第5話 異世界ノミニケーション
宿屋での朝、部屋に差し込む日の光をぼんやりと眺める。
「差し込む朝日」と「代読ワラビー」はどことなく語感が似ているなと頭をよぎりつつ、ベッドから体を起こす。
急遽の欠席にしても他にもっと適役の哺乳類はいなかったのだろうか。
「女神様、おはようございます」
「…………」
返事がない。ただのうたた寝のようだ。
しばらくして、向こうからもぞもぞと動く気配を感じ、ようやく欠伸交じりの声が返ってくる。
「ん、んう……ふぁ〜あ……おはよございます」
「昨夜はよく眠れましたか」
「不覚にもぐったり疲れてぐっすり眠ってしまいましたね」
「お疲れの原因は聞かないでおきます」
一体、昨日は天下の女神様をおしゃべりに計何時間付き合わせたのか。疲れたのはお互いさまという見方もあるが、加害者と被害者に分けるとするならそれは一目瞭然だった。
あまり深掘りするとちくちく始まりそうなので、ここは戦略的撤退に限る。
タダで泊まらせてもらっている分際で長居するのも気が引けたので、目が覚めたのをきっかけにさっさと発つ準備を始める。
荷物をまとめてそそくさと階下を降りると、ばたばたとしていた音で気づいていたのか女店主が迎えてくれる。
「ありがとうございました、お世話になりました」
「ん、立派になんな」
深く頭を下げて宿の主人に鍵を返す。
この小さな宿の主こそがが自分にとっての始まりの町の王様だったのかもしれない。
外に出ると空気は清々しく、気持ちのいい朝の陽射しが町の通りを照らしている。
多くの商店や露店が開き始め、パンの焼ける香ばしい匂いや、フルーツの甘い香りが漂ってきた。通りを足早に行き交う人々も朝から忙しなく動いている。
「結構人通りがありますね」
「とても栄えているとまではいきませんが、それなりに充実した町のようです」
確かに大都市と呼ぶほどではないが、町の活気は強く感じられた。
商人、旅人、地元の住民。様々な目的を持った人々がここで生活し、集まっていることが、空気感から伝わってくる。
「まずは女神様の言ったバイバインできるギルドを探すべきですね」
「それは栗まんじゅうをスペースデブリにする未来しか見えないです」
「売買でしたね売買」
「バイバイ」
「置いていかないで」
愛想を尽かされる5秒前。
全く油断も隙もない。冗談ついでに始まりの町で早々に取り残されるなんて事態は絶対に避けたい。
「ちなみに女神様なら何を倍にします?」
「信者」
「非人道的すぎます」
「人じゃないですもん」
「そのとーり」
タケモトピアノばりに納得してしまった。
「まあ冗談ですよ。それより貴方は行く前にある程度身なりを整えたらどうですか、舐められますよ」
自分の格好はといえば、冒険を始めた当初のまま。農民Aみたいな服装だ。
目に見えるほど薄汚れてこそいないが、蓄積したくたびれ感みたいなものは漂っているかもしれない。
「確かにドレスコードとかのある店だと断られちゃうかもですね」
「現時点で一文無しが何を心配しているんですか。杞憂にもほどがあります」
「お客様、当店ペットの入店はお断りしておりますので」
「もしかしなくても今私のことをペット扱いしました?」
「ペットも家族の一員って言いますしね」
「いや全然フォロー間に合ってないですからね。危なかったーみたいな顔してますけど」
女神様はじとーっとした目でこちらを睨んでいることだろう。その表情がこちらからは見えないことがある種の救いか。
「身なりに関しては女神様の言うことにも一理あります。しかしてまずは情報収集、この町のギルドがどこにあるのかを訊きましょう」
「なんだかあてがあるような口ぶりですね」
「古くから酒と煙草の匂いがするところに情報は集まるのですよ」
「そこは……酒場ですか」
「いざ」
飛び込んでみなければ始まらない。
酒場の扉をくぐると、瞬間的に視線がが集まってくる。
見慣れない顔に警戒心を抱いているのか、あるいはただの好奇心か。どちらにせよ新参者にはみんな興味が津々なご様子だ。
「見ない顔だな、新入りか」
声をかけてきたのは厳つい壮年の男。
風格ある佇まいと威圧感のある声。多くの客が注目している中で堂々と声をかけられるその態度。この酒場の中心人物であることは明白だ。
とりあえず、この男性を通じて話を進めるのが手っ取り早そうだ。
「おじさん、よろしくお願いします」
「誰がおじさんだ」
「ベテラン臭というか歴戦の猛者感が醸し出されてたんで」
「なんだ分かってんな、俺はガルボ。まあこの町の顔ってやつさ」
「どうりで、広場でおじさんの顔像見ましたよ」
「ねえよ、なんだ顔像って、胸像みたいに言いやがって。一歩間違ったらデスマスクじゃねえか」
最初こそ見知らぬ異邦人に警戒心をもって厳しく当たってきたような態度だったが、話してみれば気のいい人物だった。
軽口が思いのほか緊張を和らげ、ガルボも次第に口調が砕けて敵意が薄れていく。
店内を歩き回る女性をつかまえて声をかける。
「ちょっとそこの運び屋のお姉さん」
「物騒が強すぎる、ウェイターでいいだろ」
笑みを浮かべながら足を止めてくれるお姉さんに注文を伝える。
「おじさんと一緒のやつもらえます?」
「お、なんだ兄ちゃん飲める口か」
「いやなんかグルメレポーターばりに美味しそうに飲んでるんで、試したくなっちゃって」
「いいぞいいぞいっちまえ」
注文すると程なくしてお姉さんが飲み物を持ってきてくれる。
差し出されたグラスを受け取ると、躊躇なく一気にあおった。。
「うわこれめっちゃ強いじゃないですか!こんなの昼間っから飲んでるとか、おじさん悪いなぁ」
「ばか、こういうのは明るいうちから飲んでこそなんだよ」
「……あー喉あります?焼け焦げてませんか?大丈夫かな、のどぐろになっちゃう」
「そんな心配すんなら最初からごくごく飲むな、頭ぶっ飛んでんのか、がははは!」
言葉と行動が伴っていないことが可笑しいようで、大笑いしながら上機嫌そうに机をバンバンと叩く。
ガルボの豪快な笑い声は周囲の客たちにも良い雰囲気として伝播していく。
「これはおじさんからのウェルカムドリンクってことでありがたく頂戴しておきます」
「いいぜいいぜ、そんな景気良く飲まれたんならお代くらい出してやるよ」
「みなさーん、ガルボさんから歓迎の一杯をいただきましたー!よっ、太公望!」
「そこは大統領とかでいいだろ、いつ俺が釣りの一面を見せた」
「のどぐろとか、アカムツとか言ってませんでした?」
「それはお前だよ、酔っ払い」
どっと沸く酒場の客たち。酒で楽しくなった皆は盛り上がれれば何でもいいのだ。この場を支配しているのはノリ、それだけである。
「良い飲みっぷりだったぜ」、「兄ちゃんなかなか豪快だな」と口々に声をかけられる。気軽に話しかけてくる彼らを見て、これがこの町の本来の姿なのだろうと感じた。
中心人物が先頭に立って認めたことで、うっすらと充満していた排他的な空気は完全にかき消えていた。
「ちなみに顔にききたいことが」
「顔って呼ぶな、ガルボな」
「じゃあ
「誰がガンルボだ」
「この町の主要なギルドの場所とか教えてくださいな」
「お前ほんとの初心者かよ、しゃーねえなあ」
「口で言われても分かんないんで地図、地図描いてください」
「注文が図々しいな……って分かった、分かったから絡むな酔っ払い」
ガルボは面倒くさそうにあしらいながらも、近くの紙切れに手早く簡単な地図を描いてくれた。
異世界に来てから様々な人に助けてもらっている。
「どういうスキルですか、貴方のそれ」
女神様が若干引き気味の視線を送ってきているのを肌で感じたが、もはやいつものことだ。
とにかく、当初の目的は無事達成することができた。
「さて、行きますか」
ガルボに軽く礼を言い、酒場の喧騒を背に扉をくぐった。
目指すはギルド、生活費を手に入れに行くとしよう
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