バニー99、です 8

 スノウが初めてラビットを、そして羽虫ラビット以上の生き物を殺したであろう日から数日。

 あの後、案の定初めての殺生に若干落ち込んで食が細くなったものの、どうにか少しずつ乗り越え始め。

 そんなスノウを見て折れそうにないと判断したので、一ヶ月で仕上げるための訓練を開始しました。

 

 とはいっても、やってることなんて地味なもんだらけです。

 朝は早朝トレーニング、昼は軽くでも迷宮ダンジョンに潜り、夕方は軽い座学で締める毎日。

 部屋に居座って……ごほんごほんっ! 泊まらせてもらえているからこその一日付きっきり教育です。


 ぶっちゃけこんな手厚くやる教育なんて例外もいいとこです。

 バニーによりますが大抵は迷宮ダンジョンの中でだけ、聞かれたら必要に応じてみたいな新人側が試される感じです。そう考えると、やっぱりわたしはぐう聖バニーです。

 

 ……ごほんっ、まあそれはともかく。

 幸か不幸かスノウは今年中学を卒業し、高校には通ってない中卒バニーなので時間自体は簡単に作れるのでその辺の苦労はないです。


 ないんです、ないんですけど……いいんですかね、それで。

 何だかんだ学歴が大事ってのは凡人が普通レベルの水準で生きていきたいのなら重要。それは綺麗事や理想論じゃどう取り繕っても曲げようのない、まこと残酷で非情な現実です。


 探索エクプロバニーは肉体的にも精神的にも過酷な部類です。

 ただでさえ肉体労働なのに戦闘、迷宮ダンジョンへの長期滞在なんかもあるんだから当然と言っちゃ当然。ですがどっかでしくじって活動不可能と管理団体ギルドに判断されたら資格剥奪、それで呆気なくおしまいな仕事です。


 実際女だったらそのままお水一直線、その上大体が傷物なんで再起も叶わずってのも少なくないです。まあ男よりかは分かりやすい逃げ道があるってのは救いなんだか性差別なんだかって感じですけど、その辺りは口に出すと面倒極まりないんでチャックです。


 夢のため、野望のために幼い頃から志していたわたしでさえ、流石に高校は出ておかなきゃなと思っていたくらいです。もっとも高卒って肩書きが欲しかっただけで、あの三年で何学んだかなんて忘却の彼方って感じですけどね。


『通ってみたいなーとは思います。でもいいんです、私はこれでいいんです』


 ……まあ、考えても仕方のないことです。

 どんな将来が待っているとして、今を決めるのなんて所詮は自分の意志だけ。例えそう口にしたスノウの顔がどれほど諦観に満ちていたとしても、わたしがしてやれることに変わりはないです。


 気に入りはしましたが、それはあくまで探索エクプロバニーの卵としてです。

 スノウの抱えた事情とやらに深入りするつもりはありません。びしばし鍛えてはいおしまい、そんな体だけの関係です。進んで巻き込んでくるなら別ですけど。


「えっと……せんぱい? 今日は迷宮ダンジョンへは行かないんですか?」

「はいです。毎日行くなんて阿呆のやることですからね。休息の必要性を説きつつ、教育兼ねての買い物です」


 カナリヤの街中を歩きながら、愛らしく小首を傾げるスノウに人差し指を立てながら話します。

 この指でどこかを軽くつんつんすれば、筋肉痛できっと良い声で啼いてくれることでしょう。

 しかしよく歩けますね。そんな状態なのを知りつつ、今朝もそこそこきついトレーニングさせてたんですが、中々の気骨があります。


「ま、夕方までですが、どっか行きたい場所とかあります?」

「い、行きたい場所!? いいんですか!?」

「お、おう。構わないですよ」


 まあ目を輝かせやがって。中卒探索エクプロバニーのくせにこういう所は普通の小娘です。

 

「でしたらせんぱい! あれ、あのお店行きたいです!」

「あーバニクク。若者ですね、流石はスノウです」


 スノウが興奮したように指差したのは、このカナリヤを象徴するようなでかいビルでした。

 99のお馴染みのロゴとおっきなうさ耳を最上部にこれ見よがしに取り付けたビル。

 バニー99、通称バニクク。

 小道具、服、化粧品など。若い女が手ごろな価格で様々なものを買い求められる若者向けのデパートです。


 わたしはその辺実に無関心でしたが、よくトリハとあの腐れバニーに付き合わされた苦い思い出ありです。

 特にあいつがわたしを好き勝手デコしやがるからもう座る間もなく……ちっ、嫌なもん思い出しちまったです。

 

「んじゃまあ行きましょうか。付いていきますんで、思うままに回っていいですよ」

「はい!」


 スノウはわたしの手を取り、軽い足取りで建物へと入っていきます。

 中はまあ若者の象徴である制服バニーだらけ。わたしみたいな立派なレディはちょいとばかし場違いに感じちまいます。

 うーん、実はこういう場面で年を取ったのを突きつけられるのが一番ダメージだったりするんですよね。思い返せば、わたしも制服なんてもんを着ていた時期があったものです……。


 そんなセンチメンタルだかノスタルジックやら。

 実際全然違う気もしますが、まあそんなニュアンスの寂寥感を抱きながら浮かれるスノウの買い物に付き合ってあげます。


「可愛いです……!!」

「かわ、可愛い……?」


 何かよく分からないマスコット的なやつ

 昨今の若者の間ではこんなんが流行ってるんですかね。それともスノウのセンスがちょっとズレているだけです……?


「……それ、欲しいんです?」

「え、

「ふうん。ま、自分でお金貯めて買うんですね。せっかく探索エクプロバニーやってんですから」

「は、はい! 頑張ります!」


 そう聞いて残念そうにしながらも、すぐに頑張ろうと奮起するスノウ。

 そこで落ち込むだけじゃないのが見込みある所。そこいらのガキ共だったら不満たらたらにぶつくさ言ってくるんで一発どついて躾けるまでがテンプレです。


 ……まあ、無料ただではあげませんとも。理由があれば別ですけど、ね。


 そうしてアクセサリーやら服やら諸々見学し、気付けば時間は正午を越えて夕方前へ。

 結局スノウは何も買うことなく、そろそろ遊びの時間も終わりに近づいてきました。

 まさかこのビル一つで半日も使うとは。若者というのは熟々恐ろしいバイタリティ、見習いたいものです。


 そんなわけでバニククから出る前、目にしたのは出口の近くにあるフードコートです。

 若者や一部の家族連れなど、規模にあった様子で実に繁盛しています。

 

 ……そういえば昼食なしで巡っていたからお腹も減りましたね。

 ここらで軽食でも取りましょうと、そう提案しようとした直後に隣からきゅるきゅると可愛らしい音が聞こえてきやがります。


 ……ふふっ。どうやら気持ちは同じだったようです。


「デパート内に食い物があるってのは便利ですよね。何か食べたいものあります?」

「え、いいんですか?」

「ま、食いもん代くらいは出しますとも。これでも一応教育係の先輩ですからね」


 スノウは恥ずかしかったのか、若干顔を赤くしながらもこちらに首を傾げてきます。

 まあこれでも先輩ですからね。一応連れ出したのはわたしですし、一食くらいは奢るのが当然の筋というものです。


 で、スノウが物欲しそうに見ているのはたこにんじん焼き。

 ああ、確かに目を惹かれますよね。フードコートの定番ってやつです。

 というかここ、フードコートのくせしてまともな料理がないです。タピだのクレープだのロールアイスだの学生向けばっかです。がっつり食わせやがれです。


 そうしてさくっと購入して、空いていた適当な席に着いて昼食です。

 わたしのは一玉につきたこにんじんが二つというデラックスたこにんじん焼き、対してスノウは何の変哲もないたこにんじん焼き。中々に慎ましいです。


「ほふほふっ、やっぱり焼きたては最高です」

「はむ、ん! んううっ!!」

「咽せたんです? やれやれ、これだから箱入り娘はです」

 

 水で喉を流してから、こほこほと息を整えるスノウ。

 そんな様子

 

「お、美味しいです! 私これ、初めて食べました!」

「そ、そうですか。そんなに喜んでもらえるなら奢り甲斐もあるというものです」


 スノウは満面の笑みでお礼を言ってから、咽せてもめげずにたこにんじん焼きを食べ進めていきます。


 いい食べっぷりです。見習うべきです。

 奢ると言った以上、変な遠慮をされて消化不良で終わるのが一番クソですからね。

 是非ともトリハにたかっているときのわたしみたいに、心の底からそれだと思うものを、奢り主より高い品を買ってもらって幸せになるべきです。


「えーちょーやばー」

「あははっ、そりゃあんたのピも怒るに決まってんじゃんー!」

「ひどっ、それでも友達かよお前らさー!」



 そうして食べ進め、あっという間に完食してから一息ついていた頃です。

 ふとスノウがぼんやりと見つめていたのは、どこにでもいそうな学生連中の席でした。


 羨むような、慈しむような、或いは焦がれるようなスノウの目は、買い物中にも見せた面倒な欲しい物を我慢する子供の目。

 制服、友人、或いは両方。果たして中卒バニーのスノウちゃんは何をそんな風に眺めているんでしょうかね。


「どうしました? やっぱり羨ましいです?」

「……そんなことありません。ないはず、です」

「……まったく、素直じゃない後輩です」


 嫌味だなと思いつつ尋ねてみれば、スノウは苦笑いで否定してきます。

 まったく、嘘をつくのも下手くそめです。隠したいのなら、せめてもう少しまともに誤魔化して欲しいものです。


「……一つだけ、バニー生の先輩らしく教えてあげます。困った時に助けてって言えないバニーはどんなに優秀で利口でも駄目なバニーですよ?」

「……助けて、ですか?」

「どんな辛くても心の奥に閉まっていたら意味なんてありません。辛いって、助けてって自分の口で言えなければ、どんなバニーも手を差し伸べてはくれないものです」


 悩める子バニーへ、先輩からのアドバイスです。


 助けてと言ってもらえなければ、それをしていいかも分かりません。

 辛いと泣いてくれなければ、どうしていいかも分かりません。

 困っていると叫んでもらえなければ、きっと見向きもせずに見過ごしてしまいます。

 

 別に探索エクプロバニーに限った話じゃないです。

 老若男女、全てのバニー生における当たり前で、けれど多くのバニーが上手くやれないし言われなければ気づけないことです。


 教育係と銘打っていようが、先輩なんて呼ばれていようが結局は他人なんです。

 何も言わずに察してくれるのは、きっと家族か最愛の誰かくらいです。あとの連中は慰めてもくれません。

 

 この娘はとてもいい娘ですが、それでもわたしは公私を混ぜるつもりはありません。

 わたしはわたしの、依頼を受けた教育係としてやるべきことを。それ以上は頼まれなければするつもりはないです。


 もちろんわたしみたいな大の大人が駄々捏ねてたら見苦しいだけです。

 トリハにもよく言われます。お前はもう少し遠慮と慎みを覚えるべきだと、まあ絶対に嫌ですが。

 

 けれどスノウはまだまだケツの青いガキンチョ。

 少し気持ちを変えてしまえば、少し勇気を出してしまえば、今からだって高校に通ったり出来る程度に未来があるバニーです。

 もしもこの依頼中にそういう機会があるとして、本気で手を伸ばしてくれたのなら、そのときはこのラビ様が……まあ、出来る範囲で何とかしてあげますよ。


「生きてりゃ迷惑かけてなんぼです。特にスノウみたいなお子ちゃまは、周りのことなんて考えずにもっと我が儘であるべきです。それが駄目な伸び方だったら、わたし達みたいな大人が修正してやれば良いんですから」

「…………はい」

「ま、所詮はお節介、教育係の戯言だと聞き流してくれればいいです。わたしみたいに学生の頃から本気で探索エクプロバニーやっていた阿呆もこの世にはいますからね。結局、自分次第です」


 小さく返事をして頷くスノウ。

 ま、こんな言葉にどこまで意味があるかは知ったことではありません。所詮は探索エクプロバニーの、大人の中でもろくでなしなバニーの世迷い言ってやつですから。


「あ、でも訓練が辛いとかそういうのは受付けないです。精々この鬼教官を恨み憎み、不平不満を枕にでもぶちまけつつ、無理矢理にもで糧にしてください」

「……ふふっ、なんですそれ。私、そんなこと思ってませんって」

「ま、ものの例えです。さあスノウ、食後の一休みは終わりにしてとっとと出ますよ。あくまで本当の用事はこれからなんですから」

 

 若干重い空気になってしまったので、適当に茶化しつつ席を立ちます。

 我ながら随分説教臭くなりましたね。まったく年を取るってのはつくづく嫌なことです、はあっ。


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