第7話 匠真 渋谷ダンジョン

 佐々木との一件から2日後の日曜日。ここは渋谷のビル街である。


 匠真は木刀の入ったバットケースを背負ってビルの一角にあるコンビニの前に立っていた。

 昨日島に電話をしたときに、来るように指定された場所がここだったのだ。



 島によると、朝9時丁度に帽子を被った男が現れてゴミ箱に肘を掛けるハズだからその男に自分から声を掛けろ――とのことだった。


「8時59分、そろそろだ」


 すると、キョロキョロと辺りを見回すスーツ姿の小柄な中年男性が近づいてくる。

 そして男はゴミ箱に肘をついた!この人で間違いないだろう。


「飛田です」

「ん、あなたが?……うん、行きましょうか」


 男は軽快な受け答えをして匠真を先導した。


 このとき匠真にしては珍しく、初対面の人間には真っ先に働くハズの対人警戒のセンサーが働かなかった。

 それは、男にまるで敵意がなく容姿も全く強そうに見えなかったからだ。これは表現を変えれば匠真が男をと言える。




 コンビニから歩いて5分ほど、男に案内されたのは小さめの無人のアパートだった。ビル街の中にあるが人通りは少なく目立たない。

 裏手に回り、少し錆の付いたドアから中に入るとそこは全く窓のない部屋だった。


 ――なんか不思議な感じだ。


 てっきりダンジョンに直接案内されるものだと思っていた匠真は拍子抜けした。


渋谷ここのダンジョンは入るまでがちょっと面倒なんですよね~」


 サラリーマン風のその男は淡々と説明を始めたので、匠真も疑問を投げてみた。


「ダンジョンのある渋谷区に集合だったから俺、てっきり正面から入るものだと思ってました」



「あー、まあ、一応ウチの会社デルヴは秘密組織ですからねぇ。自衛隊(D管)の管理する正面入口から堂々と入るのはマズいということです。形式上ね」


 匠真は不思議に思った。


「デルヴって秘密組織にしてはなんか緩すぎませんか?例えば俺とかが人にデルヴのことを話したりSNSに投稿したらすぐに情報が広がります。それに俺を勧誘したときもまるで部活の勧誘みたいなノリで秘密にする気があるのかないのかよく分からないですね」


「ひゃははっ、いいんですよ。ぶっちゃけダンジョンも探索者も遅かれ早かれ実態はいずれ世間に公開されますから。『あんなゴブリンが湧き出すようなダンジョンをいつまでも国民に謎のまま放置するな!』と政府与党も散々叩かれてますしね。ま、秘密にしといたほうが都合がいい――ぐらいの認識ですよ」


「はぁ……」


 やけに楽しそうにそう話す中年男性、歳は40代中頃ぐらいだろうか?

 ここで男は真剣な顔を匠真に向けた。


「正直言って今のところ探索者が少なくてね、ウチも勧誘に熱を入れておりますがウチは他所よそと比べて手荒な勧誘はしません。島さんを始め優しい人達が多いんですよ」


 匠真はというのが気になって尋ねると、とんでもない答えが返ってきた。


「例えば……そう、D管関連の国の探索者組織なんかは問答無用で誘拐したりしますからね!警察より上の組織なので行方不明届けなんかも一切受理されませんし」


 匠真は思わず眉をしかめる。


「そ、それが国のやることなのか!?」


 男も険しい顔つきを見せてこう返す。


「どうも政府はダンジョンに関しては人権など無視しているようでね、というよりせざるを得ないのでしょう。噂によればダンジョン関係の暗殺機関なんかもあるとか……怖い怖い。ひゃっひゃっ」


 いや本当に怖いぞ。なんだそれは!?


 匠真は、とんでもない世界に来てしまったと一瞬思ったが、今のままの生活を続けていたところで心も体も無駄に消耗するだけだ。


 それに金のこともあるし、これは自分で決めたこと。

 匠真は自分で決めたことは必ずやろうとする。手を引くという選択肢は元からない。



「あ、自己紹介が遅れましたが私は染川そめかわといいます。よろしくお願いします飛田君」

「染川、さん……はい」



 話が終わってから、染川は部屋の本棚と本棚の間にある壁に手を当てた。すると次の瞬間、部屋の壁が横にスライドした!


「か、隠し扉……!?」


 匠真もこんなものを見たのは初めてで冒険心が刺激され少しワクワクしてきた。



 その扉の中は2畳ぐらいの広さしかない小部屋だったが、よく見るとボタンがあり、それがエレベーターだと匠真はあとから気付いた。

 染川がボタンを押し、エレベーターが下り始める。



「飛田君。君にはってありますか?」


 染川からの突然の質問に戸惑う匠真。

 正直言って夢などという前向きなものはない。日々の苦しみをいかにして軽減するかということに必死なのだ。


 匠真は俯きながらボソッと答える。


「……ないです」


「んーそうですか。いやね、実はダンジョン内に入った人には稀にというものを開花させることがあるんです」


「スキル?」


「はい、まあゲームでいうとキャラクター固有の技みたいな感じです。戦闘に特化したスキルから諜報活動向けのものまでいろいろとあるわけです」


 面白そうだな。匠真は素直にそう思った。


「しかし、スキルは自分で訳ではありません。その人が心から欲しているものがスキルとして開花するわけです」


「……心から?」


「はい、これは表面的な欲求ではだめなのです。例えばお金が欲しいと思っているだけの人が『錬金れんきん』のようなスキルが得られるかというと、ほぼ無理です。もっと心の底から強く強く求めているものがスキルとして開花するので」


「……なるはど」



 などと、ダンジョンに関する説明を受けている間に、やっとエレベーターは停まった。

 かなり地下深いところまで掘られているようだ。



 エレベーターを降りると、二人は駅の地下道のような道を歩いた。


「ここからダンジョン管理棟の真下まで歩き、そこからまたエレベーターで上がって管理棟の中に出ます」



 ダンジョン管理棟――それはダンジョン入口を囲うように建設された巨大な建物の総称である。


 ダンジョンが出現して初期の頃、入口から大量のゴブリンが湧き出てきたことを教訓として出入り口は分厚いコンクリート壁に囲まれているという。まあそうなって当然だろう。



 再びエレベーターで今度は上昇していき、外に出る。


 匠真がすぐ辺りを見回すと、そこはむき出しのコンクリートに囲まれた学校の体育館のような広さの建物だった。



 早速匠真達の元に強そうな軍服の男が一人近づいてくる。匠真は少し身構えた。


「新人指導か?」

「はい。まぁ私は案内だけですけどね谷垣さん。はは」


 染川はニヤニヤと笑って谷垣という自衛隊員らしき男に答えると、谷垣は表情をあまり変えずに聞いてきた。


のことは?」

「ああー、これからです」

「入る前に必ず説明しろ。貴重な探索者を失うのは我が国の損失だ」

「はいはい」


 失う!?なんだそれは??再び少し身構える匠真。

 そして、染川の顔を見て匠真はハッとした。


 染川の目がさっきまでと全然違う真剣なものになっていたからだ。



「飛田君。ダンジョンに入るにあたって一つだけ絶対に厳守してほしいことがあります。それはです!」



「笛の音……とは?」


 匠真は首を傾げ、とりあえず染川の言葉を待った。


「ダンジョン内でどこからともなく笛の音が聞こえてくることがあります。そうしたらすぐにその場から全力で逃げて下さい!!必ずです!!」


「……逃げないと?」


「空から剣が降ってきて



 は……!?



 匠真は開いた口が塞がらなかった。


「そ、それは……なんか、自然現象的なものですか?」


 染川は首を横に振った。


「それが詳しくは分からないのです。ダンジョンに元から存在するシステム、というのが定説ではありますがね……」


 ここで軍人の男が口を挟んだ。


「第一世代探索者のスキルだという説もある。噂話だがな」


 探索者のスキルとはそんなこともできるのか……!?と驚く匠真を見据え、男は続けた。


「真相は不明だが、笛が鳴る条件はだ。だからくれぐれも他の探索者とは揉め事を起こすなよ?」


 匠真は少し考えてから男にこう返した。


「自分は争い事が好きじゃない……というか人間そのものが好きじゃないので基本的に他人とは接触しません。だから争いも起こらないハズです。ただ、相手の方から絡んできた場合、こちらが全く悪くなくても俺に剣が刺さって死ぬと?……それはあまりに理不尽だ!」


 匠真は真剣に不満を訴えたつもりだったが、男は鼻で笑って匠真を睨んだ。


「はっ、勘違いするなよ小僧。ダンジョンは存在そのものが理不尽だ。ダンジョン内では警察もいないし、いた所で意味をなさない。いわばこの平定の剣というシステムが警察の代わりに治安を維持している。笛が鳴ったら逃げる!お前はそれだけ覚えておけばいい。分かったな」


「……む」


 この人は間違ったことは言っていないだろう。ただ高圧的な言い方が気に入らないだけだ。匠真はムカつきつつも自分を抑え、何も言い返さないように努めた。


 ここで、不穏な空気を察知した染川が慌てて話をまとめる。


「あ、じゃ、じゃあ飛田君!これで一応一通りの話は終わりです!ダンジョンに入りましょう!うん。さっさとね」


「……はい」



 そのまま染川に案内されて付いて行くと、眼の前には凄まじく頑丈そうな金属の両引き扉が現れた。


「あ、これ自動で開くのでね……」


 染川の言う通りそれが自動的に開きダンジョンホール(ダンジョンの入り口)が出てくる――と思ったが、さらに似たような扉があり、その扉の前に立つとまた勝手に開いていく。


 そして3つ目の扉が開いたとき、ついにダンジョンホールが姿を現した!


 それは漆黒の穴だった。あまりに完璧に黒すぎてその先に何があるのかは全く分からない。高さは6メートルほど、横幅は4メートルほどの巨大な半楕円形の黒い穴だ。


 ぐるりと一周回って裏から見ても同じ姿だった。部屋の中心の何も無い空間にその黒い穴だけが非現実的な存在感を示すように不気味に佇んでいる。まさに異界への門と呼ぶにふさわしい。


「では入りましょう。私の後に付いてきて下さい」



 染川は慣れているのか、まるで自宅のドアをくぐるかのようにその黒い空間に歩みを進め、そして一瞬で吸い込まれて消えた。


「……」


 匠真はほんの一瞬だけ躊躇したがやがて染川と同じように闇へと消えていった。

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