2❤︎21

とてつもないあい

2❤︎21

甘いだけのシロップを飲み込んでいるような日々に僕は疑問を抱いていた。


「今日テスト?」「勉強してねぇ~」「そのグロス可愛い!」「トイレ行こー」


多くの人がテンプレ化された言葉を使い回して、当たり障りのない生活を過ごしている。もちろん僕も例外ではない。


基本、目立ちたくない。学級委員だの生徒会だの自分から進んで立候補するやつらの気が知れない。目立つということは人気や知名度を集めると同時に取り返しのつかない嫌悪感を抱かれてしまう恐れがあるということなのに。それにリスクを侵さなければ成功も無いなんて唱える人は僕には眩しすぎる。


成績も運動も顔も中の下。さらにこの性格もあいまってか、僕は今まで人間の汚い部分を人よりも少しだけ多く見てきた。だが、別に彼らを非難するつもりはない。綺麗事を並べて成功できるようなファンタジックな世の中では無いことを、僕なりに理解しているつもりだからだ。陰口や暴力の肯定をするつもりはないが、自分の弱さを隠し通すための武器を課金して手に入れているようなものである。リスクを背負っての攻撃を絶えず繰りだせるメンタルには尊敬に似た感情すら感じる。


まあ、僕にとってはどうでもいいことだ。他人に興味が無い。気にも留まらない。冷酷だって?確かにそうかもな。でもみんなそんなもんだろ?自分が一番大切に決まっている。


現に、この世界からいじめや虐待、ハラスメントがなくならないだろう?小学生が道徳の授業で手を挙げて発言する言葉に、担任教師の心が揺さぶられると思うか?夕方、女性アナウンサーが眉を下げ、若干低いトーンで話すニュースに、作業の手を止め涙を流したサラリーマンが居ると思うか?人間とはそういう生き物なのだ。



まだうっすらとうっとおしい暑さを感じられる今日。僕に厄介な能力が生まれた。


「今日テスト?」「勉強してねぇ~」「そのグロス可愛い!」「トイレ行こー」


固定フレーズが飛び交ういつも通りの朝。僕以外のやつらにとっては。


クラスメイトの頭上に浮かぶ数字。この数字、どうやら僕にだけ見えているらしい。一体これはなんなんだ。


よく観察していると、この数字は頻繁に増減していることがわかった。斜め前の女子Aは昼休み前まで850だったが今は745に減少している。


僕は最初、これはその人の価値なのかと思っていた。ああ、やはり人間には生まれながらに優劣がつけられているのだと諦観に似た安堵のような気持ちになった。


しかし、増減するということは違うのだろうか。いや、人の価値は日々変化しているなどと、アインシュタインのパチモンのようなことでも言うのだろうか。いやいや、この世の中に限ってそんな甘ったるいだけのことが起こるはずがない。


ではなんなのだろう。そこまで考えたところで突然名前を呼ばれた。


「おい。お前、お前だよ。聞いてんのか?問1、答えろ。」


雑に指を指された。多分。


「3x>3y」


「チッ。なんだ。聞いてたのか。次、███ー。」


ああ、帰りたい、と思ったが声にも表情にも出すことはない。はあ、と普段の呼吸よりも少し多く地球温暖化に加勢し、窓の外に目をやった。


綺麗な曇天。


この空に綺麗というのは間違いのような気もするが、僕は曇りが好きだ。言葉も気持ちも全て濁して曖昧にしてくれる気がするから。だってもうほら、さっきの応答なんて忘れかけているし。



6時間目が終わり、ようやく下校の時間になった時、


「うわ、雨だ。」


後ろの席の女子生徒が呟いた。それが100メートル走のピストルの役割を担ったようで、皆が次々に「雨が降ってきた」という事実と「雨が降ってきたことで起こる被害」について述べだした。


雨は嫌いだ。濡れるし、傘を差すことは面倒臭い。


いつも通り、ぼっちだと勘違いされないためだけの装飾品数名と校舎を出た。彼らも「雨による被害」を淡々と述べている。僕も浮かないように、やや口角を下げながら同感の意を示す。


少し歩いたところで、装飾品と別れた僕は1人になった。僕の家は学校の範囲から少し外れているらしく、道中、クラスメイトに会うことはほぼない。ほぼ、というのはこの人をクラスメイトと言うべきかどうか迷ったからだ。


数十メートル前に、3x>3yが見えた。


僕は追いつかないように、3x>3yの歩く速度よりもコンマ2秒ほど遅く足を動かした。3x>3yの隣には、奥さんらしき女性が居た。


「本当に今日は申し訳なかったよ。6時間目に使う大事な資料を家に忘れるなんてな。おかげで助かったよ。雨も降ってきたし、本当に悪かった。」


「いいのよ。終業ギリギリになっちゃってごめんなさいね。それに久しぶりに2人で歩きながら話が出来て嬉しいわ。」


言葉上では優しい奥さんだが、口調は少し荒く、嫌味ったらしい。その時、奥さんらしき人の数字は800から620に減った。


どちらが自分の傘を忘れたのかは分からないが、2人はひとつの傘をふたりで使っていた。しかし、やはりふたりで使うことは傘を製造する会社も予想していなかったようで、少し小さい。それでも、奥さんらしき人が全く濡れていないのは、3x>3yが肩を濡らしているからだろう。


3x>3yの頭上の数字はピクリとも動かなかった。




次の日学校へ行くと斜め前の席で女子Aと女子Bが話していた。


「あ、あのう、昨日はハンカチ貸してくれて有難う。」

女子Bが深々と頭を下げながら言った。


「いいのよ。いつでも言ってね。」

と女子Aがほほえみながら答えた。


前の席で僕と一緒にその一部始終を見ていた男子生徒2人が


「███さんって、顔も可愛いし性格もいいとかマジ天使だよな。」

「わかる。性格もいいってところがいいよな。」


と脊髄で言葉を発しているような会話をしていた。女子Bが渡したハンカチは綺麗にアイロンがかけられていた。女子Bの数字は動かなかった。




放課後、僕は下駄箱の前まできたところで教室に教科書を忘れたことに気づき、取りに戻った。教室の扉を開けようとすると、中から女子Aとその周りの女たちの笑い声が聞こえた。少しだけ扉を開けて中を見た。そこにはずぶ濡れの女子Bがいた。


最悪だ。僕は教科書を取りにきただけなのに。面倒くさい。


「お前、なにしても泣かないのって泣き顔がブスだからでしょ?ほら、水かけてあげたから泣いてもバレないよ。」

女子Aの言葉に被せるように周りの女子たちが笑い声を上げた。


「そういえば███、昨日こいつにハンカチ貸してたけどなんで?」


「え?ああ。昨日もこいつに水かけて遊んでたんだよ。水道のところで。そしたら█████君が通ってさあ、やばいと思ってハンカチ貸したってわけ。」


なるほど。クズだ。


それから10分ほど経って女子Aらは女子Bに飽きたのか帰ろうとしたので僕は柱の影に隠れた。なにかが胸にこびりついているような気がしたが無視した。


女子Bが残っている教室に少し気まずそうに僕は教科書をとりにはいった。


沈黙が流れる。


女子Bは持っていた自分のハンカチで濡れた床を拭いていた。


「大丈夫?」


沈黙に耐えきれず僕は声をかけた。


「ええ。大丈夫よ。有難う。」


女子Bは少し口角を上げて応答した。女子Bの数字は相変わらず動かなかった。






数字が見えるようになってから1ヶ月が経った。特に変わったことはない。強いていえば僕に好きな人ができたことくらいだろうか。まあ決して誰にも相談しないつもりだし、告白もしない。


バタバタバタバタ


廊下を友達数人と勢いよく走り去っていったのは同じクラスの鈴木だ。


「こらー!授業サボるなー!」


後方から生徒指導の先生の怒鳴り声も聞こえた。鈴木は背が高くて髪の毛は少し長くてピアスがたくさんあいていて制服をちゃんと着ることをしらない面白いやつだ。顔も整っているので女子からの人気もすごい。少しやんちゃだが、そこもまた人気の理由のひとつなのだろう。


数日前、子猫が捨てられているのを見つけた。可哀想、とは思ったが家で飼える余裕もないし餌を買ってあげるほどでもないと通り過ぎた。しかしなんだか心臓がぐるぐるして、そう、女子Bが頭から水をかけられているのを見た時と同じ気持ちになって僕は子猫の元へ戻った。


するとそこに鈴木がいた。僕には気づいていないようだった。


「大丈夫か。家で飼ってやれればいいんだけどな。ごめんな。今ミルクかなんか買ってきてやるからな。」


と猫に話しかけていたので思わずふっと笑ってしまった。鈴木の頭上の数字は動かなかった。


「あ、なんだよおまえー!いたのかよ!」


鈴木は少し照れながら僕に話しかけてきた。


「一緒にミルク買いに行こうぜ!2人いれば2つ買えるな!お得だ!!」


なにがお得なのかよくわからないが初めて会話するのにも関わらず長年の友達に話しかけるようなキラキラした真っ直ぐなその目に僕は恋をしてしまった。


「あの、LINE交換、しませんか。」


自分が発した言葉なのにびっくりした。


「あ、いやごめん間違えた、いや、間違えてはないんだけど、ごめん。いきなりすぎた。忘れて。」


すぐに僕はさっき出てしまった不本意な言葉について言い訳をし、目を逸らした。


「全然いいけど、本当にいきなりだな。」


へにゃっと笑う君に僕の心臓はもう爆発寸前だった。


僕は、告白せずにずっと片思いをしている人間を馬鹿にしていた節があったのだが、当事者となった今、鈴木に恋をしていることを装飾品にはおろか猫にさえも言える気はしなかった。




次の日の放課後、ピコン とスマホが鳴った。



今日もネコのとこ集合な!^._.^



鈴木から、あの見た目の人が使うとは到底思えない絵文字と共に招待状が送られてきた。


今日も話せるんだ。口角が自然に上がってしまう。僕は少し早歩きで昨日いたネコのところへと向かった。



「お!遅かったなー!なにしてたんだよ。」


鈴木の方が早くついていたので猫はもうミルクを飲んでいた。


「鈴木君がサボっただけじゃないですか。」


「ははは!そうだな!」


僕らはそこで30分ほどたわいもない話をして家に帰った。




カレンダーがめくれていくにつれて僕の思いもどんどん大きくなっていった。伝えたらこの関係がなくなってしまう恐怖と進展を願う気持ちが毎秒喧嘩していた。




放課後、僕は先生に呼び出され帰るのが少し遅くなってしまった。職員室をでてスマホを見ると、


一緒に帰ろうぜ^ ^


と鈴木からのメッセージが来ていたことに気づいた。


最悪だ。せっかくチャンスだったのに。


僕が肩を落としながら教室に戻ると鈴木が僕の席で寝ていた。


「なんでまってるんだよ。」


嬉しさと愛おしさとで僕の気持ちは最高潮に達した。



「鈴木。僕、お前が好きだ。」



鈴木はまだ寝ている。


「のんきなやつだよ。」


僕は鈴木の肩を揺らした。


「鈴木、起きろほら起きろって。」


「、、おはよ。」


「待っててくれて有難うな。帰ろうぜ。」



僕はカバンを持って教室を出ようとした。



「あのさ。」



と鈴木が僕に言った。僕は振り向いて鈴木を見ようとしたが夕日に照らされて逆光でよく表情が見えない。


「なんだよ。早くしないと暗くなるぞ。」


「俺さ、お前のこと最高の友達だと思ってる。」


胸がズキンと痛むのがわかった。


「うん。」


「お前と話すの楽しいし、お前ともっといろんなことしたいし、お前ともう話せないなんて嫌だ。」


「うん。」


「だからこれからも仲良くしてくれ!」


子供みたいに僕にお願いをしてきた鈴木の声は少し震えているように感じた。



「なんだよ。いきなり。あたりまえだろ。」


声が震えてしまわないようにいつもより少し大きな声で僕は返事をした。



「あと、俺眠り深くてさ、寝てる時何か話しかけられても聞こえてないんだよね。」


「なんだそれ。笑」


僕は、声が震えないようにするのに必死で鈴木の顔を見れなかった。もちろん頭上の数字も。


その日から、みんなの頭上に数字が見えることはなかった。


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