鍛冶場にオヤジ、定番です

 若干変な空気にしたことを後悔しつつ、バニククを後にしまして。

 ちょいと電車で移動して、バニーの営みからちょっと離れた裏通り的な場所を少し歩きます。

 

「というわけで着きました。ここが今日の目的地です」

「えっと、ここは?」

「にんじん炉鉄。まあ見てのとおり鍛冶屋です。大体は大手のイクバニで揃えるもんですけど、まあわたしは通なんでいい店知ってるってわけです」


 そうして辿り着きましたのは、街から少し外れたさして大きくもない古風な一軒。

 煙突付けた石屋根の古風な建物。古ぼけた木の看板と立て掛けられ、手作りであろう石のにんじんが置かれた以外は店と断定出来かねない店です。

 雰囲気があるのは結構ですが、こういうナチュラル一見さん拒みな雰囲気ってのが一番ウケ悪いんですよね。どっちかに寄ってほしいってのが利用者側の本音です。

 

「あ、いらっしゃいませラビさん! 今日も抜群にお姉様ですね!」

「あ、どうもレンちゃん。今日も実に可愛いです。今日はウッチーのオヤジいます?」

「いますいます! 奥で作業中です! 呼んできますか?」

「大丈夫です。自分で行くんでお構いなくです」


 そんな店の内へ入り、受付にいた短髪のレンちゃんに挨拶して工房へと侵入します。

 

 籠もるような熱気。鉄の臭い。かんかんと、幾重にも響く金属音。

 初めて来たであろうスノウは、職人の工房の異質な空気に呑まれているようで、その実目を輝かせて周りを窺っています。


 まあ気持ちは分かります。

 何だかんだ、わたしも最初に来た頃はこうなってましたからね。暑さよりも熱さ、それこそが鉄打ち場の粋な所です。


「へいウッチー! VIPのお得意様が今日も来てやったですよー!」

「やかましい! いつもいつも鍛冶場に入ってくんじゃねえよクソガキが!」


 その中で頭にタオルを巻き、いつものように一人無愛想に炉と向かい合いながら黙々と鉄を打つバニーを発見。鉄打つ音に負けないよう元気に挨拶します。

 すると案の定怒鳴り返してきますが、まあいつも通りなのでノー問題。スノウはびくつきましたが、こっちが悪なので甘んじて受け止めて欲しいです。

 

 そんなわけで、訪れたわたし達を一瞥すらせずに打ち続ける職人バニー。

 彼こそがウッチー。別にあだ名とかでもなく、そのまま本名がウッチーなオヤジです。

 どうして無名なんだってくらいには腕が立つんですが、去年くらいに奥さんのファイさんに逃げられたらしいオヤジです。ちなみに受付のレンちゃんは一人娘です、母親似ですね。


 まあ全然予想どおりなんで、スノウと二人でそばの椅子に適当に座り、職人芸を眺めながら待つとするです。

 昔からけっこう好きなんですよね、オヤジの鍛冶仕事を見ているの。家事仕事は自分でやりたい性分ですけど。


「スノウ、暑かったら受付で待っていてください」

「いえ、ここにいます! 職人さんの技、見ていたいですから!」


 そうですか。それなら止めませんが、あっつあつなので引き際だけは心得てくださいです。

 

 そんな感じでしばらく待機。時間は特に数えません。

 こちらの来訪があってなお、微塵も乱れることなく続けられる鍛造をぼんやりと眺め続けます。

 かんかんと打ち、研磨用の機械で磨き終え、予め用意されていた柄をはめ込む。それで包丁は完成です。

 

「……ふうっ。まあこんな所か」

「今日は包丁です? 本業なのは分かりますけど、正直剣打ってるときの方が好きです」

「うっせえクソガキ。俺にとっちゃどっちも天職だ」


 出来上がった包丁確認し、軽く頷いてから台へと置く。

 ようやく一息をつき、ウッチーは立ち上がってこちらに悪態つきながらこちらを向いてきます。


「え、えっと、あの……??」

「悪くねえ。まだまだ枯れたにんじんみてえにひょろいが、まあいいモン持ってやがる」

「セクハラです?」

「出禁にするぞ?」


 冗談ですよ。冗談じゃなかったら滅して炉の燃料に変えておしまいです。


「用件はこの小娘の武器か。はんっ、この前ツケ払ったばっかだってのに随分と太っ腹だな」

「あと、ついでにこれを見てもらいにです」

「ああ? ……おめえさん、こいつは一体何処で」

「ああ、この前拾ったんです。最近噂の下層カッコカリってやつで」


 わたしが短剣を渡すと、ウッチーは次第に声も忘れるくらいまじまじと観察し始めてしまいます。

 まあ目の色変えちゃって。確かに素晴らしい斬れ味且つ下層産という非情に貴重な品ですが、オヤジが食い付くほどとは思わなかったです。


「……場所を変えるか。クソガキはともかく、嬢ちゃんにはちと暑いだろう」

「そういう気遣いは出来るんですね。わたしの時はお構いなしだったのに」

「うっせえ。おめえは拾ってやっただけ感謝しろよ、クソガキ」


 相変わらずです。この分ならまだまだ現役続行です。けっ。

 そんなわけで工房を後にし、受付でレンちゃんに飲み物を出してもらいながら話を再開します。

 

 スノウには水分補給用のスポドリを。

 わたしにはにんじんジュースを。

 そしてオヤジはいつもどおりに渋々にんじんのあっつい茶を。


 いつもいつも、レンちゃんの気遣いには感謝が絶えません。

 にしてもこのオヤジ、あっつい鍛冶場にいたのにあっつい茶を飲むのは何なんですかね。


「……しかしおめえさんが誰かを連れてくっとはなぁ。あの頃以来じゃねえか?」

「うっせえです。ぼっちで悪かったですね。そういうデリカシーのなさでファイさんに逃げられるんです」


 ウッチーは茶を啜り、顎髭を触りながら感慨深そうに頷いてきます。

 親じゃないのに親にも言われたことない親みたいな目向けないで欲しいです。あいつらより親らしくて嫌になります。


「今日はスノウに適した装備を整えるために来ました。少しは慣れてきましたし、ここらで次のステップというやつです」

「装備、ですか?」

「はいです。片手剣に盾ってのは管理団体ギルドも推奨するほどの初心者装備なんですが、あくまで万人向けであって最適格というわけでもないわけです。なのである程度までいくと、探索エクプロバニーは自らの得物を選ぶというわけです」


 まあもっとも、片手剣と盾ってのは安定特化なんで重宝されるんですけども。

 特に盾です。あれがあるとないとじゃ心のゆとりがまるで違います。まあわたしは研修時代だけ鈍器として扱い、その後邪魔だったので捨てましたが。


「まずは嬢ちゃんの方から済ませちまおう。いくつか質問させてもらう。身構えることなく気楽に答えてくれ」

「は、ひゃい!」


 そうしてウッチーにじろりと目を向けられ、身構えながら質問に答えていくスノウ。

 無駄に圧を醸すウッチーですが、内容自体は身構えるもんでもないです。


 食べると寝るの、どっちが好きとか。

 にんじんは葉から食べるか、それとも実の先端から食べる派かとか。

 紅茶にんじんと緑茶にんじん、食後に飲むならどっちが好きだとか。

 

 わたしのときも聞かれましたが、この質問に意味があるかは今でも不明です。

 これがオヤジの個人的趣味セクハラでないことを願います。そうだったら離婚の際に残ってくれた一人娘のレンちゃんが本当に可哀想です。控えめに言って死にやがれです。

 

「……ああなるほど。もう結構だ、協力感謝する」

「これ意味あるんです? 緑茶にんじん派だったら短剣にでもなるんですか?」

「はっ、そこで悟れねえからおめえは今もクソガキなんだ」

「ああっ?」


 はっ? 何ですこのクソオヤジバニーはよぉ。

 確かにちんちくりんですが、わたしはもう二十越えた大人バニーです。あんまし舐めたこと言ってると、そのあっつあつの炉で脳天溶かしてやりますよ?


「いいか? ガワに意味なんざねえ、大事なのは中身だ。ものの受け答えってのはそいつが顕著に表れる。昨今は脱げと言えば捕まる時代、女相手ならこれが一手っ取り早い」

「セクハラです。女性差別です」

「はっ、もうちょっと女になってから宣うんだなクソガキ。凹凸の色気もそこの嬢ちゃん以下、うちの馬鹿娘と同レベぶべっ!」

「ぶっ殺すわよお父さん!! そんなんだからお母さん実家帰っちゃったんでしょうが!!」


 レンちゃんにぶっ飛ばされ、十点満点で落下したウッチー。

 南無南無、自業自得です。せめて手を合わせ、持っていたお茶だけはキャッチしてあげます。

 

 しかしファイさんがいなくなった今、この家で一番おっかないのはレンちゃんかもしれません。

 というか実家帰っただけなんですね。てっきりもう別れたものかと思ってたです。


「ってえなぁ。ったく、その馬鹿力は誰に似たんだか……」

「お父さん?」

「……まあいい、話が逸れた。それを踏まえて、俺が視る限り嬢ちゃんに合ってるのは……この辺りだろうな」


 ウッチーは頭を押さえながら、席に戻ってカタログを近場のカタログを広げてきます。

 提示されたのは刺突剣、槍、仕込み杖。刃はあれども見事に突くもんばっかです。


「堅実、愚直、されど頑固で情熱的。臨機応変よか狙い定めて真っ直ぐに。クソガキ、お前とは真逆だがよく似ているな」

「そ、そうなんですかね……?」

「ぱっと見だがな。盾を持つかは自由だが……まあすすめはしねえ。嬢ちゃんは隠れるものはねえ方が花開きそうだしな。ま、外に試し用のがいくつかあるから振ってみてくれ。レン、あとは頼む」

「あいよ。じゃあスノウちゃん、付いてきてー」


 一種不安げなレンちゃんに連れられて、スノウはこの場を去っていきます。

 まあ後は本人の問題。わたしがいたら気が散るでしょうし、専門家に任せるとしましょう。


「そんでてめえだクソガキ。あの嬢ちゃんはついで、こっちが本題だな?」

「あははっ、そんなことないです。まさか、ねえ?」

「ひでえ教育係だ。この分じゃ、俺がくたばるまでクソガキのままだな」

 

 別にいいです、生涯クソガキで。夢に挑むなら、むしろその方がいいくらいです。

 

 若干の嫌味の後、再び短剣へと意識を向けるウッチー。

 今度は先ほどの目通しとは異なり、わたしの存在なんてガン無視でじっくり観察しやがります。

 時々唸り、息を呑み、目を光らせ。

 舐め回すように真剣に見るその様は、悔しいですが一流の職人と察せられるものです。


「……迷宮ダンジョンの下層か。あるとすりゃそうだろうが、まさか死ぬまでにもう一度目にする機会があるとはなぁ」

「へえ。まあ下層産なんで当然ですが、オヤジがこうも唸るほどです?」

「当然だ。こいつはオリハルにんじんで打たれた短剣。にんじん鉱石の中でもっとも硬く、もっとも柔軟で、もっとも美味と語られる伝説の鉱石。俺達鍛冶職人にとっちゃ一度は憧れる宝物だ」


 ウッチーは変わらず冷静ながらも若干興奮を声色に乗せてきますが、わたしは首を傾げちまいます。


 オリハルにんじん? なんですそれ?

 伝説らしいですが聞き覚えがないです。そもそもにんじん鉱石の最高位ってミスリルにんじんじゃなかったです?


「まあ知らねえのも無理はねえ。最早存在すら怪しまれる、黄金にんじんみてえな誰もが知っているわけでもねえ伝説の鉱石さ。一説ではこいつは女神うさぴょん様の持つ聖なる杯はこのオリハルにんじんのみで創られたって話だ」

「へえ……ちなみにオヤジはなんで知ってるんです?」

「……まあ、昔ちょいと縁があってな。それ以上は聞かねえことをすすめるぜ」


 それは怖いです。小便ちびりたくないのでこれ以上はお耳を塞ぎます。

 にしてもこのオヤジはどんな人生歩んできたんでしょうかね。そういや過去とか一切聞いたことないです。


「加えてオリハルにんじんは食用でもある。まだうさぎ様が地上に御座おわした時代、削って振る舞えば未知の旨味を以てバニーを生涯虜にしてしまう至高の調味料だったんだとよ」

「至高の調味料……ほおっ、へえ……」


 食用よ聞いちゃあオヤジの過去とかどうでもいいです。

 至高の調味料。そいつぁつまり、わたしの夢である黄金にんじんのフルコースに必要なのでは?

 至高のにんじんに至高の調味料。うへへっ、夢が広がリングってやつです。うへへへっ。


「……ま、邪な考えは無駄だろう。どうせ手放せやしないからな」

「え、どうしてです?」

「それ、呪われてるからな。手放した所でどうせ戻ってくるだろうよ」

「えっ」


 ウッチーの告げてきた驚愕の事実に、わたしの笑みはしゅんと引っ込んでしまいます。


「別に呪いってのは断定じゃねえよ。祝福、加護、呪い。超常的な神秘は複数存在するが、いずれも精通していなきゃ同じようなもんにしか見えねえし、何なら認識すら出来ねえだろうよ」

「その辺詳しくないんですよね……。魔法ならまだしも、あの辺はもう知識ってより完全学問な領域です」

「俺も詳しくは知らねえよ。ただ分かっちまうのさ、こいつには確かに宿ってるってよ。聖具、魔具、呪具、そしてうさぎ具。この剣はきっとそのどれかに位置するだろうさ」


 ええ……それって大ニュースじゃないですか。

 伝説級の武器共と並んでいると知られたら、殺してでも奪い取るってやつ無限大です。

 今からでも迷宮ダンジョンに返却するのは……嫌ですね、せっかくの戦利品を手放したくないです。不貞な輩は全員返り討ちにしてやります。


「詳細を教えてもらうのは……無理ですよね?」

「生憎鑑定士じゃねえからな。だがまあその手の曰く付きってのはそいつに見放されるか、或いは自分の意志で持てなくなった場合ってのが通例だな」

「ごくりっ。つ、つまり……?」

「へっ、こういうことだ。精々気をつけるこったな、クソガキ」


 オヤジは面白がるようににやつきながら、親指で首を切ってきやがります。

 ひええおっかねえ。下層産だっての隠すことにした入院中のわたし、本当にグッジョブです。


「そらっ、話は終わりだ。とっとと嬢ちゃんの方行ってやんな、教育係なんだろ?」


 話は終わりだと、ウッチーは短剣を返しながらあっちへ向かうのを促してきます。

 ま、聞きたいことは聞けましたし良しとしましょう。あっちが気になるのも事実ですから。


「一つ助言してやる。あの嬢ちゃん、結構なもんを抱えてやがるぜ。守ってやんな、先輩?」

「……知ってます。その上で期日までの関係、それだけです」

「素直じゃねえなぁ。これだからクソガキってのはガキだぜ」


 立ち上がり、残りのジュースを一気飲みしてから、オヤジに背を向けて外へ向かいます。

 余計なお世話ですよウッチー。そういう気遣いできないから奥さん出ていっちゃうんです。けっ。

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