むことを誓った。
訓練の結果、あの時に感じた感覚には及ばないものの、6割ほどの再現が可能となった感じがする。修は手応えを感じながらも、完全には満足できないもどかしさを抱えていた。
「まだ足りない……でも、ここからだ。」
そう自分に言い聞かせ、修は新たな生活を迎えるため町への引っ越しを始めた。
高校時代に自分のスキルを極め、最強への下地を作る――それが卒業までの3年間の目標だ。あの日悪魔を倒したあの感覚を、完全に自分のものにするために。そして卒業後は……。とその後の進路についていろいろ想像しながら準備をした。
そして、記念すべき入学の初日。
期待に胸を膨らませながら校門をくぐる。新しい制服の胸元を軽く叩き、気持ちを引き締める。これから始まる新生活にわくわくしていた。だが、そんな高揚感を一瞬で吹き飛ばす事態が待ち受けていた。
「……ないですね。」
受付の職員が無表情で修を見つめる。
「は?どういうことですか?」
修は眉をひそめ、聞き返した。間違えて別のクラスに入ったのかと思ったが、職員は首を横に振る。
「だから、あなたの席はなくなっています。」
「えっ?」
予想外の言葉に修は耳を疑った。目の前が少し揺れる感覚がした。
「ちょっと待ってください。確かに受験して合格しましたよ?」
修は合格通知を見せようと高校進学時に買ってもらったばかりで慣れてないスマホを探るが、その仕草を見て職員は苦笑した。
「そうじゃなくて。あなた、アカデミーに転籍することになっていたんじゃないですか?」
「マジ?」
「マジです!」
あっさりと告げられた事実に、修はその場で立ち尽くした。
「いや、ちょっと待ってください。アカデミー?それって本当に俺のことですか?」
修は困惑し、受付の職員に詰め寄るが、職員は淡々と書類を確認するだけだった。
「間違いありません。転籍の手続きは昨日すでに完了しています。」
「昨日?そんな……話、聞いてないんですけど!」
修は肩を落としつつも、職員の視線が冷静すぎてそれ以上強く言えなかった。
「おめでとうございます。特進クラスだそうですよ。未来の英雄になることを見越して、だとか!優秀ですね!」
「いや、おめでたくないですから!」
修は思わずツッコミを入れたが、職員は変わらず無表情だった。どこか事務的で感情がないのが余計に修の苛立ちを募らせる。
「未来の英雄って……俺そんなつもりで入学したわけじゃないんですけど。」
修は受付のカウンターにもたれかかりながら、深くため息をついた。期待に胸を膨らませていた入学初日が、まさかこんな形で崩れ去るとは思わなかった。
「まさか初日からこんなことになるなんて……」
アカデミーへの転籍がどういう経緯で決まったのかは分からないが、1つだけ確かなことがあった。
――今日から自分は、思い描いていた平凡な高校生活を送ることはできない。
「マジでどうしろってんだよ……」
修は重い足取りで門をくぐり、見上げた空はやけに青かった。
半ば追い返される形で引っ越したばかりの我が家に帰ると、見慣れない黒い車が玄関前に停まっていた。シールドのロゴが刻まれたエンブレムが車体に輝き、ただならぬ気配を放っている。
「……なんだこれ。」
修が玄関を開けると、カギはかかっていない状態で、リビングにはスーツ姿の女性が座っていた。淡い栗色の髪を肩で切り揃え、スーツの袖から覗く腕時計をちらりと見ていた。
「早坂修くんだな?」
「え、はい……」
修は緊張しながら返事をしたが、目の前の女性は思ったより柔和な表情を浮かべた。だが、どこか鋭い目つきにはただ者ではない気配があった。
女性は立ち上がり、軽く微笑んでから深々と頭を下げた。
「連絡が遅れて申し訳ない。私はシールド直属、特進クラス担当教官の谷口だ。今回の転籍について正式に説明させてもらうために来た。」
「転籍って……あのアカデミーの件ですか?」
修は戸惑いながらも、谷口の話を遮ることなく聞いた。
「そうだ。君には正式にシールドが隣接して設立した『アカデミー』へ通ってもらうことになった」
「あのアカデミーですよね?」
「そうだ!将来、シールドの主戦力となる人材を育成する機関だ。君は特進クラスに推薦された。これは斎藤隊員の正式な推薦によるものだ。」
「斎藤さんの……?」
修はさらに混乱した。あの1度、しかも数分しか話したこもない人が自分を推薦したという事実が、どうにも理解できなかった。
「彼が直接君を推薦した。理由については私たちにも伝えられていないが、特進クラスへの推薦は非常に稀なケースだ。」
「俺、そんな推薦を貰えるようなすごいことしましたっけ?」
谷口は微笑みながらも、どこか腑に落ちない様子で首を傾げた。
「本当に……謙遜しているわけじゃないんだよね?」
「いや、本当に分からないです。俺もどうして推薦されたのか、正直よくわかってません」
谷口は少し眉をひそめ、肩をすくめる。
「そうか……でも、シールドは人員が世界的に足りていない。私もこの推薦の理由は知らされていないけど、斎藤隊員が直接推薦したんだから、何か見えない理由があるんじゃない?」
「それ、斎藤さんに直接聞けなかったんですか?」
「さあね。斎藤隊員は全国を駆け回っていてそう簡単に聞けるわけではないからな」
二人は互いに困惑しながらもしばらく沈黙が続いた。やがて、谷口が軽くため息をつき、荷物に目をやる。
「ま、理由はともかく……行くしかないね。」
「……そのようですね。」
修もそうするしかない状況に苦笑し、肩をすくめた。
谷口は表情を引き締め、修に向き直った。
「新学期は先週から始まっている。準備ができ次第すぐさまアカデミーに正式に移動してもらう。住む場所などもろもろについても手配してあるから安心しろ!」
「え、引っ越しってことですか?」
「そうなるな。アカデミーはシールド施設に隣接している。基本的に学生は全員、寮で生活してもらうことになる。」
修はその言葉に驚きながらも、着実と準備が整えられてい行く環境にうなずくしかなかった。
「わかりました……じゃあ、すぐに準備します。」
谷口は満足そうに頷き、玄関先まで修を見送った。
「期待してるぞ、早坂修。君は未来の英雄候補だからな。」
その言葉が妙に現実味を帯びて響き、修は思わず深く息を吸った。
「……未来の英雄、ね。」
僕が目指しているのは最強であり、英雄ではないのがだ……。
家のドアを閉めると、修は静かに荷造りを始めた。平凡な高校生活はもう、遠いものになっていた。自分が求める自由からかけ離れていく状況にため息しか出なかった。
そういえばドア、ちゃんとカギ閉めて出たはずだよな?
一瞬、権力という恐怖を垣間見たが、むしろ最強になるための自分へ足りないものを教えてくれた感謝と置き換えて理解した。
「……最強になるなら、対策を考えておいた方が良いな。まだ学ぶべきことが多くあるな……」
修はそうつぶやきながら肩をすくめ、荷物を詰め込み始めた。
幸い、引っ越しして間もなかったおかげで、段ボールのほとんどが未開封のままだった。これなら荷造りも簡単で済むだろうと自分に言い聞かせつつ、現実逃避気味に片付けを進めることにした。
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