第8話 静かな嵐
シュウジたちが去った後、工場内は再び日常の忙しさを取り戻した。だが、タクマの心は穏やかではなかった。彼が抱える不安は、シュウジが本当に改心したのか、それともまた何かを企んでいるのかという疑念に根ざしていた。
「考えすぎるな…」
タクマは自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、その声には力がなく、自分を納得させることができなかった。
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その日、工場では食料の備蓄を点検する作業が行われていた。ミサキが全員に指示を出し、それぞれの持ち場で働くことになった。
「タクマ、倉庫の奥を手伝ってくれる?」
ミサキに声をかけられたタクマは、無言で頷き、彼女の後を追った。倉庫の中は薄暗く、古びた木箱やコンテナが乱雑に積み上げられている。
「昨日のシュウジのこと、どう思ってる?」
ミサキが不意に尋ねてきた。
「どうも思ってない。」
タクマは短く答えたが、その表情は硬かった。ミサキは彼の横顔を見つめ、少し考え込むような仕草を見せた。
「信じるのが難しいのは分かる。でも、彼が本当に変わったのかどうかを判断するのは、時間が必要だと思う。」
「時間なんてないかもしれない。この世界じゃ、裏切りは命取りだ。」
タクマの言葉には鋭さがあったが、ミサキはそれに動じず、静かに頷いた。
「それでも、私たちは信じることを学ばなければならない。信じることが、人を強くするんだから。」
タクマはその言葉に答えず、ただ目の前の箱を開けて中身を確認する作業に集中した。
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夕方、点検作業が終わる頃、若い少年がタクマの元に駆け寄ってきた。
「タクマ兄ちゃん、大変だ!」
少年の顔には焦りが浮かんでいた。
「どうした?」
「工場の外で誰かが助けを求めてる!でも、みんな怪しいって言って行こうとしないんだ。」
タクマは少年の言葉を聞き、一瞬迷った。しかし、彼はすぐに立ち上がり、少年と共に工場の入口へ向かった。
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工場の外には、一人の女性が倒れ込んでいた。服は泥まみれで、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。彼女の周りには血の痕が広がり、必死に助けを求める声が弱々しく響いていた。
「大丈夫か?」
タクマが声をかけると、女性はかすかに目を開け、彼を見上げた。
「助けて…追われているの…」
その言葉を聞いた瞬間、タクマの中に警戒心が芽生えた。追われているということは、彼女を狙う者が近くにいる可能性が高い。
「中に運ぼう。」
タクマは女性を抱きかかえ、工場の中へ連れ戻した。ミサキがすぐに駆け寄り、彼女の手当てを始めた。
「何があったの?」
ミサキが尋ねると、女性は息を整えながら答えた。
「私たちは小さな集団で暮らしていたけど…略奪者たちが襲ってきて…逃げてくる途中で皆とはぐれてしまった。」
「略奪者たちは、まだ近くにいるのか?」
タクマが真剣な顔で尋ねると、女性は弱々しく頷いた。
「ええ、たぶん…彼らは私を追ってくるかもしれない。」
その言葉に工場内の空気が一気に緊張した。
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その夜、工場内では緊急の会議が開かれた。ミサキが状況を説明し、皆で対応を話し合う。
「このままでは、また襲撃を受ける危険がある。どうするべきか?」
一人の男性が声を上げた。
「彼女をここに置いておけば、略奪者たちを引き寄せるだけだ。」
「でも、追い出すなんて…そんなことできない。」
別の人が反論するが、意見は割れていた。タクマは黙って皆の議論を聞いていたが、やがて口を開いた。
「ここで彼女を追い出すなら、俺も行く。」
その言葉に全員が驚きの表情を浮かべた。
「タクマ、お前…本気なのか?」
「俺たちは生き延びるために集まったんじゃないのか?誰かを見捨てるようなことをするなら、それは略奪者と同じだ。」
彼の強い言葉に、一同は沈黙した。ミサキがその場を取り仕切り、最終的に彼女を保護する方針が決定された。
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翌朝、タクマは工場の周囲を見回りながら、昨夜の決断を振り返っていた。彼が守るべきものは何なのか。それを考える中で、彼の心に一つの答えが浮かび上がった。
「俺は、この場所と人々を守りたい。」
その思いが、タクマの新たな決意を固めるきっかけとなった。そして、その決意は、次に訪れる嵐に立ち向かうための力となるはずだった。
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