第3話 目覚めの片鱗
シールドの重要な役割のひとつとして、全国各地にランダムに発生するデモニック・ゲートの消滅がある。
ゲートが発生した直後の魔界化初期段階に介入し、迅速に封鎖・殲滅を行うことで被害拡大を防ぐ。素早く現場に展開し、小型悪魔群や低位・中位悪魔を排除することを主眼とする機動殲滅部隊――それがベータ部隊だ。
そのベータ部隊に、いつものように緊急の連絡が入った。
「……何? ここから2時間の場所にゲートが発生した?」
渋い声で応答したのは、ベータ部隊所属の元自衛隊員、斎藤 剛。身長は180センチを超え、体つきは鍛え抜かれた鋼のように屈強で、鋭い目つきをしている。年はもうすぐ40代に差し掛かるが、その動きは若者顔負けの速さと力強さを誇る。
彼は数々の悪魔討伐に参加し、数多くのゲートを閉じてきた実績を持つ“ベータ部隊最強の盾”と呼ばれる男だった。
斎藤は耳についている通信端末兼魔力制御装置である、マナレギュレーターからの指令を聴き、顔をしかめた。
「……それは少しまずいな」
小型のゲートは、これまで街中での発生が多かった。すぐに封鎖することで、悪魔が外部に漏れ出す前に事態を収束させてきたのだ。だが、今回の発生場所は田舎の山間部。人口が少ないため見落とされがちだが、一度悪魔が放たれてしまえば掃討にかなり時間がかかり、被害が拡大する危険がある。
斎藤はすぐに端末を操作し、ほかの部隊員に緊急指示を出した。
「おい、すぐに出るぞ。奴らを逃がすわけにはいかん。準備しろ」
「了解です、隊長!」
部下たちの声が応じる。彼らも斎藤の焦燥感を感じ取ったのだろう。
「それにしても田舎でゲートとは……何か嫌な予感がするな」
独り言のように呟く斎藤の目は、すでに戦場を見据えていた。
彼がこれまでの経験から得た直感は、よく当たる。
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現場に到着した時、斎藤は困惑した。
「……魔界化していない?」
目の前には静かな森が広がり、のんきな鳥のさえずりが響いている。ゲートが発生したとは思えない平穏さに、部下たちも顔を見合わせた。
「間違いじゃないですよね?」
「いや、近くの学校に設置した発生記録は確実だ。ゲートの反応はこのあたりで間違いない」
念のために魔力探知機をかざすが、反応はすでに消えていた。
「ゲートが……閉じたのか?」
現場へ歩みを進めると、斎藤の目に飛び込んできたのは、地面に倒れている少年の姿だった。
少年は片手に木刀を握りしめたまま、気を失っていた。近くには悪魔の核が転がっていた。
「まさか……この小僧が悪魔を倒したのか?」
斎藤は目を細め、少年の顔をじっと見つめた。彼の中で、ただならぬ予感が膨らんでいく。
「こいつ、何者だ……?」
少年の額には汗が浮かび、浅い呼吸が繰り返されている。斎藤は木刀をそっと取り上げ、悪魔の核とともにそれを見つめた。
「とりあえず、連れて帰るぞ」
斎藤は少年を抱え上げると、部下に指示を出した。
「この件、詳しく調べる必要がありそうだな。まずは身元を確認しろ。地元の住人かもしれん」
部下の一人が携帯端末を取り出し、少年の顔を撮影して照合を開始した。ほどなくして、端末に結果が表示される。
「隊長、この少年は近くの村の住人です。名前は早坂 修(はやさか おさむ)、15歳。特に目立った経歴はありませんが、1年前の適性検査でB級!?を受けています。えっ、嘘!それと……よく見ると、この少年にはマナレギュレーターが付いていません」
「……何?」
斎藤の表情が険しくなる。魔力を制御し魔法発動を補助するためのマナレギュレーターは、対悪魔戦闘における標準装備だ。
「マナレギュレーターなしで悪魔を……?いったいどうやって?」
少年の姿を見下ろす斎藤の目には、驚愕と興味が入り混じっていた。規格外の存在に出会ったことを、彼は本能的に感じ取っていた。
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修が目を覚ましたのは、病院の白いベッドの上だった。
「……魔力……?」
眩しい光が差し込む窓を見つめながら、修は自分の手をじっと見た。包帯が巻かれた手からは魔力の気配が微かに残っている気がした。最後に気を失う直前、研ぎ澄まされた魔力の感覚が確かにあった。それがまるで指先にまだ残っているかのようだった。
「今ならまだ!」
修はベットから飛び起き、感覚を定着させるために訓練に戻ろうとした。だがその動きはすぐに静止した。
「無理に動くな。包帯がほどけるぞ。」
ドアの近くに立っていた斎藤が、ゆっくりと歩み寄る。彼の目は修の一挙一動を注意深く見守っていた。
「あなたは……?」
「斎藤だ。シールドの人間だ。」
修は数秒間斎藤を見つめ、次第に落ち着きを取り戻した。
「これが何だかわかるか?」
斎藤は耳につけているマナレギュレーターを指差し、問いかけた。
修は眉をひそめ、首をかしげる。
「なんですかそれ?」
「……分からないか。」
斎藤は一瞬考え込んだが、再び口を開く。今度は手のひらサイズの薄紫色に輝く球体を見せた。
「ちなみにこれは?」
修はその光景をまじまじと見つめたが、やはり答えられなかった。
「それもわからないです。」
「そうか。じゃあ、最後にもう1つ。あの場で何があったんだ?」
斎藤の目が鋭くなる。修は記憶を手繰り寄せるように目を閉じた。
たしか、あの場では……何か、最後にあと少しで魔力の真髄に触れたような気がして……
頭であの時、何が起こったか回想していると、どうやらいつの間にか静かに微笑んでいたらしい。その笑顔は、自分でも意図しないものだった。
「どうして笑っているんだ?」
斎藤が少し怪訝そうに問いかける。悪魔に襲われ、生死を彷徨った直後に笑う少年の姿は、異様に映ったのだ。
修は、はっとして微笑みを拭うように口元を抑えた。
「すみません……。なんだか、あの時の感覚が不思議で……怖いはずなのに、心が少し落ち着いてしまって……」
斎藤は少しだけ眉を上げたが、すぐに目を細めて頷いた。まだ悪魔と遭遇したことで混乱しているのだと察した。
「いや、なるほど。ありがとう。今はゆっくり休め。落ち着いたら、また詳細を部下に話してくれ。」
修は軽く頷き、ベッドに身を預けた。確かに心のどこかで、斎藤の言葉が不思議と安心感を与えていた。
「……しばらくは休むか。」
斎藤の背中を見送りながら、修は静かに目を閉じた。
その後、修はシールドの隊員たちから事情聴取を受けた。現場の状況的には修がゲートを収めたことになるが、マナレギュレーターをつけていないB級の者が悪魔を討伐するのは不可能だと判断され、最終的に事件は「ゲートの暴走」という形で処理され、幕を閉じた。
数日後、修の両親が病院に迎えに来た。車の中で母親が安堵した様子で微笑み、町の病院から退院した。
平穏な日常が再び戻ってきた。修は学校へ通い、これまで通りの修行の日々を送る。しかし、心の片隅には、あの日感じた魔力の感覚が今でもはっきりと残っていた。
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