うさぎ様、つまり神様的あれです 3
「ありゃりゃ、もしかしてもう死んじゃってるー? こんな所で寝ると風邪引いちゃうぞー?」
もう視界は何も映さず。けれど女性の声が聞こえた気がします。
こんな状態にあってもえらくよく透った、他とは根本から異なる気がする音が。
まあでも関係ないです。その声が実在しようが幻聴だろうが、わたしはもう死ぬんですから──。
「仕方ないなー特別よー? 死んでないなら起きなさいー?」
ばしゃばしゃと。
声の主は酷く軽く、寝ているふりをしている子供に話しかける程度の気安さで、意識が消えゆくわたしの全身に液体を掛けてきます。
なにこれ冷たっ……いや、案外温い……?
「んれぇ、何なんですか一体……」
「あ、起きた。おはおはー、ちょーっと寝坊だぞー?」
全身を包んでくれるあったかい感覚。
何だと思い、目を開けて、うたた寝から目覚めたみたいに体を起こし──異常に気付きます。
痛みと違和感は多少残れど、何故か綿毛のように軽い体。
驚きで跳ね起きてしまい、やばいと後悔しかけますが、何故か激痛は訪れず綺麗に着地で十点満点。
間違いない、ぐちゃぐちゃにされたはずの体内の骨共が治っています。
それだけではありません。ぶらんぶらんと垂れるだけだった右腕もこうして自在に動かせちゃいますし、
まるでさっきまでの今際の際なんてなかったみたいです。
でも床や服、果ては額を撫でれば赤黒い血がべったりと付着しているので夢や妄想の類ではなく。
どうなってやがります? もしかしてわたし、実際はもう死んでいたり?
「ほんと感謝してよねー? なけなしでとっておきなにんじんポーションを振る舞ってあげたんだからさー。あ、違和感は我慢してねー? 死の淵からの超回復って一通常バニーの感覚じゃ追いつかなくてさー、神経やら魂やらが追いつくまでしばらく残っちゃうんだよねー?」
この瞬間の現状に、何一つとして認識が追いつかず戸惑っていたのですが。
そんなわたしにあっけらかんと話しかけてくる声を耳が捉え、すぐさまそちらへ向いてしまいます。
「えっと……えっ?」
「ん? どしたー? あ、わかった。さてはこのプリティなうさボディに見惚れちゃったな?」
向いた先にいた声の主。それは例えるなら、愛らしさの化身でした。
とても小さく、可愛らしく、触ればふわっふわ間違いなしな白毛の塊。
まさに神々しさと愛らしさの至高共存。わたし達バニー、或いはラビットでさえも手を出そうとは思わないかもしれない。されど庇護ではなく、頭を下げ敬うべき存在。
頭ではなく本能的にその存在への答えに辿り着いてしまいます。つまりそれは──。
「もしかして、うさ、ぎ様……? バニーの女神、うさぴょん様……?」
「ザッツライ! 第三うさぎことうさぴょんちゃん、ただ今絶賛謹慎中でーす!」
その名を、その存在を無意識に呟いてしまうも、目の前の尊い生き物は肯定してきます。
我らバニーにとって崇め、讃え、畏れられる十の方々。
もうこの世のどこにもいないけど、この世の誰よりも崇拝された存在。
それこそがうさぎ様。王みたいに権力を持っているわけではないけれど、偽ることすら本能的に忌避してしまう崇高な御方。この世に生きるバニーとラビットの上位存在が目の前の愛らしい生き物の正体なのです。
うさぴょん様はその十のうさぎ様の中でも、我らバニーの女神様として特に崇められている御方。
遙か昔に
「お、お許しくださいうさぴょん様……!! わたしは今、大変な無礼を……!!」
「うーん、まあいいじゃんそういうのー。仕掛けたのこっちだしー? むしろ君はよくやったよねー、みたいなー?」
慌てて両膝を突き、額を地面に擦りつけながら、とりあえず誠心誠意謝罪しまくります。
やべー、まじでやべー、やべーの極みです。
うさぎ様に不敬を働いたバニーの末路ってのは悲惨なもの。そんなの小学生でも知っているくらい当たり前の話です。何とか許しを乞わなければです。
しかしうさぎ様のお言葉の中に随分と、それはもう、恐ろしいほど気になってしまうワードが。
「あの、何卒発言をお許しいただきたいのですが……し、仕掛けたとは……?」
「ほら、あのうさう三号くんの頭部あるでしょ? あそこにすぽって入って操作してたんだーみたいなー?」
うさぴょん様は右の片耳を器用に傾け、後ろで倒れているゴーレムを示しながらそう仰います。
ゴーレムの頭部? わたしが倒したあのラビットの中に入っていて、それを操作していた……?
つ、つまりわたしは、うさぎ様に刃を向けてしまったと……そういうことです……??
「……びますぅ」
「んー?」
「腹切って詫びさせてもらいますぅ!! うさぎ様に刃物向け、あまつさえ私物を壊してしまったとあらば、最早命を以て償うしかうさ罰を免れる術は──!!」
や、やっちまいましたですーー!!
知らずとは言え、うさぎ様に手を出すとか王様に手を出すよりずっと恐れ知らずな蛮愚行ですぅ!!
ひええお助けぇ!!
どうせわたしで最後の家系だけど、それでも末代まで呪うのはやめてけれぇー!! 腹、この綺麗なお腹切りますから、どうかそれでこの度の無礼を手打ちにぃーー!!
「……はあっ。──平伏せよ」
半ば錯乱しながら傍に転がっていた短剣を掴み、腹へぶっ刺そうとしたその瞬間でした。
今までと同じ声。そのはずなのにまるで異なる、身も心も魂さえも圧し潰すほど重く厳かな一声。
大きくないその声が部屋内に響き渡り、わたしの手から短剣を落とさせ、再度この身を跪かせてしまったのは。
「──っ」
「ちょっと落ち着きなー? バニーのモツなんて献上されてもこれっぽっちも嬉しくないよー? というかー、せっかく治療したのに勝手に死なないでくれるかなー?」
冷や汗大量、恐怖ドバドバ。
全身に寒気が走り、震えが止まらず、声も出ず、己の意志の介在なく土下座をするだけ。
まさしくうさぎ様の威光の前にひれ伏し、ただお言葉を待つだけ。そんなわたしにうさぴょん様は、やれやれとばかりの呆れた声色で窘めてきます。
今、ようやく
これこそがうさぎ様。我々バニーが本能的に畏れ敬うべき、紛れもない上位存在なのだと。
「お、お許しを……!! どうか、どうかお許しを……!!」
「そんなに畏まられても困るんだよねー。別に正式な謁見ってわけでもないしー、お忍びしてたら正体ばれちゃって台無し的なー?」
必死に許しを乞うわたしに、うさぴょん様は気にするなとお声がけしてくださります。
けれどわたしに頭を上げる度胸はまるでなく、ひたすら頭を垂れるのみです。
「しっかしどうして来れちゃったのかなー? 上層……ああ、今は下層なんだっけ? ともかく扉は開いてないから入ってこられるはずないんだけどねー? 心当たりある?」
「ひゃい! え、えっと地面に穴が空いて、それで……」
うさぴょん様に質問を振られ、身を跳ねさせながら偽ることなく答えます。
だ、大丈夫でしょうか……? ありのまま正直にでしたが、今の答えで納得してもらえたでしょうか……?
「ふむふむ、なるほど穴かー。うんうんなるほど、そういうことねー。
わたしの答えを聞き、うんうんと頷きながら納得を見せてくださるうさぴょん様。
そんなうさぴょん様の様子に、どうやら一難乗り越えたのだと内心安堵の息を零した、まさにその瞬間でした。
ごごごと部屋全体が小刻みに揺れ始め、大型の機械が動き出したみたいな音が鳴り出す室内。
突然すぎる変化にあわわと、せっかく落ち着きかけていた内心が、それはもうといった勢いで動転していると、うさぴょん様はあーとため息を吐いてしまいます。
「ありゃりゃ、そろそろ時間かー。まあ不法侵入バニーだしねー。久しぶりだったし、もう少しくらいは会話したかったのになー」
「ふえっ?」
パカリと、ちょうどわたしが土下座している地面が開いて空色に……え、えっ──!?
「う、うさぁぁあ!?!?」
「ばいばーい。その短剣は記念品としてあげるからー。次は正面から、取るべき手順で来てくれるのを待ってるよー?」
重力の為すがまま、抗うことすら許されずに落下していくわたしの体。
上に伸びながら下へと潜る
上がることも帰ることも許さずに、そのままひたすら落ちてどっかの建物に墜落してしまいます。
「せ、先生っ!! 空からバニーがっ!!」
「……まじで、訳分からん、です。がくっ」
若い男の驚き声が耳に入るも、何が何やら分かるわけもなく。
ただただ恨み言を吐きながら、わたしはそのままばったりと意識を失ってしまいました。無念です。
────────────────────
読んでくださった方、ありがとうございます。
良ければ感想や☆☆☆、フォローや♡等していただけると嬉しいです。作者のやる気向上に繋がります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます