居候ですが教育開始、です

「……い、……んぱい?」

「うーん、そこ触っちゃ駄目ですよメテ……。わたしまだまだ生娘バニーですぅ……」


 ああ駄目、そこはだめっ。

 わたしのおみみがぁ。キュートでチャーミングな愛の塊たるおみみにこのようなぁ、ふにゃあ……。


「うーんうーん……」

「せんぱい!」

「うーん……はっ! ってんれぇ、夢ぇ?」


 小鳥ラビットが歌うように鳴き、適度に窓から差し込して目覚めを促す陽光。

 側に置かれた時計、その短針が示すのは七の数字。

 寝坊とは無縁な朝早く。不規則極まりない普段から考えられない、実に健全な時間の起床です。

 

 儚げな少女に体を揺らされて目の覚めたわたしは、寝惚け眼のまま体を起こしてぐぐぐと体を伸ばします。


 昨日はこの起こしてくれたスノウの家に泊まり、まこと至福な一晩を過ごしたんでしたっけ。

 美味い手料理! 広くて綺麗な風呂! でかいベッド!

 良いマンションのこんな広い部屋に一人暮らしらしく、ホテルで丁重に扱われているみたいで幸せでした。一人で暮らしているのにダブルサイズのベッド、これで金持ち具合を察してもらいたいものです。

 

 しかし早い、早すぎます。

 せっかくのふかふかベッド。ちょっと前にトリハの家に泊まったとき以来だったので、せめてあと三時間はすやすやしていたかったんですが……まあ人の家で何様って感じですね。相手がトリハだったら気にしないんですけど。

 

「おはようです、スノウちゃん。起こしてくれてありがとうです」

「おはようございます。……あのせんぱい、魘されたけど大丈夫ですか? 枕、合いませんでしたか?」

「あーいや、むしろ快眠過ぎたと言いますか。ともかくこんな豪勢なベッドに不満なんてなかったです。なので気にしないでください、です」


 心配してくるスノウに気にしないよう言いつつ、シャワーを借りるために浴室へ。

 身につけている下着を適当に隅っこに脱ぎ置き、昨夜も借りた綺麗な浴室へと入って汗を流します。

 

 あーあったかい。朝シャワーとか金持ちみたい、冷水じゃないのも高得点です。

 

 しっかしひでえ夢見ました。具体的に述べる気はないでしたが、まさに悪夢の一言でした。

 いくらわたしが未通、経験なしの耳年増だからといってあんな夢を見ることになろうとは。グッドな寝具のおかげで体は軽いのに心が妙に重いです。

 

 大体相手があの腐れバニーってのも不服極まりないです。よりにもよってどうしてあいつなんでしょう。

 きっと昨日新聞であいつの顔を見ちまったせいです。どこまで憎らしいやつです。寝汗と一緒に綺麗さっぱり流してしまいましょう。


 そんなわけで、優雅なサービスシーンを終えまして。

 全身でタオルで拭きながらリビングへ戻ると、テーブルから何やら良き匂いを漂わせるじゃありませんか。


「あ、せんぱい! ご飯出来たので……はわわっ、せんぱい服っ!?」

「ん、ああ申し訳ないです。あんまり快適なんでつい気ぃ遣い忘れたです」


 はわわと顔を赤くし目を押さえるスノウに謝りつつ、ちゃっちゃか着替えを完了です。

 しかし仮にも同性の、それも起伏の少なく傷物なバニーの裸でそこまで動揺せずともいいのにです。

 この綺麗な部屋といいやっぱり相当な箱入りバニーなんですかね。それで探索エクプロバニーになるってのは、一体どんな素性を持っているのやらです。


「いただきます。……うーん美味しい!」

 

 まあ、朝っぱらから考え事なんて疲れるだけです。

 どうせ無駄な思考なので捨て置いて、さっくり席に着き、二人揃って手を合わせて食事を始めます。

 味噌汁、焼き魚にんじん、にんじんの和え物。

 見た目と味、共に良し。どれも作り手の細かい心遣いを覗かせる、朝にぴったりな優しい美味です。

 

 料理の腕は昨夜でとっくに信用していましたが、まさか朝もここまでだとは意外です。

 気立て良く、容姿も端麗、料理上手、おまけに実家も太そう。

 きっとこの娘は将来いいお嫁さんになります。だから叶うなら探索エクプロバニーなんて野蛮な仕事なんて考え直して、その腕を生かせる料理バニーにでもなってほしいんですが……まあそんなわけにはいかないんでしょうね。


「ごちそうさまです。いやー宿だけじゃなくて飯まで貰って申し訳ないです」

「い、いえ! こちらこそありがとうございます! 実は誰かにお泊まりしてもらったり手料理を振る舞うの、一度でいいからやってみたかったんです!」


 一宿一飯のお礼を言うと、スノウはいえいえと両手を振ってお礼を返されてしまいます。

 うーん。転がり込んでおいてお礼を言われると罪悪感がすごいです。

 トリハなら遠慮なく罵倒し、せめて家事の一切をやれと押しつけて出勤しやがりますからね。まあ妥当な扱いです。


 ……ま、お泊まり会が目的じゃないんで、そろそろ準備しましょうかね。


「んじゃまあ一息ついて、準備したら出発です。あ、流石に申し訳ないんで洗い物はこちらでやりますね」

「お、お客様にそんな……!! え、行くって……?」

「決まっています。我々の職場にてあなたの地獄、つまり迷宮ダンジョンです」


 締めのにんじん茶を嗜みつつ、無駄に決め顔で一言。

 決まりました、我ながら先輩らしい態度。宿も食事も世話になって何様なんですかね、わたしは。






 逆天塔リバースタワー上層、地下三階。

 空高くまで伸びているくせに入ってしまえば降りるしか出来ない、そんな奇妙奇天烈摩訶不思議な迷宮ダンジョンの中をわたし達は歩いています。


「け、結構人がいるんですね……」

「まあそうですね。上層は所詮、小銭稼ぎ中心の小物共ばっかりです」


 まあそれでも、すれ違う連中の注目を集めちまうのは仕方ありません。

 何せ探索エクプロバニーには珍しい美バニー、それも一人はこのわたしです。

 そもそもわたしが上層も上層で活動しているのが稀。そりゃ目立つのは当然というものです。


「ここでクイズです。迷宮ダンジョンの基本的な構造についてどうぞ」

「え、はい! 迷宮ダンジョンは基本上層、中層、中層深部、そして下層に分けられています!」

「正解です。けれど一つ留意してほしいのですが、これは管理団体ギルドが定めた区分であって、迷宮ダンジョン自らが示したものではないということです。これを理解していない探索エクプロバニーは必ず手痛い失敗をします。必ずです」


 ここ大事と露骨に念押しすれば、スノウちゃんはごくりと唾を呑んで頷いてくれます。

 うーん可愛いです。随分と久しぶりですが、新人に教えるってのも中々悪くない気がします。


 まあどこまで神秘的だろうと建物である以上、外も中も差異があるのは当然です。

 迷宮ダンジョンと大きく括られてはいますが、感覚的には全部別カテゴリーと思うべき。それは管理団体ギルドの講習で叩き込まれるものです。


 ある迷宮ダンジョンで中層深部に安定して潜れるような実力者が、他の迷宮ダンジョンの中層で呆気なく命を落としたみたいな例だってそこそこありますからね。

 実際、探索エクプロバニーの大半は同じ迷宮ダンジョンに潜り続けるというのが管理団体ギルドの統計で明確化されており、わたしの持論のみというわけでもないのです。

 

 まあその中でも逆天塔リバースタワーは階層、区域事に大きく様相の異なる優しい迷宮ダンジョンです。


 地下三十階までが上層。

 三十一階の安全地帯、三十二階から五十階までが中層。

 同じく五十一階の安全地帯、五十二階から七十階までが中層深部。

 そしてその先のこそが下層。この前わたしが迷い込んじまった、逆天塔リバースタワーにてまだ入り口すら見つかってない未到達領域。


 実に分かりやすい。塔なだけあって上の階層ほど広く、新人向けとよく言われるものです。

 その中で、安定して日雇いバイト程度に稼げるのは五階層から。

 つまりその上、この三階層で粘っているバニー共はその基準に達していないというわけです。


 とはいっても新人、実力不足、適性なし、暇潰しなど。

 そんな感じで人ごとに色んな事情がありますけどね。現に今、わたしだってリハビリと教育で歩いてるわけですから。


「大事なのは自分の限界を見極め、受け入れ、身の丈に合った階層で稼ぐことです。等級や区分など、管理団体ギルドが定めた規格を鵜呑みにしないのは当然として、迷宮ダンジョンの中では強さイコール生き残るではないのを肝に銘じて欲しいです」

「は、はい!」

「まあ疑うだけなのも失敗を招くんですけどね。結局は情報とその真偽を正しく分けられる頭こそが武器って話です」

「はい! せんぱい!」


 重い感じにならないよう軽い口調で締めくくると、スノウは元気に返事をしてくれます。

 

 いやー聞き分けのいい生徒ってのはいいですね。前までの阿呆共も見習って欲しいものです。

 ……しかし、ふむ。我ながら先輩らしく振る舞えてますね。

 わたしがわたしとは思えないくらいです。それだけスノウの後輩力が高いんですね、多分。


「さて、道中の所々にて探索エクプロバニー共が戦っていたのはラビットゴブリンやらラビットコボルトです。ここでまた一つ、随分と常識的な質問をしますが、ラビットとは何を指すでしょう? 簡単に、簡潔に、一言でどうぞです」

「え、えっと……一言でだと……バニーではない生き物……ですか?」

「また正解です。花丸あげちゃいます」


 そんな話をしていると、またも出くわす新人らしき探索エクプロバニーと子供みたいなラビット。

 やはり上層の上層はよそのバニーと被って嫌だなと思いつつ、せっかくなのでと質問したら凡そ求める答えが返ってきたので、とりあえずの百点をあげちゃいます。


 ラビット。それは同じうさ耳を生やしながらも、我々バニーとは違うとされた生物の総称です。

 

 ヒトガタ、ケモノガタ、ムシガタ、サカナガタ、ナゾガタなど。

 多岐にわたる種族種類。

 世界全土で見てしまえば、我々バニーこそが少数派となるほどの生き物たち。それらをまとめて呼んだのがラビットというわけです。

 

 とはいっても、我々バニーとの違いなんて単純。

 認識された瞬間に敵対するか否かとか、種類種族で察するとか、共通言語であるバニー語を発するかどうかぐらいなもんです。


 そんな誰もが感覚的に区別していながら、明確な線引きを問われると若干考えてしまう区分。

 分かりやすいようで分かりにくいのは両者の源流、つまり上位存在にうさぎ様が位置するからだと一部の学者共は唱えていますが実際はどうなんでしょうね。おっと、話が逸れちまいましたです。


迷宮ダンジョンにて自然発生するのはラビットのみ。なので基本的には殺るか殺られるかキルオアキル、それが迷宮ダンジョン内におけるバニーとラビットの鉄則にして大前提です。わたし達探索エクプロバニーは迷宮ダンジョンのラビット共を狩って資源へと変え、迷宮ダンジョンから資源を貪る略奪者。よそから見れば荒くれ者であると、それをしっかりと覚えていてください」

「は、はい!」


 大きな返事ではありますが、その割にちらちらと、そしてびくびくと後ろを窺ってしまうスノウ。

 まあよその戦闘が気になるのは新人にあるあるなので仕方ないことです。

 それにどうせ、周りを気にする余裕なんてなくなります。せめて今くらいは観光気分でいてもらいましょう。

 

「ま、言葉にしたり頷くのは簡単です。本当の適性の有無は今から否応なく突きつけられます」


 そんなしばらく歩き、周りにバニーの気配がない通路に出ます。

 この辺りでいいかと思っていたら、そいつはちょうど客を待っていたかのように発生ホップしやがります。


「あ、あれは……?」

「小型のラビットゴブリン三匹、今からあれを殺してもらいます。出来なければ才能なしと判断します」

「……えっ?」

「どんな方法でも構わないです。持ってるショートソード、殴り蹴りのステゴロ、わたしが思いつかないような奇策でも構いません。殺してください、さあどうぞです」


 スノウはわたしの言葉に顔を強ばらせ、固まってしまいますが関係ありません。

 もっと優しくも出来ますが、まどろっこしいのは苦手なんです。


 小型のラビットゴブリン。二足、ヒトガタ、見てくれどおりの子供レベルな単体最弱ラビット。

 だがそれ故に厄介。何故ならケモノガタやムシガタでなく、最もバニーを惑わす形。


 ──だからこそ、適性審査にふさわしいです。

 さあ見せてください、新人バニースノウちゃん。場合によっては、あなたの探索エクプロバニーライフはここで終点です。


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