4. 始祖の一人
「待たせたね、ネリー……」
「ヤネス? どうしたの」
ネリーの昼食を持って爽やかに入ってきたヤネスは、美青年を見て言葉を失う。ヤネスに抱きついたのに何も反応されなかったリジーも、美青年を見て瞬時に頬を染める。
そんな二人の反応を見たネリーは、美青年を隠すことを諦めた。そして昼食が乗っているトレーを持つ。
手から重みがなくなったことで正気を取り戻したのだろう。我に返ったヤネスが、まるでネリーを守るかのように腕を強く引いた。
強く持たれた腕が痛くて、ネリーは思わず顔をしかめる。
「おい、お前。その薄汚い手をネリーから離せ」
発言と同時に、美青年から何かの気が放たれる。その瞬間、リジーは泡を吹いて倒れた。ネリーは問題なく立っていられるが、ヤネスは片膝をつく。それでも、ネリーの腕からは手を離さない。
「お、お前こそ、何様のつもりだ」
「何様だと? そうか、お前はぼくの名を知らないのか」
ネリーと話していたときのような耳触りの良い低音の声は、ヤネスを威圧するような声になる。一歩二歩とヤネスに近づいた美青年は、また何かの気を放った。
「ぐえっ」
まるで潰された蛙のような声を出したヤネスは、美青年が放つ気に耐えられず、地面に這いつくばる。立ち上がろうとするが、なかなかできないようだ。
「ぼくの威圧を間近で受けても気を失わないとは、少しはやるようだ。下等の者と侮ってはいけないな。良いだろう。お前に教えてやる。ぼくは、フォン・アイゲン。始祖のヴァンパイアだ」
「えっ!?」
「し、始祖のヴァンパイア、だと!? っはは。ふざけているのか! ヴァンパイアなんて、そんなお伽話めい、た……」
ヤネスが話している最中、アイゲンが威圧を強めた。ヤネスも、泡を吹いて気絶する。
リジーに続きヤネスも倒れたことで、本来なら人命救助を優先しなければいけないのだろう。しかしネリーは、懐かしさすら覚える気持ちを抱いていた。
(……なんでしょう? まるで旧友に会ったかのような、この気持ちは)
六花城で生まれ育ったネリーは、城下の街には行ったことがない。城内は三家の人間がいる。守護者になってからはリジーとヤネスしか交流はないが、他の親族を懐かしむような気持ちではない。
まだ十六年しか生きていないのに、何百年も友の帰りを待っていたかのような、そんな感覚。
「ネリーの魔力は心地良いね。この一年、まるで昔に戻ったようだった」
アイゲンが、愛おしそうにネリーの手に頬ずりをする。
「ところで、ネリー。一つ聞いてもいいか」
「はい。なんでしょう?」
「ネリーは、ぼくの名前を知っていたようだね」
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