第8話 匠真 仲間……?

 一瞬だけクラっとしたが、すぐに匠真の意識は回復した。


 ここはダンジョンホールの向こう側、つまりダンジョン内であるはずだ……。


 しかしその内部の様相はダンジョンホールを通る前と変わらない。四方をコンクリートの壁に囲まれた現代の建物だった。


 ――本当にここはダンジョン内なのか!?も、もしかして……ただの黒い何かを通り抜けただけなのでは??


 などという疑念すら湧いてしまうほどに、そこは渋谷のダンジョンホールの入口とそっくりだった。


「こちらですよー。行きましょう!」


 ダンジョンホールの向かいにある扉の前で手招きする染川。その扉も先程の扉と同じように頑丈そうに見える。

 しかし今度はさっきとは違いドア横にナンバーキーが設置されていた。染川は笑顔で匠真に番号を伝えた。


「“1111”で解錠です。覚えておいて下さい。まあ忘れないでしょうけどね!あはは」

「……ここは自動扉じゃなくてキー入力なんですね」

「はい、自動ドアだと万が一モンスターが侵入したときにダンジョンホールまで一直線ですからね。まあ扉ごと破壊されなければの話ですけど。はは」


 若干の怖さとともに、やはりここはダンジョンの中なんだと分かりゾクゾクする。武者震いというやつだろうか?


 ――プシューッ。


 空気の抜ける音とともに開く扉。

 二人はまっすぐ歩いていき同じような扉を2つ通って、ようやく自然の光が目に飛び込んできた。


 外だ――!



 さっそくコンクリートの建物から出て辺りの様子を見回すと、岩を切り出して造られたような日本ではあまり見かけない建物がそこら中に建造されていた。

 ある種自然の多い公園……はたまたゲームの町のようにも見えるな。


 染川の言う危険なイメージとはかけ離れているようだが、ここがダンジョン内の世界か……。



 ――ブゥンブゥン。


「何だ……!?」



 突然何かの羽音ようなものが聞こえてきた。


 音のする方を見ると、スマホぐらいの大きさの黒い直方体が飛んでいる。警戒する匠真に、すぐ近くにいた染川が声を掛けた。



「ああ、飛田君。それはドローンですよ。D管の飛ばしてるモノでして、無害です」


 ドローン!?たしかによく見ると生き物ではなく人工的な飛翔体のようだ。

 染川の後ろにも同じドローンが一機見える。


「我々はそれを(ホーネット)と呼んでまして、要は探索者に自動的に付いてくる監視装置みたいなもんです。なにせダンジョン内では危険がつきまといますから、行方不明になったりすると救助にもいけませんしね」


 匠真は頭上のホネをしばらく観察し、染川は説明を続けた。


「あ、ちなみにここは“エデン”と呼ばれる探索者基地なんですよ。ダンジョンの安全地帯とでも言いますかね……あ、デルヴの敷地はあちらです。行きましょう」



 道を歩いていて匠真は驚いた。

 道がかなり綺麗に舗装されていたからだ。

 ……さすがに発展しすぎでは?という疑問を染川に投げる。


「ダンジョンが出現してまだ2年ほどで、こんなに発展するものですか?」


 すると染川はニヤリと笑った。


「あ、やっぱり飛田君もそう思います!?実はここの建物は全て、とある一人の探索者がスキルで建てたものらしいんですよ!いやー凄いでしょ?我々はそれを使わせてもらってるんですよ。勝手にね!ははは」


 ――え、たった一人……で!?


 あまりの驚きで声も出ない匠真だった。


 そしてよく考えたら、そんな人間がいるのならダンジョン外でも建設現場で大活躍できるハズだ。いや、そんなどころじゃないか……ともかく現実はそうはなっていない。

 きっと何かしら理由があるのだろう、と思い直して匠真は押し黙った。



 2~3分歩くと、四角い巨大な岩が見えてきた。


 岩の塊にしか見えないが、染川によると中が空洞になっているとのことだ。

 よく見るとその岩壁にはガラス窓のようなものが設置されていて、今はデルヴ本部の社屋しゃおくとして使われているらしい。




「ここがデルヴの本部です。じゃあ飛田君、お入り下さい」


 また島と凛に会える……そう思うと、匠真にしては珍しくワクワクしてきた。

 しかし、ドアを開けると最悪の光景が飛び込んでくる。



 デルヴの探索者らしき人物が5~6人いたのである!



 ……いや、別に普通のことでは?と思うだろうが匠真から見るとそうではない。

 初対面の人間を基本的に敵とみなす匠真にとって、集団に放り込まれることは拷問のようなものだからだ。

 補足しておくと電車の中や飲食店はそうでもない。一人で黙っていてもそれが許される空間だからだ。しかし、今回は違う!



 ――ふざけている!俺がそんな社交的な人間だとでも思ったか!島さん!?



 匠真は恨めしげに唇を噛みしめる。


 中の探索者達が一斉に匠真を向くと匠真はさっとドアを閉め、再び外に出た。


 その目の前で、先程のホネと呼ばれるドローンが外で空中停止ホバリングしていた。

 どうやらコイツは建物の中までは入ってこないようだ。つまりあれは探索者のの活動を監視する装置なのだろう。



「よっ。やっぱり来てくれたなァ飛田匠真!」


 近くから聞き覚えのある声がした、匠真が横を振り向くと島と凛が歩いてきた。

 島は以前と同じくどこか飄々とした様子でうっすらと笑みを浮かべ、染川に軽く手を上げて会釈していた。


 ――具体的には言わないけど、もし罰を受けるなら死刑は確実だと思う――


 そんな凛の言葉を思い出すが、とてもそんな凶悪な犯罪者には見えない。



「こんにちは飛田君」


 以前会ったときと同じく、やはりその横には凛もいた。

 彼女は少し微笑んでいたが、同時に島の監視もしているんだったな、と二人の複雑な関係に思いを馳せる……などといった余裕が今の匠真にあるわけがない!



「島さん、人がいるなんて聞いてないですよ!」



 匠真は真剣に不満を訴えたつもりだったが、島は笑って軽く流す。


「はっはっは、なんでいないと思ったんだ?結構良い奴らだぜ。ま、とにかく入れ入れ」


 くっ……!!


 匠真は苦虫を噛み潰したような顔で、島と凛に前後で挟まれる形で中に入った。



 すると、当然ながらまた注目を浴びる匠真。

 しかし先程までとは違い今回は島と凛も一緒である。すぐに島が匠真に手を向けて皆に紹介してくれた。



「おーう、皆。この前言ってた新人、飛田匠真だ。よろしくしてやってくれ!」



 すると再び一斉に匠真に視線が集まった。


 匠真は人に見られるのが好きではない、いや、好きではないどころか莫大なストレス要因だ。


 ――ざわざわ。


「なんか、結構見た目強そうじゃね?」

「うん。なんか学生っぽいぞ……」


 その場にいた皆は匠真に対する感想をポツリポツリと交わし合っていた。


 ――くっ……この感じはマズい、ダメだ!!


 皆、最初だけは普通に接してくれるが徐々に自分の本質を知ったとたん離れていく。いつものパターンに違いない!


 いや、そもそもなぜダンジョンここにきてまで社会性を強制されなければならないのだ!学校と一緒ではないか!?


 これは違う、思っていたのと違うぞ!!


 もっとこう、ソロでモンスターを狩ったり資源を採掘したりして、国から対価として給料をもらい悠々自適に生活する……そんな甘い想像を膨らませていただけに、この現状は匠真にとって耐え難いものだった。


 なので匠真は必死に訴えた。


「島さん、あの」

「ん?どした」

「この顔合わせ、リモートとかで良いですか?俺、人間関係ダメなんで……」


 一瞬沈黙したあと、島は凛と顔を合わせて苦笑いした。


「ぷっ、あははははははっ…………あっ、いや失礼!具体的にどうダメなんだよ匠真?」



「俺は人を裏切ります」



「え?」


「……裏切るというか、俺は裏切ったつもりはなくても勝手に相手がそう感じて、いずれ必ず険悪な空気になる。これは経験上確定事項なんで!」

「んーじゃあ要するに、人と一緒に行動するのがダメってことか?」


 匠真は目を大きく開いて島を指差した。


「そう、それです!なので俺は絶対一人の方がいい。たとえ一人であってもデルヴの役に立つことはできるはず。これは俺のためだけじゃなくて皆のためにもその方がいいんです……絶対に!」


 島は少し首を傾げて微笑みながら匠真に尋ねた。


「ふーん、でもそれ、人によるんじゃないか?現に今俺とこうやって普通に話してるだろ?別に険悪な感じでもないし。初めて会ったときだってちょっと楽しげに見えたけどな、お前」


 それは島が特別なだけだ。普通の人間とは極めて相性か悪い!


 しかしそれをどうやって説明したらいいか……と匠真が悩んでいると、島がストレートに皆に説明してくれた。



「おーい皆。彼、どうも人と話すの苦手らしくてな。今日の顔合わせはこれで終わりだ。ま、そのうち馴染むだろうぜ」


 ――ざわざわ。


「ってわけで今日は解散な。この後は各自、自由に活動してくれい」

「はい!」

「了解っすー」


 島の宣言によって集まっていたデルヴのメンバー達は、さっさと裏手の出口から出ていった。


 ――あ、ありがたい……。


 匠真は心底ホッとした。



 しかしここで一人だけ残った人物が匠真達の前に歩み寄ってきた!


 黒めの服に身を包んだ男で、ややガテン系の職人の雰囲気が感じられる。歳は匠真と同じか少し上ぐらいか?

 男は不敵に笑いながら少し屈んで匠真の顔を見定めるように覗き、そしてこう言った。


「話すのが苦手?……ふーん、でもさぁー島さん。島さんが連れてくるぐらいだから、コイツやっぱ才能あるんだろ?」


 ……なんか、馴れ馴れしい上に遠慮がない!……苦手なタイプだ。

 匠真は顔や態度には全く出さなかったが内心怒っていた。


 島はニヤつきながら、匠真に男の紹介をする。


「水原な。このやたら黒いの奴の名前」

「水原……さん。はぁ」


 気のなさそうな返事をしたが、その目は顔を覚えるべく水原を凝視していた。

 匠真は顔と名前を一致させるのが非常に苦手である。


「コイツは戦闘員として前線で活躍する探索者なんだ。多分タイプ的に匠真に近いんじゃないか?」


「へー、面白そうじゃん!もう一人戦闘に出れる人間欲しかったんだよな……てか勘ってなに?島さん」


「だってコイツ、山で一人でゴブリン狩ってたんだぜ!面白くね!?」


 すると男は大袈裟に驚く。


「えっ、外で!?俺達探索者でもダンジョン外じゃ一般人レベルまで弱くなるのに……!?」


 それを聞いて匠真は、やはりか!と思った。

 探索者の強さはよく知らないが、ダンジョンを出ると普通の人間レベルに戻るらしい。

 まあ実際にそんなとんでもなく強い人間がいたら外が大騒ぎになるハズだから納得ではあるが。


「変な奴だなお前……飛田だっけ?外じゃ“レベル”も上がらねーのにゴブリンとか狩ってどうするつもりだったんだよ?」


 レベルってなんだ?という疑問を一旦置いておいて匠真は水原にすぐに返事をした。


「違う。ただゴブリンを殺すのが楽しかっただけだ。純粋にただそれだけ……」


 言っている最中に「しまった」と思ったがもう遅い。


 匠真は聞かれたことにはつい反射的に正直に答えてしまう。それが言わない方がいいことであってもだ。


「うおっマジ?それさ、絶対いつか戦闘狂になるパターンじゃん!?俺、超楽しみなんだけど!なあなあ、今から一緒にモンスター狩り行かね?いろいろ教えてやるよ」


 水原はやたらと楽しそうに匠真に話しかけてきた。

 匠真は戸惑った。こんなに積極的に自分に関心を向けてくる奴は今までほとんどいなかったからだ。


 ――なんか、意外と良い人間なのでは?


 そう言えば、自分に悪意を向けてくるクラスの連中や教師達とは違い、この水原からはジメッとした陰の気配があまり感じられない。


 匠真は一瞬気が緩んだが、やがて思い直し真剣な目つきで水原を見た。


「先に断っておくと俺は自分のしたいことを誰よりも優先してしまう人間であって、基本的に協調性はない。というか協調することができない。俺を信じるのは自由だけど、後から幻滅しても責任はとれない……それを最初に断っておきたい」


「ふふっ」



 そんな匠真の発言に凛が笑っている。

 それは凛との通話であったような、匠真の不器用すぎる自己開示に対する笑いのようだった。

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