第5話 裏切りの足音

 タクマとミサキは灰色の荒野を歩き続けていた。目指すのは、ミサキが示した廃工場の跡地だ。そこには物資を共有できる仲間がいるという。しかし、タクマの心中には不安と疑念が渦巻いていた。


「本当に大丈夫なのか?その仲間たちってやつは、俺たちを裏切るんじゃないのか?」


 タクマが問いかけると、ミサキは足を止めて振り返った。


「裏切るかどうかはわからない。でも、それは私たち次第だよ。」


「どういう意味だ?」


「信じて行動することで、相手も信じる気持ちを持てる。信頼は一方的に生まれるものじゃない。」


 ミサキの言葉に、タクマは何も返せなかった。彼は過去の裏切りや失敗を思い出し、言葉を呑み込むしかなかった。


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 二人が廃工場に到着したのは、日が傾き始めた頃だった。工場の外観は荒廃していたが、その中には人の気配があった。ミサキが扉をノックすると、中から銃を構えた男が現れた。


「誰だ?」


 男の鋭い視線がタクマとミサキを舐めるように見た。ミサキは冷静に答えた。


「私だ、ミサキだよ。この間伝えた物資を持ってきた。」


 男はしばらく二人を見つめていたが、やがて銃を下ろした。


「入れ。」


 工場の中は意外にも整然としていた。床にはカーペットが敷かれ、壁には簡易的な仕切りが設けられていた。中には数人の男女がいて、それぞれ作業や休息をしていた。彼らの目がタクマに注がれると、彼は思わず身を硬くした。


「新顔か?」


 一人の中年の男が声をかけてきた。その目には好奇心と警戒心が入り混じっていた。


「タクマだ。少しの間だけ世話になる。」


 タクマは短く答えた。その態度に不満そうな表情を浮かべた者もいたが、ミサキがその場を和ませた。


「彼は信頼できる。私が保証する。」


 その言葉に皆が一応納得したようで、場の空気が少し和らいだ。


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 工場に滞在する間、タクマは他の仲間たちとの距離を徐々に縮めようと試みた。しかし、心のどこかで疑念が消えない。彼らが本当に信用できるのか、それとも自分を裏切るタイミングを伺っているのか。


 そんな中、ある夜、タクマは偶然にも仲間たちの一部が密談しているのを聞いてしまった。彼は物陰に隠れ、彼らの会話に耳を傾けた。


「ミサキはいいとして、あのタクマってやつ、本当に信頼できるのか?」


「さあな。でも、この人数で物資を分け合うのは限界がある。」


「何か問題を起こしたら…その時は考えるしかない。」


 その言葉に、タクマは背筋が凍る思いだった。彼は再び裏切りの可能性に直面していた。足音を立てないようにその場を離れ、自分の寝床に戻ると、じっと考え込んだ。


「やっぱり信用なんてできない。結局、自分で守るしかないんだ。」


 彼は物資を少しずつ隠しておくことを決めた。万が一の時に備えて、自分だけでも逃げられるようにするためだ。


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 翌日、ミサキはタクマの様子に気づいた。


「何かあったのかい?」


「別に。」


 そっけなく答えるタクマに、ミサキはそれ以上問い詰めなかった。ただ、その瞳にはわずかな悲しみが宿っていた。


 その日、ミサキは他の仲間たちとともに廃墟の探索に出かけた。タクマは一人で工場に残り、自分の物資を整理しながら考えを巡らせていた。


 しかし、その時だった。工場の外から複数の足音が聞こえてきた。タクマはすぐに身を潜め、物音の正体を探った。外には、明らかに敵対的な集団が工場に近づいていた。


「ここだな。奴らが隠れているのは。」


 略奪者たちだ。タクマの心臓が激しく鼓動した。すぐにミサキたちに知らせるべきだと思ったが、彼らが帰ってくるまでに何が起こるかわからない。


「どうする…」


 タクマは震える手でナイフを握りしめた。この場を守るのか、それとも逃げるのか—選択の時が迫っていた。


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 外の声が大きくなる中、タクマは深呼吸をし、覚悟を決めた。


「やるしかない。」


 彼は物陰から姿を現し、略奪者たちに立ち向かう準備を整えた。その時、彼の中にあった疑念や恐れが消え、ただ目の前の危機に集中する心境に変わっていった。


 その後、銃声と叫び声が響き渡る工場の中、タクマは必死に戦った。そしてその混乱の中、ミサキたちが帰還し、状況を察した彼らが援護に入った。


 戦いが終わる頃には、略奪者たちは撤退していた。工場は被害を受けたが、何とか守り抜くことができた。


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 その夜、タクマは疲れ切った体で床に座り込んでいた。ミサキが彼の隣にやってきて、静かに言った。


「ありがとう。君がいなければ、私たちは守れなかった。」


 タクマはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「俺は…まだ信じられない部分がある。でも、少しだけわかった気がする。誰かを信じることが、何を意味するのか。」


 その言葉にミサキは微笑み、静かに頷いた。工場には再び静けさが訪れ、タクマの中にもわずかながら安堵の気持ちが芽生えていた。


 信頼は簡単に築けるものではない。それでも、彼はその第一歩を踏み出したのだ。

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