実にらしい強襲、です
あのポリ公と出会ったとて、特別何かがあるわけでもなく。
気付けば三日なんてあっという間に経っちまって、スノウの教育は最終日まで来ちまいました。
スノウはわたしの課した、一人で十階層まで行こうとというわたしの最終試験に挑戦。
槍と盾を危なげなく扱い、この一ヶ月の経験をしっかりと生かして無事に到達して合格です。
思えばあのひょろバニーがよくもまあここまでいっぱしに武器を振り、
いやー実に感動です。まさかここまでビフォーアフターしてくれるとは、我ながら自分の教育力に脱帽を禁じ得ないです。引退したらアドバイザーでもやっちゃいましょうかね。へへんです。
そんなわけで、一旦帰って武器を下ろしてきまして。
スノウと二人で街へと繰り出し、最終試験に合格したスノウに何食べたいかを決めてもらおうとしている最中です。
街中は
六十年に一度、夜空に白い流線を描くらしい
何でもその星に祈れば願い事が叶うって話ですが、そんなの誰が最初に言いやがったんですかね。絶対どっかの企業の陰謀です。
ちなみに別に騒ぐほどのイベントでもなく、何ならわたしはつい昨日知りました。
まあわたしは願掛けなんざしないんで、何か変な星が来るくらいにしか興味ないです。
可能不可能は抜きにして、わたしは自分で夢を叶えるために日々を生きているんです。誰かに施されてはい人生目標達成なんてくそくらえもいいとこです。
「えっと、せんぱい? 大丈夫ですか?」
「ああいえ、ちょっと考えごとしていただけです。それよりスノウ、何食べたいか決めましたか?」
こちらを心配そうに見つめてくるスノウに尋ねると、困ったように言い淀んでしまいます。
どうやらお気に召す夕食とは巡り会えない様子。
まあ悩むのは結構ですが、今日は人多いですし早くしないと入れなくなりそうです。こちとら予約なんて取っていないんですから、最悪安い、早い、美味いのにんじん丼しかなくなっちまいそうです。
「えっと……やっぱり外食より家で食べたいかなって。す、すみません……」
「ふうむ、スノウがそうしたいなら構いませんがいいんです? せっかくの卒業記念、ファミレスみたいなちんけな店じゃなくてちゃんとした店で奢れちゃいますけど?」
「いえ、いいんです! せんぱいと二人でご飯を食べたいんです!」
少し体を縮こまらせ、ちょっと申し訳なさそうにそう言ってくるスノウ。
健気、実に健気です。わたしが奢ってくれると言われた日には良い場所で一番高い物と心に決めています。
「……じゃあ最後は一緒に作りましょうか。何食べたいです?」
「は、はい! あの! たこにんじん焼き、たこにんじん焼きというのをやってみたいです!」
ああ、たこパ。それはまた予想外のチョイスです。
けれどいいですね。簡単、楽しい、美味しいの三拍子、悪くなくむしろセンス大ありです。
ここだけの話、実は学生時代にちょいとこだわったもんです。
……まあ思い返せばちゃんと調理していたのはわたしだけ、あいつら食ってばっかでしたけど。
「それならスーパーにでも行きましょう。せっかくですし、奮発してでっかいたこにんじん買ったります」
「は、はい!」
咲いた花みたいに笑みを浮かべてくれるスノウと共に、わたしたちはスーパーへと向かいます。
てきぱきと買い物を済ませ、両手いっぱいに荷物を抱えてスノウのマンションへ。
玄関を越えて、階段を上り、部屋の戸の側へと寄った瞬間でした。
「……スノウ、こっちへ。私から離れないでください」
わたしたちを囲んでくる、無数の黒服黒サングラスとかいうテンプレ染みたバニー共。
既に左右共に逃げ場なく、それはまあぞろぞろと、雁首揃えてわたし達に圧かけてきやがります。
……やれやれ、せっかちなやつらです。
ここ数日
せめて明日にしてくれれば、わたしが関わる理由がなくなったってのに。控えめに言ってクソです。
「遊びの時間は終わりですよ、お嬢さま。当主様がお待ちですので、どうかご同行を」
「おいこら、何です急に。
「黙っていろ、下賎な
怯えるスノウを背に隠しながら聞いてみると、黒服らしい何ともまあ愛想のない返事です。
「おい、連れて行け」
「……はあっ、ちょいと失礼です。舌噛まないように、衝撃に備えてです」
「え、せんぱい!?」
これ以上話すことはないと、合図と共にわたし達を取り押さえようとしてくる黒服共。
仕方がないと、手に抱えた買い物袋をぶん投げて、スノウをお姫様抱っこして下へと飛び降ります。
「ひゃああああああ!!」
「ちっ、ここ五階だぞ!? 追えっ、絶対逃がすな!!」
はっ、こちとら遙か天空からパラシュートなしで落とされたトラブルバニーなんです。
今更五階如きでびびったりしませんとも。……まあびびらないだけで、足には若干
しかしああ、さようなら今宵の食材達。さようならです、奮発して買ったちょっと高めのたこにんじん。あいつら絶対許すまじです。
「で、あいつら一体なんです? 黒服バニーなんて実にらしいお迎えですけど」
「……恐らくガメツ様の遣いの方です」
「ガメツぅ? がめつそうな名前ですねぇ、何者です?」
「……父の元秘書です。眼鏡の奥に怖い目を隠した、私を連れ戻そうとする恐ろしい御方」
気合いで綺麗に着地して、スノウを抱えて走りながら彼女に尋ねてみます。
するとスノウは何かを怖がり恐れるように萎縮しながらも、震えた小声で教えてくれます。
家庭問題。父の元秘書。連れ戻す。
なるほど、ぼんやりとですが全体図が見えてきましたし、更に気が滅入ってしまいます。
クソ厄介です。具体的にはわたしは誘拐犯として逮捕、そのまま人生エンドってくらいの危機です。
しかしガメツ、何ともまあがめつい悪党らしい名前です。
名は体を表すってのは基本その通りです、きっと見た目の相応の成金クソデブ眼鏡なんでしょう。
「いたぞっ! 追えっ!!」
「ちっ、街中でもお構いなしですか!!」
いくらあいつらが強行しようとも、流石に往来に出れば手出ししてはこないだろうと。
そう踏んでいたわたしの予想を上回り、阿呆共はなおも追い回してきやがります。
尾行があった時点でこういう荒っぽいのも覚悟してはいました。
ですがまさかここまで雑に押してくるとは、どうやら相当にこの娘に熱烈なようです。
そんな思考を働かせながら逃げていると、ちょっと開けた、けれど人のいないお誂え向きな場所でついに囲まれてしまいます。
ちっ、さては誘い込まれましたね。わたしとしたことが、こんなくそみたいな油断しちまうとは。
「もう逃げ場はないぞ。ここで痛い目をみるか、反撃蝋に大人しくお嬢さまを渡すんだな」
「へっ、どっちが誘拐犯ですかってんだ。こっちが婦女暴行で送ってやります」
追い込んで勝ちを確信したのか、くそ上から要求してきやがる黒服共。
随分と舐めたこと抜かしやがる三下共に、あっかんべーを返してやります。
数で押せばわたしを制圧出来ると思っているなら主違いも甚だしい、こうなりゃ好きなだけやったりますよ。
こうも多人数で囲まれてしまえば、流石にわたしが
「ちょっと待っててください。大丈夫、すぐに終わらせますから」
スノウを置いて後ろに控えさせ、向かってくる無数の黒服共を蹴散らしていきます。
周囲三百六十度からの敵襲をお姫様を守りながら退ける。
求められるは一撃必殺、最小限の動きでなるべく大きく吹っ飛ばす。
まあ殺すつもりはないので伸すだけですが、それでも的確に急所を抜いて潰してやります。
「くっ、あのちびのどこにこんな力がっ」
「馬鹿っ、舐めてかかるな! こいつはデスバニー、二番星の
「その名で呼ぶなっつーのです。見かけどおりの三下共がよぉです」
なんとまあむかつく口でしょう、こいつはお礼に顔を踏んづけてやります。
しかし実に面倒い、死ぬほどかったるい連中です。
黒服なだけあってどいつもこいつも強くもなく弱くもない、殺さないよう手加減しつつ手は抜けない程度の強さ。無双ゲームだったら爽快感皆無のクソゲーですよ。
──ああまずい。四方八方同時、これはちょいとばかし厄介です。
「再びちょいと失礼です」
「え、ひゃあ!!」
戸惑うスノウを上へと高く投げ飛ばし、向かってくる八人を全員鎮圧。
そして落ちてきたお姫様を優しくキャッチしてやります。うん、百点満点イメージどおりです。
「どうです? まだやります?」
「く、くそっ……」
スノウを下ろし、軽く手で挑発しながらどうするかを問うてみます。
この人数でも勝てないのは分かったでしょう。
「……下がりなさい。私がやりましょう」
「シ、シツジ様!!」
どうにか切り抜けられそうな空気だと。
ひとまず安心しようとした時です。その男が黒服共を飛び越えてこの場に現れやがったのは。
同じ黒色ながら他とは違う燕尾服を着こなした老紳士。
サングラスもなく振る舞いも態度も別物。その佇まい、姿勢から察してしまいます。
こいつは見かけだけではなく強さも他とは違う厄介な相手。少なくとも、さっきまで散らしていた連中と同じような一蹴は不可能な相手です。
「……ちょいと待っていてください。あいつ、結構やりそうです」
「これはこれはご丁寧に。
集中を高めながら、こつこつと歩いてくる執事と向き合います。
一瞬の静寂。誰かが唾を呑む音、どこかで物が落ちる音。──来ます。
無動作にて、寸分の狂いもなく心の臓へと放たれた正拳。
それを拳で流し、胴へ潜り込んで喰らわせてやろうと思った瞬間、執事は膝で顎狙ってきやがりましたので押さえつつ一歩退きます。
げに恐ろしきはわたしの動きを正確に捉え、正確に攻撃を捌いていることです。
これでもわたしは二番星、それもその中でも一人でやれている
あくまで徒手空拳のみのタイマンの話ですが、カナリヤ支部ではジャベマル以外になら確実に勝てると自負しています。
そこらの輩に見切られるほど安くないつもりですが、それをこうも容易くとは驚きです。
「ふむ、思ったよりもやりますね。今時の方は少々軟弱とばかり」
「それはどうも、ですっ!」
余裕を崩さず、なおも不敵な笑みを浮かべやがる執事野郎。
隙のない佇まい。緊張が蔓延する場にて、ならば先手必勝だと地面を蹴って距離を詰めます。
一歩目は軽く、緩急を付けて二歩目で一気に加速。
三歩目でジャンプ一番。狙うは首の一点、一撃にて意識を刈り取るための大跳び蹴り。
殺す気ははなくとも殺意を乗せて。
そうでないと騙せない。どうせ防がれる一撃を真と思わせ、次の動きで刈り取る──。
「なっ」
「これはまた、随分と
そのはずが、わたしの綺麗なおみ足を躱し、そのまま手を添えて流しやがります。
しまった、バニ柔術。それもこいつ、想像以上に巧い──。
「初手は偽装、本命はその後。それ自体は見切れていたのですが、まさかここまで重いとは」
「く、そがっ……!! このわたしの足を掴みやがって……!!」
「おお怖い。さながら獰猛なタイガーラビット、その若さで末恐ろしいことだ」
投げられて、無様にも地面へと転がされるわたし。
綺麗に投げられながらも、そのまま抑え付けようとしてくる黒服の頭を使って立ち上がります。
わたしの蹴りを殺しきれず、小刻みに震える右腕を垂らしながら饒舌に語りやがるクソ執事。
ちっ、まさか投げられるとは。
認めたくはないですが、こいつは思っていたよりずっと強くて厄介。即殺は無理っぽそうです。
「ですが時間切れです。目的は果たしましたので、これにて失礼を」
「時間切れ……? しまった、スノウ──!!」
執事野郎は警戒を解かないながら、唐突にここまでだと告げてきます。
何故だ思ったその瞬間、執事野郎の後ろから聞こえてくるスノウの声で自らの失態に気付いてしまいます。
「スノウ!!」
「せ、せんぱい……大丈夫です、ありがとうございました」
「ッ!!」
わたしが離されたほんの一瞬。
そして絶対の失態を黒服共は見逃さず、彼らの手に渡ってしまったスノウ。
そんな少女は怖がりながら、怯えながらも必死に笑みを作ってわたしに別れを告げてきます。
なんで、なに諦めてやがるんですか……!!
高々十五の小娘の分際で、そんなクソみたいにしみったれた目をしてんじゃねえです……!!
「ここらで手打ちとしましょう。お嬢さまを回収出来た以上、これ以上争う理由はありません」
「ああっ!? ざけんな、どけですッ!!」
「これ以上踏み込むのなら相応に覚悟することです。これは家庭の事情、所詮は他人の貴女が手を出せる領分ではないのですから」
執事野郎は追いかけようとしたわたしに立ち塞がり、淡々と警告してきます。
家庭の事情。執事野郎はそう口に出され、止まってしまったわたしを一瞥してから背を向けて去っていきます。
「……やっちまったです。我ながら見事な醜態晒しやがって、くっそがぁッ!!」
ずっと周囲にいたであろう外野達の視線などお構いなし。
溜まった唾を吐き、思うようにやられた自分への苛立ちから盛大に吠えちまいます。
わたしをこうも虚仮にしやがって、クソほどむかつく連中です。
だけど何よりむかついて仕方ないのは、あんな脅し一つで止まっちまった情けないわたしにです。
何が大丈夫です。何がすぐに終わらせますです。
ビッグマウスも甚だしい。これで任せろとか思い上がりも大概にしやがれです。
守れてないじゃないですか。ちょっと忠告されただけで情けなく止まっちまったじゃないですか。……あの娘に助けてすら言わせてやれず、こっちの気を遣わせちまったじゃないですか。
「……ふざけんな。ふざけんじゃねえです!!」
歯を食いしばって奮起しながら、すぐにその場から跳び去り、行くべき場所へと向かいます。
あのクソ共、喧嘩売ってるなら望みどおり買ってやります。
その後なんて知ったことじゃありません。何を言われようとも、わたしはまだあの娘の教育係です。これで終わってなんてやれるもんですか。
大丈夫、色々知ってそうなやつに心当たりはありますからね。
こうも巻き込まれちまった以上、遠慮なくぶちまけて共犯者にならせてもらいましょう。
そして全部聞いたその上でリベンジして、必ずスノウを連れ帰ってやります。このわたしの契約期間中に動いたこと、精々後悔しながら首洗ってやがれです。
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