第4話 異世界には人がいます
冒険が始まってあっという間に半日以上が経過していた。始まりの町に到着したときには、既に辺りはすっかり暗くなっていた。
昼間のあたたかな陽気が嘘のように、夜の空気はひんやりと肌を刺す。女神様の言う通りに本格的に夜になる前に切り上げたのは正解だった。
「人だ人がいますよ!」
「いますよ……」
当たり前だった。通常、何時間も前に辿り着いているはずの光景。冒険の前に思い描いていた「町に到着するシーン」とはだいぶずれていた。
「すみません、この町はなんて名前ですか」
気を取り直して、発見した正真正銘の第一村人に問いかける。
相手は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに表情を戻すとこちらに向き直る。
「お、なんだい冒険者かな?ここはアラザンだよ」
「アラザンですって、出てきそうで出てこなさそうな絶妙な名前ですね。銀色のアレって呼んでもいいんでしょうか」
「人と会話してるときに私に話しかけないでください、ほら相手が訝しげな顔をしているでしょう!声に出さなくても私とは話せますからせめてそうしてください」
なるほど、女神様の声は脳内に響いているため自分以外には聞こえていない。今まで周りの人がいなかったので意識はしていなかったが、自分も同じように声に出さずともコミュニケーションが取れるのか。
初めての生身の人間との会話だったため、少し注意が足りなかったかもしれない。
ぽかんとしている相手をこれ以上置き去りにするわけにもいかないので、適当にごまかしておこう。
「あ、なんかすみません。脳内物語ストリーミングしてました」
「いや、うん?大丈夫そうならいいよ」
「ああもう恥ずかしい、穴があってもどうにもならない」
「なんで女神様が恥ずかしいんですか」
「共感性羞恥ですよ」
まだ慣れない声に出さない会話を試しつつ尋ねると、ぴしゃりと返されてしまった。こういうのは傍観している第三者のほうが心にくるらしい。
その後、しばらく新しい方法での会話を試みてはみたものの、やはり心の中でのやり取りというものにまだ慣れていない自分がいるのを感じる。やり方自体はさほど難しくないものの実際に使いこなすとなると別問題だ。
その上、いまだに女神様の恥ずかしさがかっかしていることもあって、一度通話状態を切り、宿屋へ向かうことにした。
少し錆びた看板がなんとなく目についたので、深く考えることをせずその宿屋に入ってみる。
入口の扉をくぐるとチリンチリンとベルの音が響いた。暖炉のそばに置かれた古びた椅子もどこか居心地よさを感じさせる。木の香りがほんのり漂う中、カウンターに女店主がどっしりと佇んでいた。
「どうも一泊したいんですが、一部屋空いてますか」
女店主は顔を上げ、少し驚いたように目を細める。手に持っていた雑誌を一旦置き、無言で目の前の客を観察する。
「部屋は空いてるけどね、お客さん結構服が汚れてるけどお金は持ってるのかい?」
「野晒しを体現してますもんね。お金のこと忘れてました、一文なしとは自分のことです」
「見たことない種類の潔さやめてくれないかな」
女店主は再びじっと見つめてきたが、はぁと呆れたような顔をしてからゆっくりと口を開く。
「なんか訳ありそうな感じしかしないし……。お客さん追い出した結果、外を徘徊されるのまあまあホラーだから、いいよ一晩だけ貸したげる」
「神は地上にもいたんですね、ありがとうございます」
手を合わせて拝み倒す。女店主はいいからいいからと手を払いながら、無造作にかけられたエプロンのポケットから取り出した鍵を渡してくれた。
人生は人の優しさに支えられて成り立っている。
泊まる部屋は年季こそ入っているが、一人で過ごすには十分な空間。
木造の床が心地よい軋みを響かせるたびに、張り詰めた緊張感のようなものが少しずつ薄らいでいく。
今日は奇跡的にどうにかなったものの、明日からのことを考えるとまだ不安が残る。
金銭面のことを含め、作戦を立てなくては何も始まらない。
「ということで女神様、作戦会議のお時間です」
「わ、わ、いきなりなんですか」
通話を再開するなり、女神様の驚きの声が反響する。その声には少し焦ったような気配が感じられた。
「なんかそちらばたどたしてますけど大丈夫ですか」
「素直にどたばたさせてください。今お風呂入ってたところですよ、急にかかってくるから」
どうやら通話の切れ目を見計らって、女神様は女神様で疲れを癒していたらしい。
「女神様でもお風呂は入るんですね、学びです」
「大昔のアイドルじゃないんですから普通に入るでしょう」
「アイドルもうんこしないだけで、風呂は入ったと思いますよ」
「貴方側からいつでもかけられるってことがこんな形で弊害を生むなんて想定してませんでした」
「女神様のプライベートは奪われたも同然と」
「侵略者が何を言ってるんですか」
「インベーダー呼ばわりひどい」
あくまで意図しない侵略である。
「ああもうゆっくりお風呂も入れない体になってしまいました」
「こちらとしては別に構いませんけれど」
「水音とか聞こえたらどうせよからぬ妄想をするでしょう」
「んー…………しますね」
「正直者の貴方には金のエンゼルと銀のエンゼルどちらも差し上げましょう」
「銀の余り物感すごいですね」
一枚では交換ができない銀のエンゼルをもらったところで困ってしまう。
その裏でもタオルで拭きとる音などが耳に届いて、しっかり湯上がり姿を想像してしまった。
「そんなことよりです」
「私のプライバシーにとってはだいぶ重要案件でしたけどね」
「明日からのことですよ、早急にかんとかしなければならないです」
「かんとか君はあくまでなんとか君が先陣を切ってくれて初めて役立つ永遠の2番手なので、単独出撃させないでください」
「かんとかのかってどこ由来なんでしょう。
「そうなるとなんとかかんとかが、表記上、
「はい女神様、置いといて作戦会議しますよ」
「横道逸れるのはいつだって貴方!」
大変心のこもったツッコミだ。これ以上女神様をからかうと天罰がくだりそうだった。
「まずはお金ですね。お金がないことには明日のスルメも買えません」
「貴方の主食、そんなザリガニみたいなのでいいんですか」
「冒険の始まりでは王様からお金がもらえると相場が決まっているのに、ゼロ円スタートとは非常に心細いです」
「お金の面は心配ありませんよ、貴方が集めたドロップアイテム、特にレアの方は高値で取引されている代物です。適切なギルドで換金してもらうのがいいでしょうね」
「おお、お前らにそんな価値が。愛おしいなぁ、すりすりっと」
我が子のように宝石たちに頬ずりをする。
綺麗だとは思っていたがまさかそこまでの価値があったとは、僥倖だ。
「くれぐれもその規格外の量をいっぺんに出さないでくださいよ。本来そんなにぽんぽん手に入るものじゃないんですから。チートニート窃盗劣等いろいろ疑われますよ」
「隙間に疑いの余地がないディスが潜り込んでましたが」
「貴方は底抜けにバカなんですからあらかじめ言っておかないとやるでしょう」
「バカって言う方がバカなんですよ」
「貴方は本当に頭が良いですね」
「…………」
なるほど、最高に馬鹿にされている気がした。
「で、さっきから貴方は話しながら何を必死に掃除しているんですか?プライドでもこぼしましたか」
「おれのプライドは目減りしてないですし、たとえこぼれても床は汚れないです」
「プライドって油っぽくて汚れそうですよ」
「プライドチキン、プライドポテト……」
鶏芋よ、誇りを抱け。
くだらない話に花を咲かせながらも手を動かす。
「1日戦い通しでなかなかに汚れちゃったじゃないですか。 宿泊施設として身なりの汚い存在を受け入れるのってかなりのリスクだと思うんですけど、そういうの度外視で与えてもらった厚意に自分が返せるのは、来たときより部屋を綺麗にすることくらいなんで。クリーンクリーン青空にーは♪」
「ふぅん……女神ポイント10ポイント」
「なんかもらった」
「1000ポイントためると銀のエンゼルと交換ができます」
「銀!!」
「いいんじゃないですか、貴方のそういうところ」
そこからは心なしか女神様の声色がやわらかくなり、掃除の間中文句も言わずおしゃべりに付き合ってくれるのだった。
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