第7話 過去からの亡霊

 タクマが工場での生活に少しずつ馴染み始めた頃、工場の周囲を監視していた仲間の一人が急ぎ足で戻ってきた。


「ミサキ、急いで!人がこっちに向かってきてる!」


 その報告に工場内はざわついた。略奪者の襲撃から数日しか経っておらず、皆が再び危機に直面する可能性に緊張していた。


「どのくらいの人数だ?」


 ミサキが冷静に尋ねると、報告者は息を整えながら答えた。


「5人くらいだ。でも、武器を持ってるかどうかは分からない。」


「全員、持ち場につけ!」


 ミサキが指示を出し、仲間たちはそれぞれの位置に散っていった。タクマもナイフを手にし、工場の入り口近くに潜んだ。緊張した空気の中、外からの足音が次第に大きくなっていく。


 やがて、工場の前に現れたのは、武装した男たちの集団だった。その中心にいたのは、タクマの知る顔だった。


「…お前、シュウジ?」


 思わずタクマの口から名前が漏れる。その男はシュウジ、タクマがかつての仲間だった人物だ。彼とは数年前に別れたが、その後どうしていたかは知らなかった。


「よお、タクマ。こんなところで会うとはな。」


 シュウジの顔には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。


「何しに来た?」


 タクマが警戒しながら問いかけると、シュウジは両手を広げて答えた。


「落ち着けよ。俺たちは敵じゃない。ちょっと物資を分けて欲しいだけだ。」


「物資だと?」


 その言葉に、工場の中で聞き耳を立てていた他の仲間たちもざわつき始めた。略奪者たちが戻ってきたのではないかと疑念が広がる。


「俺たちも厳しい状況なんだ。タクマ、お前も分かるだろう?生き延びるために少し助けが必要なんだよ。」


 シュウジの言葉には、一見すると真摯さが感じられた。しかし、彼の目にはどこか冷たい光が宿っていた。


「信じられるかよ。」


 タクマが低く言うと、シュウジは肩をすくめた。


「信じるかどうかはお前次第だ。ただ、このまま俺たちを追い返せば…次はどうなるか分からないぞ。」


 その言葉にミサキが割って入った。


「ここで争いを起こすつもりなら、容赦しないわ。」


 彼女の強い視線を受けて、シュウジは一瞬たじろいだが、すぐに笑みを浮かべた。


「分かったよ。じゃあ、こうしよう。俺たちは一晩だけここに泊まらせてもらう。物資は諦める。どうだ?」


 ミサキは少し考え込んだ後、静かに頷いた。


「ただし、こちらのルールを守ってもらう。何か怪しい動きがあれば即座に追い出す。」


「了解だ。」


 シュウジが答えると、彼の仲間たちはほっとした表情を見せた。


 ---


 夜、工場内では微妙な緊張感が漂っていた。シュウジたちは隅に集まり、静かに休んでいたが、タクマは目を離すことができなかった。彼の記憶には、かつてのシュウジの裏切りが鮮明に残っていた。


 数年前、タクマとシュウジは同じグループで生き延びていた。しかし、物資を巡る争いが起こり、シュウジは仲間を裏切り、自分だけが得をするように動いた。その結果、多くの仲間が命を落としたのだ。


「本当に改心したのか、それともまた裏切るつもりか…」


 タクマはナイフを握りしめながら、シュウジの動きを観察していた。


 ---


 深夜、タクマは妙な物音に気づいて目を覚ました。静まり返った工場内に、かすかな足音が響いている。


「誰だ?」


 タクマは声を低くして警戒を呼びかけた。その声に応じて現れたのは、シュウジだった。


「よお、タクマ。ちょっと話がしたくてな。」


「こんな時間に何の話だ?」


 シュウジは少し間を置いて答えた。


「俺は変わった。あの頃の俺とは違う。信じてほしい。」


「信じろって?笑わせるな。」


 タクマの冷たい言葉に、シュウジは悲しそうな表情を浮かべた。


「分かってる。俺は酷いことをした。それでも、あの時の後悔はずっと俺を苦しめてるんだ。もう一度やり直したいんだよ。」


 タクマはしばらくシュウジを睨んでいたが、やがて視線を外した。


「どうだか。だが、今はお前に何かを求めるつもりはない。ただ、俺たちに害を及ぼすな。」


「分かった。」


 シュウジはそれ以上何も言わず、静かにその場を去った。


 ---


 翌朝、シュウジたちは礼を言って工場を後にした。タクマはその背中を見送りながら、自分の中に芽生えた小さな疑念と希望の狭間に立っていた。


「本当に変わったのか、それとも…」


 彼の言葉は誰にも届かず、ただ空に溶けていった。しかし、シュウジとの再会は、タクマにとって大きな試練であり、新たな決意のきっかけとなった。

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