8話 パーティ結成
木々の枝を踏み分けるたび、湿った土の匂いと落ち葉を踏む音が混じり合う。
「雷の音がしたのは、この方角だったね。やっぱりイオさんかもしれないな」
視界に広がる鬱蒼とした森を見つめながら、眼鏡の少年・ヴェルンが言った。
「うん。あの規模の雷撃魔法を撃てる受験生って、僕たちが知る限りイオくらいしかいないし」
ハルは足元に落ちた枯れ枝を踏みしめながら相槌を打つ。
二人は先ほどから、遠くで響いた“雷の音”を頼りに森の奥へ向かっていた。
ハルは落ちた枯れ枝を注意深く踏みしめながら、先の試験を思い返す。
第一試験でイオが雷の拳を披露した際、勢い余って周囲を巻き添えにしかねなかった――あの強烈なパワーこそ、今の彼らにとって頼れる武器になるはずだ。
「イオさん、結構あちこちに雷を落としてたみたいだね。森のあちこちに焦げ跡があったし……」
「相手がモンスターなら心強いけど、イオが興奮すると周りも巻き込まれそうでちょっと怖いね」
ハルが苦笑まじりに言う。
「はは……確かに。でも彼女のパワーは間違いなく本物だ。彼女がいれば、多少手ごわいダンジョンでも対処できるはずだよ」
二人が森をかき分けてさらに奥へ進んだそのとき、遠くからまた雷鳴が轟いた。空気をビリビリと震わせる大きさに、ヴェルンが声をあげる。
「今の音……すぐ近くだと思う!」
ハルも同時に大きくうなずき、聞こえてきた叫び声を頼りに足を速めた。
***
「うおりゃああああっ!」
森の一角では、オレンジ色の髪を肩上で切りそろえた少女――イオ・トールノが、巨大な魔物を相手に奮戦していた。
その魔物は甲羅のような硬い鱗に覆われ、下半身はミミズのように長い奇妙な生物。
口からは粘液が垂れ、見た目だけでも人間を震え上がらせそうだが、イオの目にはむしろ狩猟本能が湧き上がる相手にしか映っていない。
「トドメええっ!」
拳にまとった雷がいっそう強い閃光を放ち、一気に魔物の頭部を貫いた。ビリビリと鳴り響く衝撃音とともに、化け物はズシンと地面に倒れこむ。
「勝った……けど……はぁ、はぁ……」
青白く光る拳を解きながらイオは息を整える。
魔物の体液が辺りに飛び散り、鼻につく生臭さが漂う。
彼女の服は泥と血痕でだいぶ汚れていた。
「ここ、どこだろう……全然ダンジョンも見つからないし、お腹すいたぁ……」
リュックに入れていた食料は道中で食べ切ってしまった。
さっきから空腹で、イオは頭がぼんやりしてきている。
ぐぅぅ、と鳴った腹の音を、イオは赤面しながら片手で押さえる。
「このあたり、食べられる果実とかないかなあ……魔物を捕まえて食べたりする人っているのかな……」
ちらり、と視線を足元の化け物へ向ける。
グロテスクな体液がべったりついた、どう見ても食欲をそそらない外見だ。
それでも腹ペコ状態で半ば思考がおかしくなりかけているイオは、「焼いて食べれば案外いけるかも……」などと考えてしまう。
「いやいや、でも燃やす魔法は私苦手だし……雷で炙るってどうなんだろう。あ、もしかして丸焦げになって苦いだけかも……」
真面目に検討するイオ。小さい声で「むむむ……」と唸りながら、モンスターを箸でつつくかのように指先で押している。
そのときだった。すぐ近くの茂みががさりと音を立てる。
「イオ……? イオ!」
ハルの声がして、彼とヴェルンが飛び出してきた。イオは驚きのあまり目を丸くする。
「え、ハル? ヴェルンも……あれ、どうしてここに?」
「大丈夫!? 今……それを食べようとしてなかった……?」
ハルは息を呑んで魔物の死骸を指差した。
イオは一瞬動揺するが、すぐに顔を真っ赤にして否定する。
「ち、違う! 違うよ! 私だって生は無理! うっかり匂い嗅いじゃっただけだってば!」
「いや、生かどうかって次元じゃなくて……そもそもそれ、食べれるの……?」
ヴェルンまで言葉を飲み込んでいる。調理どころか触るのもはばかられるような代物だ。
イオは「あははー」と勢いで誤魔化そうとするが、顔に浮かぶ空腹の陰は明らかだ。
ハルは苦笑しながら鞄を開け、携帯していた食料を彼女に差し出した。
「ほら、パンだけど……これでよかったら食べる?」
「わ、ほんと? いただきます!」
イオはまるで犬のように目を輝かせ、がっつく勢いでパンを貪り始める。
ヴェルンも水筒を渡し、イオは「ぷはぁー」と気の抜けた声を出した。
「いやー助かったー。もう歩く気力もなかったんだよね。ダンジョンの場所が全然わからないから、とりあえず出発してからずっとまっすぐ進んできたんだけど、モンスターにばっかり出くわすし、お腹もすくし、もう大変だったよー」
「……大丈夫かな、この子と一緒で」
ヴェルンが小声でハルに耳打ちする。
イオはパンを一気に平らげると、「よしっ!」と気合いを入れ直して立ち上がった。
「てへへ、ありがとハル、ヴェルン! 助かったよ! ……で、二人は何してるの? もしかして二人も迷子?」
「実は――」
ハルが『定員4名のダンジョン』の話を簡潔に説明すると、イオは「やるやる! 楽しそう!」と大はしゃぎ。よほど飢えから解放されて元気が出たのか、飛び跳ねそうな勢いだ。
こうして、イオも正式に合流した。残るはルークだ。
「ルーク? 私も見てないなー」
「出発もかなり早かったはずだからね……彼ほどの実力者なら、もうとっくにダンジョンを見つけて、クリアしていてもおかしくないかもしれないね」
***
森の少し開けた小道の陰で、金髪を後ろでまとめたルーク・バスティオンが息をひそめていた。
視線の先には、小道の突き当たりにある石造りの遺跡らしき通路。恐らくはダンジョンの入口だ。
(見つけたぜ……こりゃ“あたり”だろうな。あそこに入りゃあ一発逆転……! でも、あの群がってるモンスターども、どうにかしないと近づけねえな)
入口付近では、複数の受験生たちが必死に魔物と戦っている。
魔物は巨大なオオカミに似た風貌で、背中に鋭い棘が連なっている。
牙も太く、受験生たちを見境なく襲っているようだ。
ルークは彼らの様子を眺めながら、こっそり思案する。
(あいつらが囮になってる間に、オレが横からこっそりダンジョンに入り込めば、楽に先を進めんじゃん?)
性格的に“楽に勝ちたい”タイプの彼は、囮がいるうちにダンジョンへこっそり入り込むつもりだ。受験生が悲鳴をあげた隙を狙い、足音を殺して移動を開始する――。
しかし、そのタイミングで別のモンスターがルークの気配を嗅ぎつけ、突如飛びかかってきた。
「うわああっ!」
慌てて後退した先に倒木があり、バランスを崩して尻餅をつく。するとモンスターは鋭い牙をむき、じりじり間合いを詰めてきた。他の受験生たちも手一杯で、誰もルークを助ける余裕はない。
「マジかよ……ここでやられんのか、オレ……?」
青ざめた表情のルークが諦めかけたそのとき、茂みから人影が飛び出す。
「ルーク、危ないっ!」
駆けつけたのはハルとイオ、そしてヴェルンの三人。
ハルが瞬時にテレポートでモンスターの横に回りこむ。
「うおっ、ハル!?」
ルークが目を丸くするのを尻目に、ハルはモンスターの注意を自分へ向けるように動き、その隙にイオが雷拳を叩き込んだ。
「はあっ!」
ズガンという衝撃音とともに、モンスターが吹っ飛ぶ。
さらにヴェルンがツタを伸ばして追加で拘束し、動きを封じる。
間髪入れず、ハルが短剣でモンスターの急所を狙い、一気に戦闘を終わらせた。
「はあ、はあ……大丈夫?」
「お、お前らか……助かったぜ。い、いや、今から華麗な反撃をしようと思ってたんだけどな!」
地面にへたりこんだルークが取り繕うように笑う。
「ほんとかな……?」イオは呆れたように片眉を上げると、ルークは「ま、まあとにかく助かったわ!」と意味不明なほど明るい声で言い返す。
どうやら彼がダンジョンを横取りしようとした作戦は上手くいかず、逆にモンスターの猛攻に追い詰められていたらしい。
「なんだよ、その目。オレだってやればできるんだからな!」
「……い、いや、信じてるよ」
ハルはフォローを入れつつも、内心では「このメンバーで大丈夫か」と不安を覚えていた。イオは飢えて倒れかけ、ルークはズルをしようとして返り討ち寸前。ヴェルンも“ツタ魔法”は優秀だが、気の優しさゆえ戦闘特化ではない。まして自分――ハルの地味なテレポートがどこまで役に立つのか。
とはいえ、こうして四人が揃ったのは事実。
「ルークもあのダンジョンを見つけてたんだね?」
「ああ……あそこに見える遺跡みたいな入口だろ? 俺も狙ってたんだけどな。モンスターが多かったから、こっちまで回り道してたんだよ」
崩れかけた門の奥から古代文字がかすかに光を放っており、どう考えても何らかの封印が施されている。
「ここが、ヴェルンが言ってた『定員四名』のダンジョンってことだよね」
「うん。これで僕らちょうど四人揃ったし、条件を満たしてるはずだよ」
ヴェルンは頷く。
四人で顔を見合わせる。イオが「よーし、やっと冒険らしくなってきたじゃん!」と拳を突き上げ、ルークは「しゃーない、一緒にやるか」と渋々ながらも腰を上げる。
「あのな、言っとくけど、水魔法は繊細なコントロールが必要なんだよ。時間をかければ、かなりの威力を発揮できるから、マジで」
「私だって、もうお腹も満たされたし、全力出せるよ!」
「僕も植物のツタをもっと自在に扱う方法を試したいんだ」
四人の気持ちがひとつに固まりつつあるのを感じ、ハルは思わず笑みを漏らす。そして口を開いた。
「それじゃ、行こう。ダンジョンへ!」
こうして即席の“四人パーティ”は、崩れかけた石段を踏みしめながら門の奥へと進んでいったのだった。
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