告白までの第一歩。息が白くなる寒さの中、あなたの頬や鼻に触れたなら。
まなか
僕の心と一緒に冠雪の富士山の写真を送ろう。僕の隣にいないあなたへ。
よく晴れた冬の朝。車を運転していた僕は、この冬一番の幸運に感謝した。
『雲一つないよく晴れた寒い日の朝に、その道を通ると富士山が見える。』
同僚から、話は聞いて知っていた。
今日は、吐く息が白くなるくらいの寒さと、抜けるような青空。
条件は揃っていたけれど、見たことがないから、条件を意識していなかった。
それは、不意打ちで、フロントガラス越しに僕の目に飛び込んできた。
「見えた!」
一気に上がるテンション。
春、僕は、一人でこの土地に来た。
職場までは車通勤の土地。
職場に着くまでの僕に話し相手はいないから。
車の中で一人、音楽を聴きながら通勤している。
この地に来るまでの僕は、あなたと電車で職場に向かっていた。
言葉を交わしていない時間も。
誰かが間に入って、あなたと隣り合わせじゃなくなったときも。
同じ車両にいるあなたの存在を感じていたから、一人だと思うことはなかった。
職場までの道のりを、寂しいと思ったことはなかったよ。
あなたがそこにいてくれるだけで、僕はその日一日、仕事を頑張れていたんだ。
春。僕に転勤の辞令が出てから。
僕は、あなたと同じ電車に乗らなくなった。
あなたが隣にいることが日常だった日が終わってはじめて。
僕は、あなたがいない空間の味気なさと、話したいことを話したいときに話せないもどかしさを知った。
僕の隣にあなたがいることを僕は日常だと思っていたけれど、違ったんだ。
僕は、一人で車を運転しているけれど、あなたは今日もいつもの電車に揺られているはず。
僕とあなたの距離は、まだ日常になっていなかった。
離れていると寂しい。
でも、寂しいとあなたには言えない。
なぜなら、僕とあなたは、まだ何も始まっていない。
僕が、あなたに会えなくて寂しいと伝えたら。
あなたはどんな言葉を返してくれる?
僕の欲しい言葉を返してくれるだろうか?
僕に会いたいと返してくれると分かっていたら、僕はためらわずに、あなたが恋しいと伝えるのに。
あなたに何も伝えていない、あなたの気持ちを推し量って、あなた待ちの僕は、あなたと離れた土地で一人、車を運転している。
今すぐあなたと喜びを分かち合いたいのに、僕の運転する車の助手席には誰もいない。
車に乗るときだけ聞いているラジオは、音楽から地元企業のCMに切り替わった。
春、夏、秋、冬と聞いてきて、覚えてしまったCMは、この土地に来るまで知らなかったのに、今ではそらんじられるようになった。
このままで、いいのか?
僕は、車を停めた。
富士山は、どこで見ても、富士山だと分かる。
富士山を見て、富士山を見たことを喜ぶ気持ちがわいてくるのは、それが富士山だからだ。
富士山の稜線は、手が届くなら、指の腹で撫でてみたくなるようななだらかさ。
あなたの頬や鼻に触れたら、雪のようにひんやり冷たいだろうか。
どこまでも続いているような稜線が、周りの景色から富士山を際立たせている。
僕のあなたに対する気持ちのように。
僕の心の中で、他の何かと同じ場所にあっても、他と混じらないで、一際気になるあなた。
今日、冠雪の富士山が僕の目の前にあらわれて。
僕は、あなたに、冠雪の富士山を見せたいと強く思った。
本音は、あなたと一緒に冠雪の富士山を見たかった。
同じときに、同じ場所で、冠雪の富士山を見て、感想を言い合いたい。
僕はあなたとそんな関係になりたいから、僕から一歩を踏み出してみよう。
最初の第一歩に、僕の隣にいないあなたに、僕が撮った冠雪の富士山の写真を送ってみる。
僕は、運転席から降りて、スマホを構えた。
しゃがんでみたけれど、全景は入らなかった。
僕は、立ち上がる。
冠雪が映えるように写真を撮ることにしよう。
再びスマホを構えると、僕が写真を撮る前に、通知がきた。
僕は、通知された名前を見て、小躍りしたくなった。
あなたの名前を見るだけで、僕はいつでも元気が満タンになる。
「おはよう。寒くなったけど、風邪をひいていない?
こっちは初雪だよ。会社の入り口の雪で雪うさぎを作ってみたから、見て?」
というメッセージと、あなたの掌よりも小さい半月状の雪の塊の写真。
雪うさぎに耳がないのは、近くに、耳として使用できる葉がないからだろう。
あなたは、できることを精一杯して、真っ先に僕に見せてくれた。
「雪うさぎは真っ白だけど、あなたの手は赤くなっている。寒かったんじゃないかな?」
という僕が送ったメッセージに。
「初雪を見せたかったから、溶けないうちにと思って。」
とあなたは返してきた。
あなたも、僕と同じ気持ちだったりするのかな?
僕は、冠雪の富士山の写真とメッセージを送る。
「こちらに来てから、今日、初めて見た冠雪の富士山をあなたと一緒に見たかった。」
僕は、ドキドキしている。
あなたからは、どんな返事が返ってくるのか。
僕の送ったメッセージをどう受け止めてくれるか、心配で心配で、腕を振り回したくなる。
「休みが合ったら、会わない?」
あなたからのメッセージを見て、僕の心は最高潮。
「休みの予定を合わせて、僕の転勤先に遊びに来ない?僕が案内するよ。」
「冠雪の富士山を一緒に見るの?」
とあなたはメッセージで聞いてくる。
今だ、今こそ、今までの距離感を変えるとき。
僕は、富士山を見ながら、もう一歩踏み出せる言葉を考える。
「あなたには一緒にいてほしいんだ、僕と。」
僕がメッセージを送ると、すぐに返信がきた。
「そうなの?」
良かった。
それは、ちょっと、と返ってこなくて。
僕は、安心して、本心を書いたメッセージを送る。
「次の休みだけじゃなく。これからの休みはずっと、僕と一緒に過ごしてください。」
告白までの第一歩。息が白くなる寒さの中、あなたの頬や鼻に触れたなら。 まなか @okafuku
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