たかが三匹、されど命三つです 7

「え、えっと、せんぱい……?」

「さ、早くやってみせてくださいです。戸惑っていても、嘆いていても、相手は待ってくれないですよ?」


 突然の指示に戸惑うスノウに応えることなく、軽く一っ飛びで彼女の後ろに着地します。

 

 ……あれ、ちょっと跳びすぎたです。

 やっぱりあの日、下層でボコされてからちょっと変です。明確に前より体が軽くなってます。


「グギャギャ」

「ひっ!」


 品のない、嗜虐の籠もった呻きで狙いを定めるラビットゴブリン共。

 どうやらスノウに狙いを定めたようで、にやにやしながらひたひたと歩いてきやがります。


「さあ剣を抜いて、盾を構えて。それすら出来ないならそれまでです」

「は、はい!」


 わたしの声に反応し、言われたとおりといった具合に剣を抜いて構えます。

 

 片手剣と盾。それは自分の適性すら曖昧な新人探索エクプロバニーの典型的な装備です。

 けれどラビットゴブリン三匹、それも小型相手であればそれで十分。年端もいかない少年少女でさえ、それだけあればあいつらなんて簡単に殺せます。


「ギャギャ!」

「ひ、ひい……!!」


 所詮は自分よりも小さい子供三人がじゃれ合ってきている程度、斬ろうと思えばすぐさま可能。

 けれどスノウは殺せません。傷つけるという選択すら選べていません。

 悲痛な声を零し、恐怖を面に貼り付け、許しを乞うのは彼女の方。出来るのは精々武器を奪われないよう抗う程度です。


 当たり前です。

 だってこれは殺し合い。駆除でも屠殺でもなく、どこまでいっても勝利の奪い合いなんですから。

 

 喧嘩一つせず育ってきたバニーが刃物を持ったとして、容赦なく他の生き物を殺せるか。

 例え相手が剥き出しの敵意を、殺意を向けてきたとして、その生き物にそのままの殺意を返せるか。


 答えは否です。

 まともな良心、倫理観があるのならまず傷つけるのを躊躇います。そして殺傷を拒絶します。

 

 バニーはラビットほど本能的な敵意を抱いていませんからね。それが当然で正常な反応です。

 ましてや相手はヒトガタ。喉から呻きを発し、二足で立つ生き物。比較的ヒトガタのバニーに近い形の、ある意味もっとも忌避感が強いラビット。

 普通の新人教育ならケモノガタやムシガタで慣らしたり、新人の様子を見ながら対応して育てたりして、その最後の試練としてヒトガタを当てるものです。

 

 けれどわたしはそうしません。

 それは育て方としては正しいかもしれませんが、同時にぬるすぎるとわたしは考えるからです。


 迷宮ダンジョンは他の命をり、自らの命を懸けて潜る生業。

 時には非情な選択を迫られ、昨日まで笑い合っていた友を失い、その責任だって背負わされるかもしれない。それが探索エクプロバニーなのです。

 近頃の温い教育で育ち、上層で完結する温い連中はその辺の認識が低すぎます。研修なんて実質無意味と言ってもいいくらいです。


 部屋と性格を見れば察せられます。スノウはきっと、両親から大事に愛でられて育ったはずです。

 そんないい娘だからこそ、わたしはより残酷に測ります。こういう過激なので心に傷を負わせると、後で罰金やら処罰もありますが知ったことではありません。


 だからわたしは容赦しません。この後、一生恨んでくれても構わないです。

 一匹も殺せなければ素養なし。三匹殺せるのなら才能あり。

 ここで芽吹くならそれも良し。ここで折れるなら仕方なし、むしろその方が彼女のため。

 例え奥底に比類なき、わたしが恐れ戦く才能が眠っていようと、この瞬間で出来ないのなら潰します。


 非情鬼畜最低バニーだと自負していますが、わたし的にはどっちでもいいです。

 そもそも探索エクプロバニーなんて所詮、物好き以外は好き好んでやる仕事じゃないです。どうしてなろうとしたかは知らないですが、さっさと折れてまともな仕事に就いた方が彼女のためです。


 ──さあスノウ、見せてください。あなたは果たして、どっち側なのかを。


「や、やめてっ……」


 ラビットゴブリンに囲まれて、武器を奪われまいと必死に藻掻くスノウ。

 まあ子供のじゃれつきと言っても限度はあります。あまりにまごついていれば、その汚れない命は一瞬にして赤く染まります。


「……駄目、ですかね」


 変わらぬ状況の中、スノウは恐怖に染まった目を向けてきます。

 まあこんなものでしょうと。彼女の救援に応えようと、腰に携えた短剣を抜こうとして──。


「や、やあぁ!!」


 その瞬間、スノウはゴブリンラビットへ向き直し、上擦った咆哮を上げながら大きく体を回し、纏わりついていた三体共を振り払います。

 

 弾かれるように転倒したゴブリンラビット共。

 そんなラビット共を前に、スノウは剣を強く握り、一瞬の迷ったあとに二匹の胸へと刃を突き立てます。

 

 一回、二回、三回と。

 容赦なく、残酷なまでに突き続けた果てに、力なく横たわり絶命するゴブリンラビット。

 仲間一匹の死によって、追い詰める側から追い込まれる側へ。

 立場が逆転した二匹は、恐怖のままに後退り、そのままなりふり構わず逃亡していきます。

 

「はあっ、はあっ、はあーっ」

「……意外です。よもやれるとは、正直思わなかったです」


 流石に追う気力までは残っていないのか、息を荒げてその場に佇むスノウ。

 そんな彼女に少し驚きながら地面を蹴り、即座に二匹に追いついて連中の首を刎ねてすぐ、倒れそうになっていたスノウを抱き支えます。

 

「お疲れ様です。よく頑張りましたです」

「せ、せんぱい、わたし……」

「大丈夫です。立派でしたよ」


 腕の中で消耗しきった白髪の少女に、わたしは頭を撫でながら心の底から労います。


 確実に命を絶つなら急所を狙えとか、一匹に全霊を注ぎすぎだとか。

 細かな注意なんていくらでもありますが、そんなことはどうだっていいんです。初めて自分で命を狩るときなんてのは、身も心も憔悴しきって当然です。


 ……しかし、よもや本当にってみせるとは。

 自分で言うのもあれですが、正直スノウはあのまま恐怖に呑まれて折れてしまうと思っていました。


 侮っていたのは、見くびっていたのはわたしの方です。

 勝手に無理だと決めつけて、向いていないだろうなと見下して、勝てないだろうなと信じずに。

 教育係だからってどこまで思い上がってやがったのでしょうか。まったく、いつになってもダメダメバニーですねわたしは。


「わたし、わたしぃ……すぅ……」

「疲れているとはいえ、迷宮ダンジョンの中で寝てしまうとは。これは教えることが多そうです」


 寝息を立てるスノウに微笑みつつ、温かく小さな体を背中に負ぶって帰路につきます。


 殺生の罪悪というのは直後より落ち着いてからの方が試されるのですが、まあそこは後回しで。

 ひとまずはこの小さな探索エクプロバニーの芽吹きを喜びましょう。

 

 そして決めました。

 この依頼にどんな思惑があろうとも。この娘にどんな背後があろうとも。

 スノウはわたしがこの一ヶ月で、必ず一人で上層を歩ける探索エクプロバニーに育て上げてやります。

 

 基本ぼっちで周りなんて気にしない、そんな単独ソロのわたしが気に入ってしまったのです。

 精々後悔してください、スノウ。そして今は安らかに眠っていてくださいです。


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