第6話 共鳴する絆

 戦いの余韻が工場の中に残る翌朝、タクマは早く目を覚ました。工場の隅に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げる。灰色の空には、重苦しい雲がゆっくりと流れていた。


「昨日の戦いで、少しは信用を得られたのか…?」


 自分に問いかけるように呟いたタクマだったが、その答えはまだ見えなかった。略奪者たちの襲撃を防いだものの、工場内の人々との関係は微妙なままだった。彼が戦闘で果たした役割は誰もが認めていたが、それが完全な信頼に繋がるには程遠い。


「おはよう。」


 振り返ると、ミサキがタクマに近づいてきた。彼女の顔には疲れが見えたが、その瞳にはどこか優しさが宿っていた。


「昨日はよくやってくれたね。」


 ミサキの言葉に、タクマは無言で頷いた。褒められることに慣れていない彼は、どこか居心地の悪さを感じながらも、彼女の言葉が心に染みていくのを感じていた。


「でも、これで終わりじゃない。彼らはまた戻ってくるかもしれない。」


「わかってる。次はもっと上手くやる。」


 タクマは拳を握りしめ、決意を新たにした。


 ---


 その日の午後、工場では再建作業が進められていた。略奪者たちによって破壊された部分を修復し、物資を再び整理する。タクマもその作業に参加し、無言で働き続けた。


「手際がいいな。」


 作業中、隣で物資を運んでいた中年の男が声をかけてきた。彼の名前はカズオといい、工場内で実質的なリーダー役を務めている人物だった。


「慣れてるだけだ。」


 タクマは短く答えた。彼のそっけない態度にも関わらず、カズオは興味を持ったようだった。


「戦いでもいい動きをしてた。お前、どこかで訓練を受けたのか?」


「そんなのじゃない。ただ、生き延びるためにやってきただけだ。」


 その言葉に、カズオは黙って頷いた。彼もまた、この過酷な世界で生き延びるために多くを犠牲にしてきたのだろう。


「まあ、どんな理由であれ、助かったのは事実だ。礼を言う。」


 カズオの言葉は短かったが、その声には真摯さが感じられた。タクマは少し驚きながらも、その場を離れるカズオの背中を見送った。


 ---


 夕方、作業が一段落した頃、ミサキがタクマを呼び出した。彼女が案内したのは、工場の裏手にある小さな部屋だった。


「ここは?」


「私が個人的に使っている部屋。今夜は少し話をしたいと思ってね。」


 部屋の中には簡素な家具と古びたランプが置かれていた。タクマは戸惑いながらも椅子に座り、ミサキが準備していた温かい飲み物を受け取った。


「昨日の戦いで、あなたは本当に頑張ってくれた。そのおかげで多くの命が救われた。」


「別に、誰かを救うためじゃなかった。ただ、やるべきことをやっただけだ。」


 タクマの素っ気ない返答にも、ミサキは微笑んでいた。


「それでも、あなたの行動は皆に希望を与えた。特に若い子たちにとって、あなたは英雄のような存在になりつつある。」


「英雄なんて柄じゃない。」


 タクマは顔を伏せたが、ミサキの言葉は彼の心の奥深くに響いていた。彼がこれまで抱えてきた孤独や自己否定感が、少しずつ溶けていくような気がした。


「タクマ、あなたは自分が思っている以上に強い。そして、その強さは他人にも影響を与える力を持っている。」


 ミサキの真摯な言葉に、タクマは初めて彼女をまっすぐに見つめた。その目には、これまでの迷いや疑念が薄れつつある兆しがあった。


 ---


 その夜、タクマは珍しくぐっすりと眠ることができた。翌朝、目を覚ました彼は、何かが変わったことを感じていた。それは、周囲の人々から向けられる視線だった。


「おはよう。」


 若い少年がタクマに挨拶をしながら近づいてきた。彼は工場で暮らす孤児の一人で、これまでタクマとはほとんど会話をしていなかった。


「昨日の戦い、すごかったって聞いた。僕もあんな風になりたい。」


 少年の目は純粋な憧れで輝いていた。その視線に、タクマは戸惑いながらも答えた。


「俺みたいになりたいなら、覚悟しろよ。この世界は甘くない。」


「それでもいい。僕も強くなりたいんだ。」


 少年の決意に満ちた声を聞きながら、タクマは自分がかつて持っていた夢や希望を思い出していた。彼もまた、誰かの背中を追いかけて強くなろうとしていたのだ。


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 その日、タクマは少しずつ他の仲間たちとの関係を築き始めた。作業を手伝い、時には冗談を交わすようになり、彼の存在は工場内で欠かせないものとなりつつあった。


 夕方、彼はふとミサキの言葉を思い出した。


「信じることは簡単じゃない。でも、それが人を繋げる力になる。」


 その意味を少しだけ理解し始めたタクマは、工場の屋上で空を見上げた。灰色の空の向こうには、かすかな光が差し込んでいるように感じられた。


「俺にも、信じることができる日が来るのかもしれないな。」


 その呟きは、彼自身の新たな決意の兆しだった。そして、その思いが新たな未来への一歩となることを、彼はまだ知らなかった。

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