こここそ我らがカナリヤ支部、です

 退院と臨時収入祝いにトリハへ借りていたお金を返し、更に何かしら奢って好感度を上げるつもりだったけど盛大に失敗しちまいまして。

 結局トリハは全額払って店から出た後、一言もなく弁解すら許してくれずに帰っちまいました。

 

 去り際のあの目、あれはまじでやべーやつです。

 最早怒りや呆れや恨みを通り越し、飼い主が決まらず檻の中で縮こまるドッグバニーを見るかのような哀れみだらけの目。あれは高校時代、あいつとやらかして本気で怒らせちまったときと同じ目でした。


 ……まあ今はどうにもならないですし、この件は一旦保留という名の先送りで。

 次尋ねるときまでに少しでも好感度が回復していることを願うばかりです。わたしみたいなぼっちバニーと違ってあっちは普通に友達いますからね。そろそろ交友関係切られそうで怖いです。

 

 しかし今日どうしましょうかね。

 好感度稼いで泊めてもらおうと考えていたんですが、これはどこかでダンボールにくるまって一睡ですかね。


「……あいっかわらずごつい建物。控えめに言って可愛くねえですね」


 そんなわけで、若干重い足取りで到着したのは無駄にごつい白石の建物。

 管理団体ギルドカナリヤ支部。我々探索エクプロバニーにとって切っても切れず、必要なのは分かってるけど素直に認めたくない、まさに腐れ縁と言い表すのがふさわしい場所です。

 

 せっかくの休日、完全オフにどうしてこんな場所に来たかと言えば単純明快。

 何てことはなく、管理団体ギルドに呼ばれたからです。逆に言えば、それ以外で来る理由なんてないです。


「うへえ人多い。もう昼過ぎなんですから、とっとと帰ればいいですのに」


 中に入り、相変わらず活気に満ちた空間に辟易してしまいます。

 どいつもこいつも一般企業の休日なんてお構いなし。これこそ個人事業の光であり闇なんでしょう。

 まあその点、わたしはきちんとお休み作ってますけどね。肉体こそ資本な探索エクプロバニーで休みなしとか阿呆のやることですよ。


「おいおい! 噂のお騒がせバニーが来やがったぜ!」


 とっとと受付に行き、用とやらを済ませて帰りましょうと。

 休日返上の滅入ったテンションで受付まで向かおうとしたわたしの耳に、耳障りな大声が届いてしまいます。

 笑うだけならいざ知らず、面倒にもずかずかとこちらまで近寄ってくる声の主。

 マセカ。如何にもな名前と風貌なくせしやがるくせに、生意気にもそこそこやれる探索エクプロバニーが絡んできやがりました。


「……なんだ、マセカですか。わざわざ絡みに来やがって、何の用です?」

「おいおい、何の用とは失礼だな。話題のバニーが復帰してきたから、退院おめでとうって同業として挨拶してるだけだろう?」


 鬱陶しくも進路を遮るように立ち、否応なく向かい合ってくるマセカ。

 そんなうざい同業者の登場に、思わずクソほど大きなため息を吐いてしまいました。


「はっ、何かと思えば僻みですか? まあ徒党を組んで中層止まりな連中と、わたしみたいに人の目を惹くハプニングに巡り会える運命バニーに嫉妬したくもなりますよね?」

「僻みぃ? ああ、安定性皆無で新聞に間抜け顔晒してるようなぼっちバニー、羨ましいことだな。堅実探索やってる身としては見習いたくなっちまうよ」


 …………。


「ああ?」

「です?」


 わたしとマセカはメンチを切り、互いに一歩も退かずにガンを飛ばし合います。

 

 当たり前ですが、入院中は欠片も感じなかった刺すよう緊張、戦意、圧に敵意。

 でもこれですよこれ。この刺激こそがわたしの居場所、探索エクプロバニーが吸うべき空気ってもんで心が騒ぎやがります。

 探索エクプロバニーなんて気取った職名ですが、所詮大部分は安定した雇用への適正がないごろつき共の日雇いバイトですからね。当然わたしも例に漏れず、こうでこそって感じです。


「……ちょうどいい、久しぶりに顔貸せやデスバニー」

「上等ですよカマセ野郎。復帰前にリハビリ用のおもちゃが欲しかったんです、提供ありがとうございます」


 実にむかつく二つ名を上げられちまえば、最早待ったなんて聞かずに一直線。

 そんなわたし達への周囲のざわざわなんてどうでもよく。

 マセカのお誘いに乗り、このまま修練場で肩慣らし兼ストレス発散でもしてやりましょう。



「止めたまえ、そこの二人。こんな所で騒いでいたらみんなの迷惑だよ?」



 そう思っていましたのに、邪魔しやがりましたのは凜とした中性的な声。

 どこにでもいそうな声のマセカと違い、詩人みたいにえらく透る声は、振り向かずとも誰だかすぐ分かっちまいます。


 ちっ、品行方正バニーめ。余計な声掛けしてんじゃねえですよ。


「……なんだ、誰かと思ったらジャベマルですか。いちいち邪魔しないでほしいです」

「茶々入れてくんなよ優等生。まったくこれだからジャベマルは」

「その呼び方は止めてくれっていつも言ってるだろ!? っていうか君達、ほんとに喧嘩してたんだよね!?」


 わたしの背丈が小、マセカが中だとすればその男は大。

 モデルみたいな整ったスタイルに、どこぞの腐れバニーと似通った垂れ気味な耳の金髪美丈夫。

 高身長、高収入、高学歴かは知らねえですがまあそんな雰囲気はある3K男の名はジャベマル。

 このカナリヤ支部を拠点とする探索エクプロバニーでもっとも力と信頼あるパーティ、小さな足跡バニーフットのリーダー。つまり実質的にカナリヤ支部で最強的なやつです。


 性格は実に品行方正、温厚篤実。探索エクプロバニーには珍しい平和主義者。あまりに酷いやつでなければ誰にだって優しく、今時珍しいほど迷宮ダンジョン攻略に精を出す、まさしく優等生みたいなやつです。

 ちなみにこいつが言うとおり、ジャベマルは通称でありあだ名です。普通に本名は覚えてますが、発音が面倒な程度には長いのでジャベマル採用です。

 

「き、君達ねぇ……!!」

「おいおい三馬鹿。てめえら顔揃える度に騒がねえと気が済まねえのか?」

「げっ、ギルマス」


 そうしてタイマンが三つ巴に発展するかと思いきや、更に邪魔しやがるのは大柄のハゲ。

 いやハゲというのは語弊がありました。こいつは自主的に剃ってるからハゲではなくスキンヘッドバニー。

 つまりはバニーのくせに自ら毛無しを選んだ、ある意味勇者みたいな益荒男。

 それがギルマス。このカナリヤ支部のギルドマスターであり、昔は二番星と優れた探索エクプロバニーだった野郎です。


「ギルマス、何か目に隈付いてますよ? お疲れです?」

「誰かさんのせいで忙殺されそうなんでな。今日呼んだやつなんだが知ってるか?」


 うーん知らないです。そんな不届き者の顔、是非とも見てみたいものです。


「ラビ、マセカ、そしてジャベマル。仮にもこのカナリヤ支部の攻略がしらが揃いも揃ってくだらねえ揉め事してんじゃねえよ。てめえらがそんなんだと周りへの示しが付かねえじゃねえか」

「申し訳ないです……ってギルドマスターもジャベマルって呼ばないでください! 僕にはジャルベルマールって立派な名前があるんですよ!?」

 

 しゃーないです。だって長すぎます、ジャルベルマールなんてジャベマルで十分ですよ。


「ほらてめえらはとっとと報告して帰れ。そしてラビ、てめえはとっとと来い」

「ちっ、覚えてやがれよくそバニー」

「一昨日来やがれです。いーっだ!」


 ギルマスに首根っこ掴まれて、借りてきた猫バニーみたいに連行されてしまいます。

 遠のいてく不満気なマセカに舌出して勝ち誇り、ギルマスの手から逃れて自分で隣を歩きます。

 

「てめえらいつもそうだよな。実際仲悪いのか?」

「その時その場面次第、そんな程度の仲です。そんでギルマス、用って何です? ……わざわざ部屋で話す内容って、大体がクソほど厄介事な気がするんですけど」

「そうかもな。まあいいじゃねえか、そんなことはよ」


 くそほど雑にはぐらかされながら、応接間へと入ります。

 対応にむかついたのでいち早くソファの上座に座ってやろうしたら、そこには何故か先客が。


 ソファですやすや涎垂らして眠ってやがるのは、真っ白というよりかは青みがかった白髪の少女。

 歳は恐らく十代。高校、いや下手したら中学生かもってくらいあどけない顔立ちです。


 膝に置いている短剣的に探索エクプロバニーなんでしょうけど、誰なんでしょうかこの娘は。

 管理団体ギルドでも見たことない、というかあのむさいやつばっかの場所で目にしていたら忘れようがないと思うんですけど。


「なんですこの儚げ美バニー。まさかギルマスの隠し子?」

「違えわ! ……起きろスノウ、連れてきたぞ」

「ふえぇ? ……はっ、おはようございます! はひっ!」


 普段探索エクプロバニーに怒鳴るギルマスとは思えない、そんな優しい声をかけつつ揺らして起こすと、白髪の少女は元気に挨拶しながら飛び起きやがります。

 きょろきょろと、わたしとギルマスを交互に見てから、恥ずかしそうに顔を赤くしてしまう少女。

 そんな可愛いバニーを前にギルマスは何とも言えない目を向けつつ、どさりと向かい側のソファに座りやがります。


「ラビ、お前にはこいつの教育に付いてもらいたい。期間は一ヶ月。こいつを独り立ち出来る……まあそうだな、上層を一人で歩ける程度にまで育てて欲しい。これは個人的な頼みでもあり、管理団体ギルドからの指名依頼でもある」


 テーブルの上にあるポッドでお茶を淹れていると、そんな話をしてくるギルマス。

 うげっ、まじすか。よりにもよって指名依頼なんですか。

 まあそれ自体はたまにあるので別にいいです。いいんですけど、問題は内容の方なのです。


「……教育? わたしが? この娘に?」

「そうだ。おまえが、こいつに」


 自分を指差し確かめるが、ギルマスもまたわたしを指差して肯定してきます。

 事実も事実なので返す言葉もありませんが、それにしたって人に言われるとクソむかつきますね。

 こういうときは気を静めるために茶でも飲みましょう。……はあっ、この味は緑にんじん茶ですね安らぎます。


「……すみません、ちょっと用事思い出しました。恐らく数日は戻ってこない気がしますので、今回は他の方にお譲りしま──」

「ほう? なら仕方ない。管理団体ギルドが請け負ってやってる法的処理やら補償やら、それらを全て打ち切ってお前に回してやっても──」

「なーに言ってるんですか! 恩義あるギルマス様の頼みを断るなんて不義理、わたしめが働くわけないですよもうー」


 最高速でお断りして終わりにしようと思いましたが、残念ながら出来そうにないです。

 クソがです。ほらっ、隣の美バニーちゃんがきょとんとしちゃってます。……クソがです。


「……まあ冗談は置いておきまして。よりにもよってわたしに教育頼むとか、正気です?」

「そうだな。カナリヤ支部一の問題児、デスバニーのラビの指導なんて受ける新人側が可哀想なほどだ」

「そのクソみたいな通り名で呼ばないでください。それならまだびっくり箱の方が数段ましです」


 何がデスバニーですか。生憎そんなに死を振りまいてねえっつーのです。

 

 しかしまあでしょうね。共通認識がそれで良かったですよ。

 こちとら指導なんて適正なしもいい所。かつて三人ほど指導交代を宣告され、管理団体ギルドに罰金まで請求された実績ありの教え下手です。それを忘れて頼んで来ていたのなら、いよいよ管理団体ギルドもおしまいってもんです。


「新人教育ならジャベマルの方が適任ですよ? あっちに丸投げしません?」

「あいつらは今、お前が報告してきた穴の調査で手一杯でな。そもそもそっちが空いてるなら、お前にこんな話は振らねえよ」


 ギルマスは渋々といった様子で首を振りやがります。

 まあ確かにあの優等生の一団なら喜んで引き受けて終わりです。そうならないってことはそういうことですよね。残念です。

 

「ふーん。で、なんで次がわたしなんです? 最低条件が二番星だとして、それでも適任なんてそこそこいるでしょう?」

「強さだ。お前はどうしようもないほど問題児だが、それでも逆天塔リバースタワーの中層を一人ソロで歩き、中層深部にも届きうる探索エクプロバニー。カナリヤ支部でも上位且つ最低限の良識があると見込んでいるからこそ、こうして話を持ってきたわけだ」


 不本意だがな、と最早本音を隠そうとしないギルマス。

 正直で実に結構です。仮にも管理団体ギルドの職員としてその態度はどうかと思いますが、まあこの人に実力を褒められるのは悪い気はしないです。むしろちょっと照れます。


「……まあ、腕を買ってもらえるのは嬉しいです。どうもです。ちなみにネタ抜きで断ったらどうなります?」

「そうなったらブレイカーに頼むことになる。どうだ?」

「あー、それはちょっと災難ですね。別にハズレではないんですが、年端もいかない少女にはノリも空気も合わないですからね」


 名を出され、脳裏に浮かんできたクソマセカの顔をぶんぶんと振り払います。

 ちなみにブレイカーってのはマセカが率いるパーティの名前です。中層でまごつく連中にしては大層な名前ですよね。わたしは好きです。


「……ここだけの話、お前にはしばらく目立った行動を控えてもらいたい」

「というと?」

「先日の件が上の方で予想以上に大きくなっていてな。まあ長い歴史においても侵入すら叶わず、その扉すらも発見されなかった逆天塔リバースタワーの下層。そんな未踏の地への兆しを見せたんだから、注目を集めるのは当然だろうがな」


 ギルマスはそう言いながら、これ見よがしにトリハと同じ新聞の一面をテーブルに置いてきます。

 

「こんな状況で何かしら問題を起こされると非常に面倒臭いんだ。最悪の場合、いつもの感覚でやらかされただけで即クビにしなきゃならねえ。お前だって職なしになるのは嫌だろう?」

「……まあ、はい。そういうことなら、仕方ないです」


 あーまあ、そう言われちゃ納得。言い返す余地が欠片もないです。

 わたしとて心あるバニー、ちょっとは申し訳ないと思う気持ちもあったりします。

 

 実際こうして騒ぎになりましたしね。まあ自分から情報売ったんで因果応報的なやつですけど。

 出禁ならまだしも資格剥奪はマジ勘弁。なので当分は大人しくしてましょうかね。

 この道失ったら夢だけでなく現実も立ちゆかず、明日の家とか飯とかすら言ってられなくなっちまいます。


「ちなみに報酬は如何ほどです?」

「五十万の特別報酬だ。一月後、必ずこのと一緒に来てくれ」


 高っ。新人教育って一月でも十万~三十万が相場だったはずです。

 それに五十の特別報酬、つまり通常とは違う規定の報酬とは。これはいよいよ厄介事の気配を隠せなくなってますね。


 ……しかし、ふむ。

 この素寒貧状態で五十万、それも特別報酬の収入というのは非常にありがたいです。

 そんだけあれば当分は金に困らず、すっからかんになった自作道具達も補充可能。その上本カフェに泊まれるので、当分は屋根にも困らずに済みます。


「……まあ、いいですよ。その代わり、その娘が音を上げても文句言わないでくださいね?」

「少しは努力してくれ。いいか、くれぐれもこのを頼むぞ?」


 金には勝てず頷き、念押しされながらも依頼受諾と握手を交わします。

 しっかしこの小娘、可愛い顔してどんな厄ネタなのやら。わたしが見ている間に爆発しないことを祈るばかりです。


「あ、あの! スノウと言います! 先ほど三番星になりました! ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いいたします! せんぱい!」

「ご丁寧にどうも。わたしはラビ、二番星の探索エクプロバニーです。これから一ヶ月、よろしくです」

 

 立ち上がって行儀の良い、九十度な礼をしてくる新人バニーことスノウ。

 そんな彼女に先輩らしく、まことキュートなにこやかスマイルを向けつつ握手を交わします。


 まあぴかぴかな軽装、如何にも新人って感じの装備です。

 背丈はわたしと同じくらいの小柄。胸は……ちっ、ガキのくせにいいモン持ってやがってよぉです。


 そんで三番星に成り立て。つまりは四番星仮免許での研修を終えたばかりの真っ白ぺーぺー、早速受けたのを後悔しちまいそうです。


 しかし先輩ってのは中々いい響きです。

 最近のルーキー共はどいつもこいつもわたしの悪評を聞くと逃げますからね。危機管理の上手いことでむかつきます。


 ……あ、せっかくだし良いこと思いつきました。今日のわたしは実に冴えてます。八十点です。


「……ちなみにですけどスノウちゃん。一人暮らしだったりします?」

「えっ?」


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