声掛けられるとびくるやつ、です
時が流れるのは早いもので、スノウへの教育の日々は恙なく進んでいきました。
とはいっても、やることなんて訓練訓練また訓練。雨にも負けず風にも負けず、ひたすらトレーニングと
まあ
そういえばスノウは得物に片手槍を選びましたが、一応まだ考え中とのこと。
まあそこはどうぞご自由にです。武器に迷いながらも安全に
そんなわけで残るは三日。いやー一ヶ月ってのは長いようで早いもんです。
まあ何だかんだ波瀾万丈で、金目当てで受けたとは思えないほど楽しめる一ヶ月でした。
『ほれダッシュです。挑むか逃げるか、さもなくばガブガブです』
『ひ、ひええっ!!』
上層にいるケモノガタ、ドッグラビット複数にしこたま追いかけ回されたり。
『あ、ムカデラビットです! 可愛いですね、せんぱい!』
『え、ええ……』
女
最早手垢まみれの上層だけのくせに色々ありましたが、やっぱり褒めるべきはスノウですね。
まさか一月の間、訓練メニューを緩めることなくついて来られるとは思ってなかったです。
本当に、本当に残念なのは、わたしがスノウの部屋に合法的に居座れる期間もあと三日だということ。
報酬の五十万があるとはいえ、これからどうしましょうか。……トリハの機嫌、そろそろ直っててくれると嬉しいです。
「そんな感じで最低限は形になりましたよ。どうです? わたしのこと、少しは見直す気になりました?」
「はっ、問題児が多少まともにやったって褒めやしねえよ。お前に振り回され、それでも食らいついたスノウに称賛を贈りたいぜ」
カナリヤ支部での経過報告に趣いたわたしは、ドヤ顔混じりでギルマスに報告してやります。
ほらほらっ。そんなに誤魔化さず、素直に褒めてくれてもいいんですよ? たまにはやるじゃんと、それはもうたんまりとボーナス出してくれてもいいんですよ?
「良い子だろう、スノウは」
「ええまあ。能力はまだまだくそのくそですが、生意気にもいいモン持ってやがります」
「だろう? 強い子なんだよ、彼女は」
それも知っています。この一月の間、誰よりも近くで見ていましたから。
「……しかし、そうか。もう一月か。何事もなさそうで良かったよ」
「です。あと三日、それで五十万。約束どおり即払いで頼みますよ、ギルマス」
胸を撫で下ろし、含みある言葉を発してくれやがるギルマス。
初恋中の乙女の如何にも触れてくれとばかりの様子ですが、そんな露骨にされても困ります。
「……しかしなんだ、聞かねえのか」
「何がです?」
「スノウのことだ。目聡いお前ならとっくに理解してるだろう?」
ばつの悪そうな顔で、それでも踏み込んでくるギルマス。
これは珍しい。ギルマスはわたしが
困らせたり苦い顔されたり怒らせたことがごまんとありますけどね。まあそれはわたしだけのせいでもないので気にするつもりはないです。
「聞かねえです。流石に興味はありますが、どうせ厄介事でしょう?」
「……まあそのとおりだが、お前そういうとこシビアだよな」
「だからわたしなんでしょう? 中層深部の確認なんて最重要ですが最優先でもなし、義理人情で動かしたいならジャベマルに振っちまえばあいつは断らないです」
何やら冷めた目つきを向けてきやがりますが、そんなのそよ風同然なんで気にしないです。
はず、なんて言葉を付ける意味はないです。
人助けならあいつは絶対受けますし、ギルマスもそれを知っています。だってあいつは優等生ですから。
だけどわたしに振ってきた。よりにもよって、教育係としては下の下なこのわたしにです。
だったらまあそういうことなんでしょう。要は教育なんて所詮は建前って話です。
そもそも最初からきな臭いとは思ってましたからね。阿呆なマセカだったら気付かずに踏み込んだかmしれませんが、生憎わたしはそこまで阿呆ではないです。
「どうです? 追加報酬……倍くらいで喜んで雇われてやりますが?」
「……いやいい、忘れてくれ。これは個人的な問題だ。これ以上踏み込まれたら
「……ふーん」
札をパラパラする手振りをしながら提案してみますが、気にするなと一歩退かれてしまいます。
まあ、そう言うのならこれ以上は深入りしませんとも。わたしだって面倒事はごめんです。
それにしても
果たしてどんな厄介事なのやら。白と黒、同じグレーでもどちらに寄るかで大きく変わるってもんですがね。
「んじゃお疲れです。スノウの手料理がわたしを待っていますので」
「おう。……くれぐれも頼んだぞ、ラビ」
その念押しは、果たしてどちらの意図を持っているのやら。
どちらにしろ、これ以上踏み込む気はないとギルマスへの報告を終えてカナリヤ支部を後にします。
外は少しずつ秋から冬の装いと肌寒さへ。そろそろ耳カバーが恋しくなりだす時期です。
スノウが言うには、今日の夕食はにんじんビーフシチューらしいです。
いやー楽しみです。何気に好きなんですよね、にんじんビーフシチュー。断然白より茶色派です。
「すみません。聞きたいことがあるのですが、少々お時間よろしいですか?」
そんな街中を歩いていると、ぽんぽんと肩を叩かれてしまいます。
この美バニーにナンパかと思って振り向いたのですが、そこにいたのは何やら胡散臭い男です。
よれよれなカーキ色のコートにぼさついた頭。
ナンパにしても下の下、この美バニーに釣り合いません。控えめに言って相当に金積まれたって付いていきたくなんてないですが、一体どこの不届き者です?
「どちら様です? こっちは急いでるんですけど」
「ああ、申し遅れました。私はこういうものです。どうかご協力を」
男は第一印象どおりの胡散臭い声色で謝りつつ、懐から手帳を見せられてしまいます。
えっと何々……あれま警察。見かけによらず、権威の飼いバニーだったんですか。ちっとばかりびっくりです。
「……ふうん。で、なんです? こちとら法律違反なんざしてねえですけど」
「いえいえ、そういった聴取ではありません。公僕として真っ当に生きる人々を疑ってかかるなどとてもても。ええ、はい」
胡散臭くも丁寧な口調で話していくポリ公。
……よくもまあぬけぬけと。随分と見え見えですよ、その薄汚い侮蔑が。
まあくそポリが
もしも
もちろんわたしみたいな賢いバニーは絡まれたって抜こうとはしませんが、それでも血の気の多い馬鹿共の集まり。警察のお世話になりがちで、つまりはぶっちゃけ日頃の言動ってやつです。
ですがこの侮蔑の裏から垣間見える探りの視線。
狡猾なスネークラビットのような目つきは、乱雑ではなく確かな目的あってと告げているようなものです。
さてはこのくそポリ。近くにいた誰かではなく、あくまでわたしを狙って声を掛けてきていやがります。
「実はですね、この少女についてお伺いしておりまして。是非ご協力をと」
「ふうん。人捜しですか、へえ……」
そうして見せられたのは一枚の写真です。
映るのは青みがかった白髪の少女。見覚えはありながら、実物よりも幼さと陰りが窺える無の表情。
それでも見間違えるはずはない、まごう事なきスノウです。一ヶ月の間、
……正直な話、警察が絡んでくるほどの厄介事だとは思ってなかったです。
これはちょっとばかり予想外。予め置いていたハードルを棒高跳びで越えられたって気分です。
「随分と可愛い小娘ですが、何やらかした大罪人です?」
「いえいえ、滅相もない。……ここだけの話、私の友人の一人娘なのですが、どうにも家出してしまったと泣きつかれてしまいましてね。なので個人的に捜しているというわけです、はい」
家出ですか。ふうん、なるほど……へえ。
「……残念ですが知らないですね、こんな小娘。他当たってくださいです」
「そうですか、それは残念。しかしそうですか、知りませんか、困りましたねぇ。実は最近、この辺りで目撃したという証言をいくつかいただいたのですよ、はい。ですのでこの辺りの方なら何か存じ上げているかと、はい」
瞬間的に悩んだ末に誤魔化すと、何やら困った様に顎を触り出すポリ公。
その態度、含みある言葉ははまるでわたしなら何か知っていると確信しているかのよう。
それがどうにも引っかかります。だからこいつには話さない方がいいと、わたしの
こういう自分本位な考えこそ、
……しかしはいはいうるさいですね、このポリ公。
鬱陶しいんでいちいち付けないで欲しいです。ポリ公のくせしてキャラ付けのつもりなんですかね、外中合わせて怪しいやつです。
「それは残念、当てが外れましたね。情報が必要なら
「いえいえ、個人的に捜索しているだけですので。その娘さんも
わざとらしい口調で、色んな方向に喧嘩売ってるんですかってくらいぶちまけてくるポリ公。
こいつほんとにポリ公なんですかね。今時は失言一つで簡単に停職、解雇ルートまっしぐらだってのに。
しかしか弱い娘さん、ですか。
そうですか、それなら良かったです。こっちも警察に知らないなんて嘘なんてつかずに済みました。
「……ま、精々職務に励んでくださいです。税金収める一般市民として応援しているので」
「これはどうも。ああそれと! 最近何かと物騒ですので夜道にはお気をつけください。それと何か思い当たりが出来ましたら、是非とも私の方まで。はい」
「……お気遣いどうもです」
名刺を渡してきたポリ公は、ぺこりと一礼して去っていきます。
無駄な疲労感に苛まれながらも、ひとまずは何事もなく終わったことに安堵の息を零します。
「……夜道には気をつけろ、ですか。そうならないことを願いますよ」
どいつもこいつも回りくどく言いやがって。
そんな若干の不満を抱えながら、首を横に振って振り払って帰路に就きます。
まあいくら泣こうが笑おうが、残すところはあと三日。
どうなるかは天のみぞ、或いはうさぎ様のみぞ知るってやつです。だってわたしは所詮ちょっと世界の宝レベルで可愛いだけの
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