複雑なようで単純、です

 先ほど、屈辱の敗北を遂げてしまったダメダメバニーことわたし。

 現場から逃げるように離れた後、怒りと決意を抱きながらカナリヤ支部へと訪れます。

 

「ギルマスー!! ギールーマースーッ!! 出てこいやですー!!」

「だーもううるせえ! !!」


 閉館間際の、社員も少ない中でわたしが大声でコール。

 残っていた連中に怪訝な顔されながらも、ギルマスは期待どおりに出てきてくれやがります。


「……ってお前か。ったく、今日はもう店仕舞いだぞ?」

「どうせ帰ってないと思ったです。何かあるなら待機している、昔からそういうやつです」


 苦言を呈しながら奥から出てきて、こちらへと歩いてきたギルマス。

 わたしをじろりと一瞥した後、何とも言えない沈んだ表情でため息を吐きやがります。


「顔見て早々しけたため息とか、喧嘩売ってます?」

「無事で何よりだと思っただけだ。……付いてこい、ここじゃ話せないだろう?」

 

 わたしが来た理由は察しているのでしょう。

 何か文句を言ってくるわけでもなく、踵を返して進んでいくのでその背に付いていきます。


「……その様子だと、スノウは連れて行かれたようだな」

「察しがよくて何よりです。随分な面倒事押しつけやがりましたね、クソギルマス」

 

 悪態をつきつつ支部長室に着いたわたし達。

 相変わらず支部長らしくない簡素な部屋だと思いつつ、どさりとソファへ腰を沈めます。

 ふう。何だかんだ動きっぱなしだったから一息です。ここのソファ、毎度座り心地良くて好きなんですよね。


「……長くなるぞ」

「駄目です。誰が攫ったのか、何のために、どこに連れて行かれたか。聞きたいのは三つだけです」

「……お前なぁ、そういうとこだぞ?」


 寛ぐわたしの目の前に湯気立つ湯飲みを置き、向い側に座って話し始めようとするギルマス。

 そんなギルマスに余計な情報はいらないと釘を刺すと、またもや大きなため息を吐きやがります。

 

 うるせえですね。ギルマスはわたしをなんだと思ってるんでしょうか。

 こちとら情報だけ欲しいんです、ぺちゃぺちゃおしゃべりしに来たわけじゃないんですよ。

 

「ラビ、お前は雪星の奇跡ミラクルスノウについて何か知ってるか?」

「知らねえです。なんです、その雪星シューティングスノウからあやかったみたいなパチモンみたいな名前は?」

「そうだろうな。雪星シューティングスノウ自体は有名だが、その元となった伝承を知る者はそう多くない。所詮は民族的な、最早伝えるものさえ僅かなお伽噺の一つだからな」


 重苦しい空気の中でやっと話し始めたギルマスですが、聞いたわたしは首を傾げるばかり。

 元になった。正直この場で初めて聞いたワードですが、その雪星の奇跡ミラクルスノウってやつの方が巷のクソ騒ぎの起源ルーツなんです?


「六十年に一度の雪星シューティングスノウそらへと昇ったうさぎ様が駆けた跡とされる、一筋の白流線が描かれる夜空。雪星の奇跡ミラクルスノウは力を宿し、取り込んだ者に永遠の全盛をもたらすだろう。簡単に言えばそんな話だ」

「永遠の全盛……はっ、なんですそれ。セールスの謳い文句だってもうちょっとましですよ」


 真面目な顔で語られたあんまりな眉唾絵空事を、思わず鼻で笑っちまいます。

 のっぴきならない暗い事情を聞かされるかと思えば、そんなクソほどどうでもいい話をされちまえば当然ってもんです。そんな六十年に一度の奇跡とやらが、この場にどう関係するってんですか。


「んな話どうでもいいです。とっとと本題に──」

「黙って聞いてろ。その一族は真っ白な、雪のような白髪を特徴とする一族なんだが、稀に若干の青を宿した娘が生まれるらしい。その娘こそが雪星の奇跡ミラクルスノウ、永遠の全盛を与える力を宿すとされている祝福の娘だ」


 わたしの焦燥をぴしゃりと遮り、なおも話してくるギルマス。

 何だと思いながら黙って聞いていると、ふと頭の中に一人の少女の姿が過ぎってしまいます。


 雪のようで真っ白な、されど若干の青を宿した髪色。

 何ですかそれは。まるでどこかの誰か、ついさっき攫われた小娘と同じ特徴じゃないですか。


「青みがかった白髪。……まさか、スノウがその……?」

「そうだ。雪星の奇跡ミラクルスノウは実在し、その血は現代にまで紡がれている。もっとも現在において、その血を継いでいるのはスノウただ一人だがな」


 腕を組み、嘘などないと一目瞭然な真剣な表情でそう告げてくるギルマス。

 焦り、驚き、戸惑い。

 自分のハードルを大きく飛び越えてきた真実とやらに少し固まってしまうも、それらを一旦リセットするため、テーブルに置かれた湯飲みを手に取り茶を啜ります。……あちっ。


「……大層な話になってきましたね。永遠の全盛ってのは何です?」

「そのままの意味だ。老いず、病まず、朽ち果てず、心身共に全盛期を保ち続ける。所謂永遠の若さってやつだ」


 永遠の若さねえ。

 真実だと言われても、そういうの聞かされると一気に胡散臭くなるんですよね。不思議です。


「もう三ヶ月ほど前の話だ。俺の友人だったノーザン……スノウの父親は急な病に倒れ、そのまま死に至った。その際にやつは遺言書を残していてな? その中には自らの資産全てとスノウの親権を秘書のガメツに譲る旨が記されていた」

「……親権?」

「ああ。違和感はあれど疑うほどではなかった。ノーザンは妻に先立たれた独り身で、親戚も知る限りはいないと何度か聞かされていた。娘のために信頼する秘書に全てを任せるのは、ある意味当然だと思っちまった」


 ……ふうん。ま、ここまででもツッコむ要素は山積みですが、まあひとまずそれはいいです。

 悲しい哉わたしは独り身、その辺の法に明るくないですからね。親権ってやつが遺書一つで動くもんなのかは知りませんが、まあそういうことも有り得るんでしょう。

 何よりガメツ。スノウが恐れ、恐怖を抱いていたバニーの名が出てきましたからね。話の続きに期待しましょう。

 

「だがやつの葬式から、驚くべきことにやつの名義である物が送られてきた。それがこれだ」

「……手帳?」

「ああ。ノーザンは震えるこの中に驚くべきことを書き遺していた。自らの血、雪星の奇跡ミラクルスノウについて。永遠の全盛を得るための儀式と代償について。そして最近の不調と衰弱は秘書ガメツによって毒を盛られているのが原因であり、自分は手遅れなほど蝕まれていると」


 ギルマスはテーブルに黒い手帳を置き、太い指で軽く突きながら中身について教えてくれます。


 毒ですか。まあ確かに、これまたないわけではないです。

 犯罪性があれば強制的に解剖されて露見するのが普通ですが、別に誤魔化す方法がないわけじゃないですからね。

 

 解剖医のミス、賄賂を積んで処理するのは定番中の定番。

 今では手に入れることすら困難ですが、迷宮ダンジョン産なら体内に成分すら残らない毒物がないわけじゃないですし、そこから派生した自作の毒の線だって有り得るかもしれません。


「……不思議の劇毒ワンダーアリスってことはないですよね?」

「ないと信じたいな。あれはお前が組織を抑えて全て押収されたはずの毒だ」


 ですよねぇ。あいつら曰く、自分達しかレシピ知らないですしね。

 まあ何にせよ、全ては燃やされて墓の中。今になって調べようにもどうやってで終わっちまいます。


 儀式や代償については聞かなくてもいいです。興味すらないです。

 どうせ碌なものじゃないです。血の一滴や二滴だったらこんな状況になりはしないはずですからね。

 

「実際あいつの死因は病死だったからな。鵜呑みにせずとも、疑念を抱くにはそれで十分だった」

「ふうん。となれば遺書の方も書かされた、もしくは偽造の線が濃厚……その手帳を警察に渡せば解決だったんじゃないです?」

「そうしたかった。だが手帳にはこうもあった。ガメツは警察内部に協力者がおり、慎重に進めなければもみ消される可能性が高いと」


 協力者と言われたわたしの頭には、この前スノウについて尋ねてきたよれよれコートのポリ公が思い浮かんできやがります。

 恐らくあの男こそがその協力者。手帳以外の全てが怪しいなと思ってスルーしましたが、あのときのわたし最高にグッジョブです。

 

「それでスノウを家から逃がし、探索エクプロバニーとして匿っていたと。……まあ、法的に見たら誘拐犯ですね?」

「言葉にされちまうと耳が痛えが……少し違う。手帳が届いた翌日、スノウは一人で俺を訪ねてきた。俺同様、父親から遺されたという手紙を頼りに屋敷から逃げ出してきたとな」

 

 それを聞いて、わたしは少し驚いてしまいます。

 今の話を聞いて、わたしはてっきりギルマスが家から誘拐して匿っていたのかと思っていました。

 けれどなるほど。スノウは全てを知っていて折れることなく、その上で行動したから今があるんですね。

 

 まったく、何が弱い小娘ですか。

 あんな儚そうな小娘のくせに、わたしなんぞよりずっと強いモン持ってるじゃないですか。あのクソポリ、相当に目が曇ってやがりますね。


「そこで俺も覚悟を決めた。部屋は迷宮ダンジョンの最寄りを用意し、連中もスノウが探索エクプロバニーとして迷宮ダンジョンに潜っているとは思わないだろうと。迷宮ダンジョンへの無資格侵入であれば、カナリヤ支部長の権限で対処出来るからな」

「で、わたしを教育係もとい護衛に付けたと。ひでえ話ですね、迷宮ダンジョンやわたしは所詮隠れ蓑ってわけですか。とてもギルマスの所業とは思えないです」

「つい最近、家を失ったと聞いてな。苦労云々を持ち出せばお前は必ず引き受けて、そのままスノウの部屋に転がり込むだろうと思っていた。……すまなかった」


 ギルマスは本当に申し訳なさそうに頭を下げてきますが、まあ溜飲が下がるかと言えば否です。

 ギルマスも忙しい身ですからね。四六時中守っていることなんて不可能、ならばある程度信頼の置けるバニーに護衛を頼むのは大いに理解出来ます。


 ……それでもやっぱりむかむかは残ってしまいます。


 どこがと言われれば、やはり隠されていた点です。信頼しているというなら、尚更話して欲しかった。隠すにしても、もう少し匂わせが欲しかったです。

 というかそういう事情と知っていれば、わたしだって阿呆みたいに街巡ったり買い物していませんでしたよ。結局スノウの部屋を割られているんじゃどっちにしろって気がしますが、それでも出来る手くらいは尽くしたかったです。


「一ヶ月を指定したのも雪星シューティングスノウの当日、つまり今日さえ越えればいいと思っていたってわけですね?」

「ああ。雪星シューティングスノウは六十年に一度、当日さえ凌げばやつらの計画は頓挫する。そうなればひとまず命の危険は過ぎて時間を作れると、そう判断した」


 苦渋に満ちた顔でそう言ってくるギルマス。

 実際急ごしらえもいい所、その場凌ぎな苦肉の策だったんでしょうね。そうだって顔とうさ耳に書いてありますよ、ギルマス。


「……ま、とりあえずは理解しました。日頃迷惑かけてるのはこっちですからね。事情を隠していた件含め、今までの貸し全部で手を打ってやります。精々泣いて感謝してください」

「……すまない、恩に着る」

 

 ……ま、ギルマスとは長い付き合いです。ここは懐の深いこのわたしが折れてやります。

 例え術中ではあれど、それでも依頼を受けたのは自分の選択と決断。その事実は例えギルマスにだって、スノウにだってけちをつけられたくありません。

 

 それに一ヶ月の間、実質家賃なしであんないい部屋に住めたのも、何だかんだ楽しかったのも事実です。

 だから精々感謝してください。他の連中だったら非難囂々、慰謝料請求、果ては責任追求から支部長解任まで待ったなしだったはずです。まああの優等生、ジャベマルなら怒るだけで留めてくれそうですけど。


「で、結局どこに行けばいいんです? スノウはどこに連れてかれたんです?」

「恐らくはホワイト家の屋敷だろうが……まさか、行く気か?」

「勘違いしないで欲しいです。別にあの小娘に絆されたわけでじゃないです。わたしは教育係としてスノウを取り返して依頼を達成する。それだけです」


 不満全部と共に一気に茶を飲み干し、聞くべきことは聞いたと立ち上がります。

 ギルマスは探索バニーの範疇を越えると言っていましたが、わたしにとっては同じことです。

 今回わたしが受けたのはスノウの教育、そして最後はこの場に連れてきて報告する依頼です。一度受けたのなら全霊を以て臨むのがわたしの信条、そうあれないなら生きている価値なんてないです。


 まったく何が家庭の事情ですか、あのクソ執事。

 ご大層に言いやがって、結局幼気な少女から搾取しているだけの虐待じゃないですか。あのとき止まって損しましたよ。


「待て、なら俺も……!!」

「必要ない、というか邪魔です。既に光明は見えました。上手くいけば明日には全部まるっと解決ですので、ギルマスは事後処理についてでも考えながら茶でもしばいててください」


 わたしに付いてこようとした立ち上がったギルマスを、ばっさりと断ってやります。

 これはお礼参り。クソ黒服、クソ執事、そしてガメツというクソに借りを返すのはわたしの役目。無駄に強いギルマスがいたんじゃどれかを取りこぼしちまいます。


 ……それに今からやるのは彼らの本拠地突入、つまり不法侵入という歴とした犯罪です。

 何かあったとして罰せられるのは一人で十分。物理的に取り返せたとして、社会的にも道を開いてこその完勝。ギルマスには是非とも後者を頑張って欲しいものです。


 ──だから。

 

「その代わりといっちゃ何ですが頼みがあります。ちなみにこれは強制です」

「……言ってみろ」

「もしも全部上手くいって、スノウがそれを望んだのなら、あの娘はギルマスが面倒見てあげてください。それで学校に通わせてあげて欲しいです」


 だからわたしは、それでも納得いかなそうなギルマスにこう提案してやります。

 

 どこまでいこうが、わたしとスノウは依頼のみの関係。

 わたしにもわたしの人生と夢があるんで、プライベートで新人一人に背負ってやる時間なんて砂粒ほどもないです。

 

 この件が片付いた後、あの小娘に必要なのは盾になってくれるような大人です。

 十五で探索エクプロバニーなんてクソ仕事を強いられず、あの娘が自分で未来を選べる機会を与えられる保護者。彼女の父親の友人であり、わたしが知る限り頼りになる大人なギルマスこそ最適任。心置きなく頼めるというものです。


 ま、養子なんて取ったら結婚の道は途絶えますがそこは諦めて欲しいです。

 大丈夫、きっと良い人見つかりますよ。もちろんわたしはお断りです、ギルマスはそういう対象じゃないです。

 

「……ああ、言われずともそうするさ」

「それでこそです。その返事があるからこそ、わたしも気分良く出発出来ます」

  

 深く頷いたギルマスに、わたしは満足しながら体を解していきます。

 これで後は安心して突入出来ます。ま、明日のわたしがどうなっているかは成り行き次第ですけどね。

 さて、それではいざ決戦……とときたいですが、その前にやるべきことが残ってます。とっとと済ませてしまいましょう。


「というわけで電話貸してください。テルしてからダッシュで向かいますんで」

「……締まらねえなぁ。で、誰にだ?」

「決まってるじゃないですか。わたし達の血税で飯食ってる市民の味方にです」

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