雪星の降る頃に

奢る気持ちは本物、です

 バニゼリア。

 早い、安い、美味いをモットーに。

 老若男女問わず、そこそこの金さえ払えばあらゆるバニーが食事と休息を堪能出来るファミリーレストラン。

 そんな休日らしく少し家族連れが多い店の中にて、わたしは人目も憚らず、ひたすら肉を喰らっていました。


「それで一週間ほど入院して、今に至るって?」

「ふぉうなんれすよ、ごくっ。ほとんど怪我とかなはったのに、病院食とかくそ薄味ばっはりで地獄れひたよ。ごくっ」

「……ちゃんと呑み込んでから喋りなさいよ、行儀悪いわね」


 目の前でコーヒーを飲みながら、若干引いた目を向けて尋ねてくる親友バニー。

 落ち着いた黒髪に生えた白垂れ耳。ロリではないけど小柄なわたしとは違い、手足が長く胸もそこそこな美女バニー。

 彼女の名前はトリハ。友達の少ないこのわたし、ラビちゃんの唯一と言っていい親友です。もっともトリハがどう思ってるかは知りませんけど。


 まあそんなことはどうでもよくて、あーステーキ美味ぁ! これだから肉は止めらんねぇ!!

 最早拷問ってくらい味なかった、あの忌まわしきふやふやなおかゆ(にんじん味)から解放されてまず食べたかった肉の味にまじで感激です。

 あれはにんじん味ではなくにんじん風味、いや香りさんにも失礼なくらい何も感じませんでしたからね。我ながらよくぞ七日も耐えましたと、今日は褒めて労ってあげましょう。


「っていうかなんでステーキばっかなのにファミレスなの? そんなに食べたいならせめて肉屋に誘いなさいよ?」

「何言ってんですか、それじゃ高くなるじゃないですか。庶民以下のバニーにはファミレスの加工肉が十分ですよ、はむっ」


 かー! これだから安定した雇用に就いちまいやがった公務員バニーは!

 どうせ休日にはオシャレなカフェなんて行って優雅な時間を過ごしてやがるんでしょう? 

 羨ましいこっですねぇ! わたしなんてファミレスすら滅多に来られない貧困ぷりですのに!! かーっ!!

 

「ぷはぁ、食った食ったーです! これで一ヶ月は頑張れます!」

「……七枚も食べるなら値段とか気にする必要なかったんじゃ」

「それを言っちゃあおしまいです! 自分でもびっくりなくらい貪っちまったですから!」


 そんなわけでぺろりと平らげて、多少膨らんだ腹を優しく撫でながら充足に酔いしれます。

 あー久しく食で満たされた気がします。こんなに食べるとは思ってなかったですが、やっぱり腹いっぱいってのは幸せですよ。

 

迷宮ダンジョンの気まぐれ……ねえ? で、実際の所どうなの?」

「本当のこと言いましたよ? 突然の崩落で下層っぽい所に落ちて、ゴーレム倒したら地面はパカッと開いて落とされましたって。……ほんとまじでそれだけですよ?」


 そんなわたしの下に、タイミング良く運ばれてきたデラックスにんじんパフェ。

 別腹のデザートの登場に歓喜し、どこから食べようかなとスプーンで突っつこうとしていると、トリハが紙を一枚ちらつかせながら尋ねてくるので普通に答えます。


『空から落ちてきたお騒がせバニーが語る驚愕の事実!! 探索エクプロバニー史上初侵入、逆天塔リバースタワーの下層とは!! 真偽不明の崩落は迷宮ダンジョンの気まぐれ、意志保有説に一筋の光!?』


 ばんとテーブルに置かれた一枚は連日新聞、大手の新聞の一昨日の記事。

 実に大きな見出しと共に、実にキュートなわたしの写真と取材内容が書かれた紙面です。


 あの後入院することになったわたしは、ベッドの上で管理団体ギルドと警察、あとは嗅ぎつけた連日新聞の記者の取材を受けることになりました。

 まあ当然でしょう。こんなにも可愛いバニーが空から降ってくるなんてめったに起きない珍事件ですからね。というか単純に事件ですし、事情聴取しない方が奇妙でしょう。

 

 もちろんうさぴょん様の部分は、絶対面倒なことになるのでお口チャックで。

 不思議にもあの高さから落ちたのに大した怪我なし、実質的に検査入院って感じでしたけど。

 その間に訪問してくる管理団体ギルドや記者の連中を追い払い続けるのも面倒だし、謝礼はたんまりくれるということなので、別段嘘をつくこともなしということでさっさと報告と取材に応じました。


 まあ仕方ないですね。

 だってそうしないとわたしが落ちた建物──ハンバーガーショップ、バニーバーガーに訴えられて破産どころか探索エクプロバニーの資格すら剥奪、果ては器物損壊やら何やらで逮捕されそうでしたもん。

 そんで逆に答えれば諸々プラスなんですから、どちらを選べば賢いバニーかなんて一目瞭然です。情報なんて隠してなんぼだとは思いますが、それで荒稼ぎ出来るほどのもんでもない程度ですから。

 

 それでも紆余曲折の交渉あり、最終的には賠償やら治療費は全体の一割ほどで。

 いやー流石は管理団体ギルド。冒険者泣かせの金食い虫、平時では底辺探索エクプロバニーの敵ですが困ったときは頼もしい味方です。

 というか普段高い保険に入らされてるんです。せめて有事くらいは仕事をしてもらわなくちゃなんで、これは当然の責務ってもんですよ。はむっ。


 ちなみに貰った短剣についてもシークレットです。

 せっかくの下層土産ですからね。今度馴染みの鍛冶屋にでも行って詳しくみてもらうつもりです。


「甘ぁい! クリーム最高ぅー!! これこそ我が世の春ぅ!!」

「……はあっ。あんたさぁ、もう二十越えたってのに、少しは真っ当に生きようとは思わないの?」

「思わないです。どうせ失うは我が身一つ。凡庸に埋もれて燻るだけなら、いっそ華々しく散るのみです」


 呆れながら訊いてきたトリハにクリームの乗ったスプーンを向けて、ばっさりと否定してやります。

 諦める? 真っ当に生きる? はっ、そんなのナンセンスにもほどがあります。

 夢を諦めること、それは死んだのと同じこと。願いを支えに生きられないなら、わたしはもうわたしじゃなくて抜け殻でしかない。それはこの前死にかけて、尚のこと痛感させられました。


「わたしはわたしの夢のために生きます。黄金にんじんのフルコース、必ずや成し遂げてみせますです!」

「ほんっと昔のまま、ガキのままね。……これで家なし借金ありじゃなきゃ少しは格好付くんだけど」

「ちっちっちっ。失敬ですね、今のわたしに負債はありませんよ。全方面に真っ白清算済み、健全に夢を追う探索エクプロバニーです」


 まあ追い出されて家なしなのはその通りなんですけどね。

 実際は今回入った取材代やら保険で滞っていた家賃をどうにか返し、立ち退くことを条件にどうにか訴えられずに済んだって内情です。

 おかげで今回の取材代もすかんぴん。結局追い出される前の無一文状態と大差ないどん詰まりってのが現状なので、明日からは変わらず貧困です。


「じゃあせめて、くらい強くなってから言いなさいな。今のままじゃ黄金にんじんどころか宝石にんじんすら夢のまた夢よ?」

「うっ、あいつのことは良いじゃないですか。所詮はもう終わった仲、元トモです」

「よくない。というか関係抜きにしても、一端の探索エクプロバニーなら同業者のことくらい知っておきなさいよ」


『またもやった! 流星キルメテオ、中層深部から見事凱旋!! 二番星七強の中でも突出か!?』


 ご丁寧にもう一枚、今度は今日の新聞をテーブルに出してくるトリハ。

 そこに写真付きで掲載された金髪の垂れうさ耳な腐れバニーの記事が目に入り、ついパフェにスプーンをぶっ刺してしまいます。


 ……言われずとも知ってますよ。

 それなりでも情報の価値を知ってるわたしが、そんなニュースを知らないわけないじゃないですか。


 かつて喧嘩して、絶交して、別れて終わりの灰色青春。

 今はもう随分と遠き学生時代。服やら化粧品やら流行りの推しやら、そんなJK真っ只中な頃にわたしはトリハとあいつに出会い、そして道をたがえました。

 

 高校に入って初めて会った、わたしの夢を笑わないでくれた二人の変わり者。

 将来への恐怖なんてなく、がむしゃらに夢だけ見て、互いに切磋琢磨しながら邁進した日々。

 夢、目的、野望。

 それぞれがそれぞれの事情を抱えながら、勉強部活そっちのけで迷宮ダンジョンにひた潜りました。

 

 ……確かにあの頃は楽しかった。認めるのは癪ですが、残念ながらそれだけは変えようのない事実です。

 けれどそれは昔の話です。

 現実は残酷で、高校卒業と共に三人の道は綺麗に分かたれて、わたしは独りで迷宮ダンジョン攻略に勤しむ日々。

 トリハは大学を出て立派に社会人、あいつは若手探索エクプロバニーの中でもぶいぶい活動する期待株。けれどわたしは家なしの貧困バニー。控えめに言って泣けますね。

 

「……懐かしいわね。あたしとあんた、そしてあいつ。前衛三人とかいう変態パーティで迷宮ダンジョン探索に明け暮れた青春アオハルバニーず時代を」

「そんなに言うなら復帰したらどうです? 全然鈍ってなさそうじゃないですか。激情鉄槌ウォーパルが隣にいてくれればわたしは心強いですよ?」

「お断りよ。公務員は副業禁止なの、誰が好き好んで安定を手放したいもんですか」


 トリハはわたしの提案を呆気なく断り、今しがた届けられたにんじんケーキにフォークを入れます。

 ……そっちも美味しそうですね。量でパフェを選びましたが、実は失敗だったでしょうか。


「しかし現実ってのは本当残酷よね。同じ探索エクプロバニーでもこうまで差が付くんだもの」

「喧嘩売ってるんです?」

「いい加減仲直りしたらどうなの? 結局あれは、あんたが意地張ってたのが八割じゃない」

「嫌です。あいつはわたしの夢をけがしました。謝ったって許しません」

「……強情ねぇ。私からしたらどっちも馬鹿で終わりだけどさ」


 トリハは私の否定にやれやれと首を振りつつ、綺麗な所作でケーキを食べ進めていきます。

 ああ、あっという間に食べられていきます。特にそのちょこんと乗ってるスイーツにんじんがっ……ああ、口の中に。

 

「それじゃ、そろそろ私は帰るわ。精々死なずに頑張りなさい、デスバニーさん?」

「その名で呼ぶなです。ま、わたしも出ます。この後管理団体ギルド行かなあかんのです。面倒極まりないです」


 それからしばらく雑談し、ちょうどわたしがパフェを食べ終わった頃。

 同様にコーヒーを飲み終えて席を立つトリハに、わたしもそろそろ店から出ようかなと後に続いてレジへと向かいます。


「お会計一万と二千ラパンでーす」


 えーっと、はいはいちょっと待ってくださいです。

 合計が一万と二千ラパンで、財布の中には一万ラパンが二枚あっちゃう……あっ、えっ、あれっ?


「……あのー、綺麗で優しい、立派に稼いでいらっしゃるトリハ様ぁ」

「……なに?」

「実は……あー、ちょーとばかしお財布の中身を勘違いしてましてぇ。まことに恐縮ですが、何卒お札一枚ばかしお貸しいただけないかなーって。……あははっ」

「…………はあっ、はーあっ」


 一万ラパンだと思っていた一枚は、一桁少ない千ラパンという驚愕の真実に青ざめるわたし。

 実に申し訳なく両手を合わせ、出来るだけ罪悪感が伝わるようにお願いしてみますと、トリハは今日一番の、下手したら今年一番のため息と絶対零度の視線を向けてきます。

 ごめんなさいですぅ。ほんとに悪いと思ってるんでぇ、今度は滞納せずにきちんと返しますからぁ。……多分。


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