9話 迷宮攻略開始
「……よし。いよいよ、突入だね」
崩れかけた石段を上り切った先には、苔むした巨大な扉がそびえ立っていた。周囲の壁面には古代文字のような模様が刻まれ、不思議な光を放っている。
オレンジ色の短い髪を揺らしながら、イオが興味深そうに門の周囲を探る。
「ねえ、これってどうやって開けるのかな? 定員四名って書いてあったんだよね?」
ハルが石段を上り、門の前へ立つ。続いてヴェルン、イオ、ルークも周囲を見回しながら集結する。
四人が揃った瞬間――門に刻まれた文字が一斉に輝き、ゴゴゴ……という地響きのような音を立てながら扉が左右にスライドする。
「わわっ、なにこれ? いきなりガシャーンって閉まったりしないよね?」
イオが半歩後ろに引きつつ、扉を見上げてビクビクしている。さっきまで「やっと冒険らしくなってきたじゃん!」と大はしゃぎしていたのに、こういう未知の仕掛けにはちょっと弱いらしい。
「なるほど。これが“定員四名”の仕掛けってわけか。そろって近づくと開くようになってるんだな」
ルークが感心したように口笛を吹く。
「……とにかく、ここを攻略して“学院の紋章”を手に入れないと、僕達は第二試験をクリアできない。残された時間の中で行けるのは、もうここが最後だろうからね」
ヴェルンが静かな声でつぶやく。
四人は扉の奥へと足を踏み入れる。
***
内部に足を踏み入れると、通路は薄暗く湿った空気で満ちていた。石壁のそこかしこに苔が生え、小さな魔導ランプが規則的に置かれている。もっと奥深くには闇が広がっているのか、不気味な冷気が肌を刺すように感じられた。
四人は暗い回廊をそろそろと進み始めた。
やがて行き止まりの壁の手前で道が左右に分岐しているのがわかる。
「うわっ、いきなり迷路か……」
ルークがげんなりした声を出す。
「面倒そうだね……壁を壊して突っ切っちゃう……?」
イオが拳を握り、電光をチラつかせる。
するとヴェルンが首を振った。
「やめたほうがいい。壁の一部が仕掛けになってる可能性があるし、天井が崩れてきたら危ないよ。それに、もし罠が連動してるとしたら……」
「うえぇ……慎重に進むしかないわけか」
イオが思わず後頭部をかきむしる。
***
四人は分かれ道を左右に探ってみるが、どちらの道もほとんど似たような造りだ。
しばらく探りながら進んだ末、行き当たった先は行き止まりだった。
「うわー、行き止まりかよ……」
ルークがため息交じりに壁をじっと睨む。
「一回戻るしかないか……もうダンジョンに入ってから結構時間は立ってしまってるし、あんまり時間をロスしたくはないけど」
ヴェルンが懐中時計を見ながら呟く。
するとハルが、行き止まりの壁を軽くトントンと叩きながら考え込んだ。
「……ねえ、もしかしたら、壁の向こうに通路が続いてるかもしれない。僕がちょっとだけ先にテレポートして、壁の先を見てこようか?」
「お、そんなことできんのか?」
ルークが目を丸くする。
「1メートル先なら、障害物があっても瞬間移動できるんだ。壁の向こうがもし空間になってるなら、そこに行けるかもしれない」
「けど、テレポートした先にいきなりモンスターがいたらヤバいんじゃ……?」
イオが心配そうに首をかしげる。
「うん、わかってる……」
テレポート後は1秒のクールダウンが必要だ。
もし移動した先でモンスターやトラップに囲まれていたら、その時点で詰みかもしれない。
「……じゃあ、行くよ」
ピリッと一瞬肌に電流が走る感覚とともに、ハルの身体がスッと壁の向こうへ消えた。
「大丈夫かな……?」
イオがやきもきしていると、数秒後にハルは壁からもう一度戻ってくる。
みんながほっとした顔をする。
「……大丈夫! 通路があったよ。特にモンスターはいなかった!」
「よかったぁ……!」
イオが胸を撫でおろし、ヴェルンとルークもほっと息をつく。
「みんな、僕の肩とか腕とか、とにかく身体のどこかに触れて。4人同時だと多少きついけど……壁の向こうにテレポートで移動しよう」
イオ、ヴェルン、ルークがそれぞれハルの腕や肩に手をかける。
「それじゃあ、いくよ……!」
スッ……
光の粒子が舞い、四人の姿が壁の向こうへと消える。
一瞬、暗闇に包まれた感覚のあと――狭い通路にひしめくように転移完了。
「わわっ、狭っ!」
イオが転んでハルの背中に激突しかける。ルークも頭を石壁にぶつけて「あだっ!」と悲鳴を上げる。
「ご、ごめん、想像より狭かった……でもこれで先へ進めるね」
ハルは慌てて体勢を立て直しつつ、改めて周りを見渡す。
こうして四人は壁の向こうへ抜け出し、さらに奥の迷路へと足を踏み入れた。
***
その後も何度か壁や仕切りを見つけるたび、ハルが先に1mテレポートで偵察、モンスターがいないことを確認してから、全員一緒に転移して進んでいく。
「すげえな、ハル。こういう迷路じゃ、めちゃくちゃ便利じゃんよ」
ルークが感心したように鼻を鳴らす。
「うん! ハルのおかげでかなり時間短縮できてるんじゃない?」
イオも頷き、ハルは照れくさそうに笑った。
一行が通路を曲がるたび、苔むした石壁や謎めいた古代文字が現れ、独特の雰囲気を醸し出していた。湿っぽい風が吹き、時々小さな甲高い音が聞こえる。モンスターの声だろうか、どこかで徘徊している気配がある。
「さて、次の壁も抜けてみるか……」
ハルが壁に手を当て、いつものように1mテレポートを準備する。
だが次の瞬間――
「……うわっ、しまっ――!」
ドンッ!
にぶい衝撃音が響き、ハルが壁に激突した。ギャグ漫画のように姿が壁へめり込み、ひび割れた石の粉がもくもくと舞い上がる。
「ハ、ハル、大丈夫!?」
イオが慌ててハルの腕を引っ張り出す。ヴェルンとルークも必死に手伝い、ようやく抜き取られたハルはふらふらと後ろへ倒れ込んだ。
「い、いてえぇぇ……」
「い、今のなに? どうなったの…?」
イオがあ然として尋ねると、ハルは額を押さえながら呻く。
「ど、どうやら、1m先に“空間”がなかったみたい……完全に石の塊で埋まってたから、壁にぶつかってめり込んじゃったんだ。痛てて……」
「空間がないとそんなことになるのかよ。便利なんだか、不便なんだか、わかんねえ能力だなあ……」
ルークが苦笑いを浮かべる。
「す、すごい勢いだったけど、大丈夫なの……?」
ヴェルンが具合を気遣うと、ハルは鼻をすすりながら首を振った。
「うん、テレポート中は自分に衝撃は来ないから、見た目ほどのダメージはないよ……いや、さすがに焦ったけど……」
(先が見えないところで無暗にテレポートを使うのも危険だな……気を付けないと……)
***
仕切り直して再び探索を続ける四人。
罠のスイッチが床に潜んでいないか注意しながら、足元を慎重に進んでいく。
しかし――
「ちょ、イオさん! そこっ……!」
ヴェルンが声を上げたときにはもう遅かった。イオが不用意に床の出っ張りを踏み込み、カチッと乾いた音が鳴り響く。
「えっ!? なになに!?」
ずるっ――
床が瞬時に開き、イオの身体が真っ逆さまに落ちていく。
「ぎゃあああっ!」
視界から姿が消えかけるイオを、ハルが咄嗟に腕を伸ばして短剣の柄を差し出した。
「掴んで!」
イオは反射的に短剣の柄をぎゅっと握り、今度はヴェルンとルークがハルの腰を必死に支えて引っぱり上げる。
「う、うう……落ちるかと思ったぁ……」
その後もイオは、大岩に追いかけられたり、壁から飛び出る槍のトラップを避けそこなったりして、毎回「ぎゃー!」と大騒ぎ。
毎回ヴェルンのツタやルークの水バリアがフォローしてくれたおかげで、大事故には至らずに済んでいる。
「ふえぇ……なんか私、足手まといじゃない……?」
イオが弱音を漏らすと、ルークは「いやいや、敵が出てきたときはお前が一番頼りなんだからな」と笑う。
「そ、それなら任せて! 殴るのは得意だもん!」
途端にイオは元気を取り戻し、「迷路なんか気合いで突破する!」と拳を握った。
こうして小さなアクシデントを乗り越えつつ、四人はさらに奥深くへと足を踏み入れていく。
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