12月25日水曜日(1)

 こんな時代でも案内状は往復はがきを出す。

 同窓会の事務方作業のために召集されたわたしなので、ここが山場だ。案内状さえ出してしまえばあとは、と考えて気付く。あとは、そうか、集計とかもやんないといけないのか。


 今日はしゃちょーの会社の会議室を使わせてもらえることになった。

 クリスマスだからというわけではなく、もともと水曜日はリフレッシュデーに設定していて社員を定時退社させるそうで、午後七時には作業を始められるということだった。しゃちょー本人は出先から戻ってきていなくて、ラインには「守衛に伝えてあるから入れてもらって、始めてて」とごめんスタンプが入っていた。


 駅はイルミネーションに彩られていて、街路樹がきらきらして黄金の川みたいだった。冬が始まるよ、と弾むような音楽が聞こえてくる。川の中を泳ぐように、ひとり駅前のビルに向かった。

 しゃちょーの会社の駐車場で、ちょうど奈知なちくんが黒色のヴェルファイアから降りてきた。


佐歌さか、歩きか? 車はどうしたよ」

「最近駅近に引越したから、実家に置いてきたんだ」


 平日の夕方に作業できるほど暇なのはわたしくらいだったけれど、元々案内状の印刷くらいプリンターさえあれば人手なんていらない。ひとりでさくっと作ってしまうつもりだった。

 ところが奈知くんが、勤めているお店がしゃちょーの会社の近くだし、「今日なら行けるから顔出すわ」と言ってくれた。


「だいぶ忙しかったんじゃないの?」

「おう、まあな。今年は一人用のケーキが多かったから。今日このビル来るの二回目だぞ」


 しゃちょーが従業員全員分のケーキを注文したので、配達に来たのだそうだ。定番いちごのショートケーキはミルク風味強め、スポンジに特製アプリコットジャムを挟んだザッハトルテ、アーモンドケーキの上の雪だるまのレアチーズ、各三十個。どれもおいしそう。


 クリスマスに向けて、大げさかもしれないけれど寝ないでケーキを作り続けていた奈知くんは、昨日までは一瞬もヒマがなかったそうだ。お疲れさまだよ、と言うと「まあ毎年のことだけど」と楽しそうに笑った。


「あとは販売ががんばってくれる」


 奈知くんからは、ケーキの甘い匂いがした。

 明日からはお正月用の焼き菓子の増産だというから、早く終わらせて帰ろうか。





 十人くらい用の会議室にパソコンとプリンターを兼ねてコピー機が設置されていて、とても使い勝手が良い。パソコンデスクに座って窓を見ると、アルミ製のブラインドの隙間から眼下にさっき歩いてきたイルミネーションの街並みが見えた。

 エクセルに卒業アルバムの住所氏名を入力して、宛名用の名簿はもう作ってある。パソコンのモニターに向かってキーボードを叩くわたしを、奈知くんは暖簾のような前髪の間から覗き込んでへーとかほーとか言っている。

 往復はがきの案内の文面はしゃちょーの点検済みで、宛名を差し込みすれば完成だ。


「プリンターに手差しではがきセット……はがき?」

「これだろ」


 ダークブラウンのミーティングテーブルの端にあった小さいけれど段ボール箱を、ひょいと手を伸ばして奈知くんは、片手で掴んで持ち上げた。

 あれ、と思う。


「意外とたくましい」

「意外か? ケーキ作りなんてほとんど筋トレみたいなもんだろ」


 大人しい子だった奈知くんから筋トレという単語が出てきて、ちょっとおもしろい。


「今でも前髪も長いままだし、筋トレなイメージないから」

「おい、言外に陰キャって言ったな。前髪は仕事中は帽子に入れるんだよ」

「え、顔面出てるの?」


 興味で体が勝手に動いて奈知くんの前髪を手のひらでついめくってしまった。熱を測るようにおでこに手を当てると、奈知くんは迷惑そうに一歩後ろに下がった。


「ええと、ごめん。あ、でも、なんかいいよ、おでこ」

「……ああ、どうも」


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