第2話 奪うか、与えるか
廃墟の高層ビルの中、雨は依然として止む気配を見せなかった。タクマは老女ミサキの行動を注意深く観察していた。彼女は廃材の中から次々と物を引っ張り出しては、その価値を見極めているようだった。ときおり小さなため息をつきながら、使えそうなものをコートのポケットにしまい込む。
「それ、何に使うつもりなんだ?」
タクマは距離を保ちながら声をかけた。ミサキは一瞬だけ動きを止めたが、すぐにまた手を動かし始めた。
「これかい?こんなもんでも役に立つんだよ。」
彼女が手にしていたのは、曲がった鉄の棒だった。タクマにはそれがどう役立つのか見当もつかなかったが、ミサキはまるで宝物を扱うかのように丁寧に扱っている。
「どうやって?」
「道具になるし、護身用にも使える。それに…まあ、いろいろさ。」
その答えは曖昧だったが、ミサキの生き方を垣間見たようでタクマは少し感心した。この廃墟で生き抜くには創意工夫が必要だということを、彼は改めて理解した。
タクマの腹が鳴る。彼は不機嫌そうに自分の体を抱きしめた。最後にまともな食事を取ったのはいつだったか—記憶すら曖昧だ。
「腹が減ってるのかい?」
ミサキがタクマの様子に気づき、静かに問いかけた。その問いにタクマは反射的にうなずいたが、すぐに目をそらした。
「まあ、そうだな。でも、今さらどうにもならない。」
「そうか…」
ミサキは手を止め、古びたリュックサックを開けた。中から出てきたのは、小さな缶詰だった。それをタクマに差し出す。
「これ、食べな。」
タクマはその缶詰を見つめた。サビがついてはいるが、明らかに食べ物が入っている。しかし、彼はすぐにそれを受け取ることができなかった。
「いや、いい。自分でどうにかする。」
彼の声には意地が含まれていた。この世界では、自分の力で生き抜くことが唯一の誇りだった。誰かに施しを受けるというのは、自分の無力さを認めることと同義に感じたのだ。
「そう言うと思ったよ。」
ミサキは微笑みながら缶詰を手元に戻し、代わりに廃材の中に埋もれていた小さな箱を持ち上げた。それはタクマには何の変哲もないゴミにしか見えなかったが、ミサキの目は輝いていた。
「これでいい。自分で食料を探せるようになれば、誰の施しもいらないさ。」
箱の中には錆びた缶切りといくつかの古い缶詰が詰まっていた。ミサキはその一つを手に取り、缶切りを使って開け始めた。
「腹が減ってる時は、余計なプライドなんて捨てなきゃだめだよ。」
その言葉にタクマは反論しようとしたが、胃の痛みがそれを遮った。結局、ミサキが開けた缶詰から湯気の立つ中身を少しもらうことになった。
「食べな。死ぬよりマシだ。」
ミサキの声は優しかったが、どこか厳しさも感じさせた。タクマはその言葉に背中を押されるように、黙ってそれを口に運んだ。久しぶりに口にする温かい食べ物は、塩気が効いていて、体に染み渡るような感覚だった。
「うまい…」
思わず本音が漏れる。ミサキは笑った。
「だろう?この世界じゃ、こんな贅沢はなかなかできない。」
食べ終わると、タクマはわずかに恥ずかしそうにミサキを見た。
「ありがとう。」
「礼なんていらないさ。生きてりゃお互い様だ。」
そう言いながら、ミサキはまた廃材を漁り始めた。その背中を見つめながら、タクマは考えた。この世界で本当に人を信じてもいいのか。この老女は自分を利用しようとしているのか、それとも純粋に助けようとしているのか。
一方で、彼の心には別の考えも浮かんでいた。ミサキが持つ物資を奪えば、自分の生存率は確実に上がる。それがこの世界のルールだ。情けをかける者は生き残れない—そう信じていた。
だが、目の前のミサキの姿を見ていると、その考えが揺らいでしまう。
「どうする…?」
タクマは自分に問いかける。奪うべきか、それとも与えるべきか。雨は未だに降り続け、答えはまだ見つからなかった。
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