第6話 匠真 決意する

「……飛田です」


 匠真が電話をかけると、スマホからは聞き覚えのある落ち着いた声が返ってきた。


「もしもし、こんばんは飛田君。電話くれてありがとう。今、時間大丈夫?」


「時間大丈夫というのは、時間に余裕があるかどうか?――という意味ですか?」


「え……そ、そうだけど?」


「余裕があるから電話をかけているんですが?」


「そ、そう。あの……飛田君、なんか怒ってる?」


「いえ?なぜそう思うんですか?」


「…………」



 この一連のおかしなやり取りは匠真が意図的にやっているものだ。


 自分はこういう面倒くさい人間ですよ、というのをはじめに開示しておくことで、後から「お前がそんな奴だとは思わなかった!」と誤解されるのを防ぐためにわざと印象が悪くなるように調節しているのだ。



 ――また人を怒らせてしまっただろうか?だが、これで離れていくなら所詮それまでの関係。さあ、凛さんはどう返す?



 この匠真のやり方は匠真自身にとってはごく普通の行いなのだが、他人からは上から目線で高圧的だと感じられることが多い。

 まあ当然ではあるが……。



 凛はしばらくの沈黙のあと、やや低めの声で返事をした。


「……うん、そのことはもういいや。本題言っていい?」

「どうぞ」



「コホン。まず探索者やダンジョンについての詳細とか、君が探索者になるかどうかの話は今はしない。いずれ島さん達に聞くことになると思うからね。で、この電話で私から忠告したいことは一つだけ……」


 匠真はスマホを持つ手に少し力を込めた。



「あの人……島さんを欲しい」



 電話越しに匠真は首を傾げた。どういうことかよく分からないな。


「今、私や島さんは『デルヴ』っていう民間のダンジョン探索組織の構成員なの」


 匠真にとって全く聞き覚えのない単語だった。


「デルヴ……聞いたことないな」

「まあ、自衛隊のD管(ダンジョン管理部門)と違って表向きには存在してないからね。島さんはそこの実戦部隊の隊長。あ、デルヴのことは他人に言わないようにね」

「……はあ」


 隊長というのがどれほど偉いのか分からないのでボンヤリと返事をする。


「君も感じたかもしれないけど、あの人ちょっとなところがあるから、何かと皆から慕われるんだけど……」


 凛の説明に匠真は共感し、電話越しに思わず頷いてしまった。


 ――そうだ、あの人……島さんはこんな奇特な自分にも、壁を作ったりさげすんだような態度を取ることなく接してくれたいい人だ……。


 実は匠真にとってそれが一番嬉しかった。素直に。


 そんな風に初めての出会いを思い出して少しぼんやりとしているとスマホから再び凛の声がした。


「ただあの人にはがあるの。私はそれを確かめるために彼に接近してる」

「どんな疑惑ですか?」


 その内容は驚くべきものだった。



「具体的には言わないけど、もし罰を受けるなら死刑は確実だと思う」



 匠真はしばらく開いた口が塞がらなかった。な、なんだそれは!?

 そして凛の話は続く。


「ごめんね。いきなりこんな話して。あ、もちろん人には言わないでね?誰も信じないと思うけど……」

「言ったりしませんけど。俺に何をしろと?」


「……飛田君、結構メンタル強いほう?」

「忍耐力はあるはずです」


 これは嘘ではない。


 それと自分で決めたことはほぼ必ずやり遂げようとするタイプでもある。

『〜しなければならない』という呪いの言葉を自己暗示のように自分にかけるとでもいうか……。


「あと、口硬いほう?」

「話しちゃいけないと分かっているのなら完全に黙りますが、そうでないならめちゃくちゃ喋ることもあります」


「…………」



 しばしの沈黙の後、凛はこんなことをお願いしてきた。


「……もし、君がいつか探索者になって島さんと行動するようになったら、私にあの人のことを逐一報告して欲しいの。こうやって電話で。あ、もちろんこの話は誰にも秘密にして欲しい!」


 匠真は少し迷ったが受けることにした。


「それは別に大丈夫です、報告ぐらいなら。あと俺、探索者になるつもりです。それにあたって一つ聞きたいことがある」


 すると、やや嬉しそうな凛の声が返ってきた!


「あ、ホント!?ありがとう飛田君……なになに?何でも聞いて」



「俺、よく閉店間際のスーパーに半額弁当を買いに行くんですけど」



「ぷっ、あはは!何それ」


 なんか笑われた……特に冗談で言ってるわけではないのだが。


 ちなみに匠真は安いものだけでなく栄養のバランスが偏らないようにしっかり食事には気を使っている。

 だが節約ばかりでは息が詰まるので、たまに牛丼屋に出向きうなぎを食うこともある。



「とにかく俺は金がない。探索者ってお金もらえるんですか?」


「もちろん!」


 凛は即答する。

 ひとまずはそれにホッとしたが金額はどのくらいだろう?匠真は次の言葉を待った。



「歩合制だけど普通に命の危険がある仕事だから新人のうちから結構な額が出るよ。なりたてでも月40万円ぐらいにはなると思う」


 匠真は思わず吹き出した。


「だ、大富豪になれるんじゃ……!?」


「ええっ!いやいや、君の経済規模どんだけ小さいのよ!?もっと社会を知ろうよ飛田君」




 ……などと、という匠真にしては奇跡に近いような経験ができた。その数十分は匠真にとってはとても貴重で幸せな時間だった。



 それから匠真は凛との通話を終了し、部屋の隅に座り斜め上を見上げる。


 ――人と話すことがこんなにも楽しいなんて……凛さん、感謝します。


 とても直接彼女に言えないようなセリフが頭の中に浮かび、匠真は恥ずかしさで思わず頭を抱えた。


 あまりにも充実した時間だったため、あの島の物騒な疑惑のことはしばらく頭から消えてしまっていた。




 しばらくして時計を見るともう9時近い。半額弁当を買いに行かねば。


 匠真は家を出て、いつもの最短ルートでスーパーに向かった。移動はもちろん全力疾走である。

 無事に半額弁当をゲットしその他に適当な食材も買いこみ、再び家へと帰る途中のことだ。



 ビルの路地裏から走っていても聞こえるくらいの叫び声が耳に入って、匠真は立ち止まる。


「嫌だって離して、もう帰るってば!」

「良いじゃねーか?もうちょい付き合えよ」

「へっへっへ。お前も遊びたかったんだろ女子高生?」

「ちょっ……ホント離してよ!!」


 匠真は男三人に囲まれているその女子に見覚えがあった。


 あいつ――佐々木か!



 それは、いつもゴミを見るような目で匠真を見てくる佐々木という女子だった。匠真はもちろん大嫌いである。


 正直、日頃の行いが悪いからだ――と思ったが、状況が状況だけに見過ごしづらい。



《――困っている人がいたら助けなさい》



 頭の中にまた誰かの言葉が浮かんできた。

 匠真は過去に誰かに言われた特定の言葉をずっと覚えている。

 父か?母か?学校の先生か?もしくは自分自身か――??

 誰の言葉か忘れてしまったが、それらは匠真が何らかの感銘を受けたものだ。


 とにかく匠真の頭にはこの呪いのような言葉がこびり付いていて、それがたまに顔を出すのだ。


 例え嫌いな人間でも助けねばならない。


 これは自分の意思というより思い込みに近いだろう。

 匠真は発達障害ゆえ、この思い込みを崩すという行為に極端に抵抗感を覚えるのだ。



 ――スッ。


 近くの廃材置き場から角材を手に取り、それに今スーパーで買ったトマトソースをかけて最後に自分の顔や服にも振りかける。

 幸いあたりは薄暗い、パッと見は血のように見えるかもしれない。

 相手が輩なら演出はしておくべきだ。


 そう思って三人と佐々木のいるところに近づいていく。



 ――ガンッ!!



 角材で捨てられていた一斗缶を殴って輩の気を引くと、輩達は一斉にこちらを振り向いた。


 ――よし、さっさと逃げろ!


 匠真は心の中で佐々木に叫んだが、佐々木はあろうことか輩達と同じく匠真の方を向いてその場に突っ立っていた!くそっ。


 そんな佐々木の鈍さに呆れつつも、匠真は次に輩達にこう言い放った。



「そいつを、離さないと殺す」



「あぁ!?…………ひっ!」


 急に現れた返り血を浴びて武器を持った男に恐れをなしたのか輩は明らかに後退りし、こんな強がりを言った。


「……お、おいコラ!何だテメーは!?」

「俺達は九条さんの知り合いなんだぞ!?死ぬぞおめぇー」


 誰だそれは?


 しかし探索者というのが引っかかる――が、今はいい。



「じゃあその人が来る前にお前らを叩き潰す」


 そう言い終わるとほぼ同時に、匠真は角材を構えて突撃した!


「うわあああああ!」

「ぎゃあああああ!!」


 輩達は面白いぐらい必死になってその場から一斉に逃げ出した。


 実際のところ匠真の見た目は威圧感があって強そうで不気味で恐い……というか日頃からしてきた筋トレのおかげで本当に強いのだが。


 あと、匠真のこの度胸の良さは皮肉にも今まで学校で受けてきた暴力に対する場慣れからくるものだった。



「あ……!」


「……」


 その場に立ちすくむ佐々木と匠真。


 匠真は佐々木の方を向いた。

 佐々木もややビクつきながら暗い中確認するように匠真の顔を見据えた。そしてそれが匠真だとわかると一気に眉をしかめた。


「ひ、飛田……!?」


 助けたのに感謝もないどころかめちゃくちゃ嫌そうな顔で睨んでくる佐々木。こういう奴だったなと匠真は思い出す。


 ムカついたので匠真は嫌がらせのように手を差し出し、不気味な笑顔を浮かべた。



「これ、このトマトソース代……200円……」



 それを聞いた佐々木は憤慨した。


「は、はあぁ!?誰が助けてくれって言った、ふざけんな!だからお前友達いないんだよ死ねバーカ!!」


「…………!!」



 そのまま走り去っていく佐々木の後ろ姿を見つめながら、匠真はがっくりと肩を落とす。

 佐々木の態度よりも友達がいないとハッキリ指摘されたことで傷ついたのだ。


 やはり一般社会には自分の居場所はない……匠真は脱力感の中、そんな感想を抱かずにはいられなかった。



 明日は島さんに電話しよう。探索者になろう。静かにそう決意した。

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