抵抗します、気合いです 2

「ここは誰……? わたしはどこ……? 世界で一番の美少女バニーは、もしかしなくともこのわたしです……?」


 脈拍のない、ある意味ご定番なうわ言を呟いちまいながら。

 それでも次第に、にんじんワッフルみたいふわっふわだった思考が少しずつ定まってくるのです。


 そうです、わたしはラビちゃんです。

 この世が慈しみ尊ぶべき美少女バニー。パパママに貰った銀髪青目を誇りながら夢のために迷宮ダンジョンに挑むも、今や路頭どころか迷宮ダンジョンのどこかで迷うダメダメバニーなのです。


 ……自分で言ってて虚しくなってきたのです。そろそろ現実に戻りましょうか。


「確か迷宮ダンジョンの床に穴が空いて、そこに見事百点で落ちて、そんでここはどこなんですかね?」


 ふっ、我ながらこのすらりとした美バニーボディが憎らしいです。

 覚えている限り、空いた穴の広さはちょうど一人分。掴めるほどの胸があれば、突っかかることも出来たやもしれぬ。……なんか、そう考えたら本当に憎くなってきますですね。けっ、駄乳持ちが称賛される腐った世の中めです。


「幸いにも足は捻らず、けれど依然持ち物は短剣とボロ鞄の二つだけ。その上ここは明らかに中層じゃない……これっぽっちも笑えない状況ですね」


 飛び起きて、ぴょんぴょんと跳ねながら周囲を見回してみます。

 壁から空気まで中層とは明らかに異なる様相。何というか、わたしなんぞが大変場違いな雰囲気。

 

 ……恐らくですが、認めたくないですが、ここは下層。

 新人にも優しい上層、わたしが普段活動している中層、そして中層深部の更に先。

 未だ踏破されていない、というかまだ誰も足を踏み入れることさえ叶ってない未知の魔境だと思います。

 

 あまりに絶望的状況。考えれば考えるほど詰みすぎて涙も涸れちまうです。

 装備万端があっても生存なんて絶望的、今はそれすらないんだから絶望なんて絶望のその先へ。

 確かに家賃滞納は悪だったのは事実ですが、それにしたって報いがでかすぎると文句を言ってしまいたくなるほどです。


 ……まあひとまず、この二足が無事だったのだけは喜ぶべきですかね。

 どんだけ落ちたのかは知りませんが、というかもう上は塞がってて穴なんてないんですが。

 それでも健脚ならば辛うじて、わたしの貯金レベルの矮小さでも生存の可能性があるわけです。

 

 いいじゃないですか。どうせ帰ったってご飯と住居、にんじんに困って死ぬだけなのです。

 それならここで命爆発、生涯二度とないくらいの奇跡に縋って生還チャレンジへとレッツトライ。何なら宝でも見つけて借金返済、更には一発逆転のドリームバニーに成り上がり! それで全部解決ってわけですよ!


「うおおやったりますよー! ……あっ」


 やけくそ混じりにテンションを上げ、つい吠えてしまった口を慌てて塞ぎます。

 通路を反響する美バニーボイス。耳が幸せになるかもしれない音の直後、山びこみたいに返ってくるのはわたしの声ではなく、どしんどしんと似ても似つかない重厚サウンド。


 一本道なので身を隠す場所もなく。

 反射で短剣構え、意識全部を近づいてくる音の正体に向けていると、すぐにその姿が見えてきます。


 それは一言で表すなら、でっかい鉄の塊でした。

 高さは大体わたし三人分で幅はわたし二人分なこの通路。そのいっぱいに収まる大きい体躯。

 ぶっとい鉄色の腕。同じくぶっとい鉄色の足。そして鉄でかっちかちなうさ耳。

 

 聞いたことがあります。中層深部にはゴーレムラビットという、鉄のからだをした摩訶不思議な怪物がいると。


 ここは恐らく下層、希望的観測でも中層深部の最下層。

 恐らくはそれ、またはそいつの上位種。少なくとも、短剣一本なわたしが勝てるわけもない相手。

 

 ──あ、これ無理です。何やろうが勝ち目なし、零計なんで逃げなきゃ負けってやつです。


「うさぁぁあ!!!」


 すぐさま短剣を仕舞い、背を向けて、一目散に全力ダッシュです。

 無理無理無理っ!! あんなんこんなちんけな短剣でどう相手にしろって!? 馬鹿も休み休み言ってくださいです!!


 止まったら死ぬ。捕まっても死ぬ。何ならなんかされても死ぬ。

 嗚呼うさぎ様! これからはもっと真面目に生きなくもないですからどうか、どうかこの場だけはお慈悲を──!!


「ぐべらッ!!」


 最早前なんて見ずにダッシュしていたら、の扉にタックル。

 そのまま勢いを殺しきれず、ゴロゴロと輪切りにされたにんじんみたいに転がってしまいます。


 あっぶねえです。ぶつかったのが壁じゃなくて、部屋に罠がなくてまじ助かったです。

 やっぱり前は見て走るもんですね、わたしらしくなく、ちょっとどころか随分と冷静さを欠いてました。

 

「……ああくそっ、やっぱり入ってきやがりますか。現実ってのはままならねえです」


 なおもずしんずしんと響き渡り、ついには追いついてくるゴーレムラビット。

 震える足で立ち上がり、軽く見回して、逃げ場はないと盛大に舌打ちしながら短剣を構えます。


 円形の部屋。部屋の奥には如何にもと言わんばかりの祭壇があるだけ。

 他に扉はなく、逃げも隠れも許してくれない内装。まさしく袋小路ってやつですね、くそがっ。

 

 というか、こういうのは通路で止まってくれるのが暗黙の了解ってもんじゃねえですか。

 これでも足には自信があって、通路で結構離したつもりなんですが、どうしてそんなにすぐ追いついてこれるんですかね。自信もプライドもズタボロですよ。


「こうなりゃやけです! やってやりますよ大番狂わせジャイキリ!! うらぁ!!」


 なけなしの勇気と度胸で自分を鼓舞しながら、短剣一つでゴーレムに進撃開始。

 この美バニーを掴まんと迫るぶっとい鉄腕をかいくぐり、自慢の足で部屋を駆け巡って飛び上がります。

 

 狙いは節。どうせ刃が通らないなら、せめて何とかなりそうな場所から。

 可動域を担う節を壊し、手足を封じてからどうにかとどめを刺す。ラビちゃん印の魔法道具が一つもない以上、それしか打開策はな──。

 

「ぐべらッ!!」


 無機質に繰り出されたのは、たった一振りの鉄の腕。

 心なく、機械的に、けれど慈悲も容赦もなく。

 ゴーレムラビットの腕がぶれたと思った瞬間には、既に直撃し、わたしの体は壁へと叩き付けられてしまいます。


 手からこぼれ落ち、からんと音を立てて砕けた刃と共に転がる短剣の柄。

 内にある空気を一切と吹き出させられ、わたしの体はずり落ちてからそのまま地面へ倒れてしまいます。

 

 ああくそっ、これじゃプライドだけじゃなくて骨もズタボロです。

 多分体の至る所が折れちまったようで、動こうって意思を持つだけで悲鳴を上げやがります。

 

 ……これはもう無理そうですね。激痛とか苦痛とかそういう次元じゃないです。

 

 諦観染みた楽観が、わたしの心をふわふわと覆います。

 痛みという機能なんて越えて、徐々に掠れていくのが自覚できるほど濁りきった思考。

 酷く冷たく、されどほんのりと温かく、どこか遠のく不思議な感覚。なるほど、これが死ってやつですか。


 目を閉じて、委ねてしまえばそれで楽になれると確信出来る沈没。

 どうせ勝ち目なんてないんだし、どう足掻いても無駄なら、せめて楽な選択肢で終わりを──。


「っせえ……!! わたしは、まだ、死にたくなんて、ねえんですよッ……!!」


 観念、妥協、永眠。

 それら全てを噛み砕くほどに食いしばり、掠れた虚勢を囀りながら、壁を支えに立ち上がる。


 痛い、痛いッ、ああクソ痛いッ!!

 動いたことで喪失の微睡みから返り咲き、尋常ならざる激痛が襲いやがってきやがります。

 

 この瞬間に比べれば、この前骨折って死にたい死にたい喚いていたのが阿呆らしくなるレベル。

 武器もない。立てたとて体は碌に動いてくれない。何なら右腕はだらんってなっちまってます。


 ──だからどうしたってんですか。それが何だってんですか。

 

 こちとらまがりなりにも探索エクプロバニー。

 他人に笑われ、衣食住に困り、友にすら蔑みと哀れみを向けられてなお、夢のために迷宮ダンジョンに潜る酔狂者です。

 命の危機なんて大なり小なり乗り越えてきたから今があるのです。それをたかが強敵一体に折れちまってどうするんですか。


「来いや……くそラビットぉ!! ラビちゃんの本気、見せてやりますよッ──!!」


 大きく息を吸い、そして吐いて。

 がむしゃらに、目の前だけ見て、けれどを掴んで地面を強く蹴り出します。


 を──台座の短剣を掴んだのは、別に知っていたからではないのです。

 何も考えず。何も見ていなくて、言うなれば本能がそうしただけ。

 呼んでいた、強いて言えばそんな気がしたから。きっと死にかけているから、幻聴でも聞いちまったんでしょうね。


 わたしが動き出したのを感知して、再び動き出したゴーレムラビット。

 体から蒸気を噴き出させ、両の手両の足を動かし、さきほどもらい損ねたわたしの命に手を伸ばそうとしてきます。


 けれど体が軽い。そんなわけがないはずなのに、そんな気がしてならないです。

 だってほら、さっき食らった腕振りも躱せてます。胴に付いた無数の穴から噴出される鎖だって避けられてます。

 痛みだって一周回って気持ちいいくらい、一動作する度に悲鳴でなく歓声を上げてるみたいです。


「はは、ハハハッ──!!」


 馬鹿みたいに、自分でないくらいに笑いながらひたすら斬りつけていきます。

 両腕を節から斬って強引に引っぺがし、両足の関節をかっ斬りくそゴーレムを跪かせて。

 そうして胴の中心。うさ耳以外で唯一目立つ、ゴーレムラビットの中心地点へと短剣を突き立てます。


 深く深く。どこまでもどこまでも。

 この身にできる限り、怒りも恨みも興奮も、全部をぶつけて穿って壊してやります。

 

 やがて動きをなくし、支えを失ったように後ろへ倒れようとするゴーレムラビット。 

 そんなくそゴーレムを駄目押しとばかりに蹴り飛ばしてその場から離れ、そのまま着地に失敗してわたしも倒れ込んでしまいます。


「相打ち、ですかね……。まあ、頑張ったんじゃ、ねえですか……?」


 どうやら火事場の馬鹿力も尽きて、本当に限界を迎えちまったようです。

 ぼんやり落ちていくのではなく、冷たく黒い何かに引っ張られるかのよう。これはもう意志の問題じゃなさそうですね。


 ……まあ、最期に意地張れたんで良しとしましょうか。

 結局夢のゆの字すら書き始められなかったし、ちょこちょこ借金だって残ってるけれど、それでも少しだけ心地良い──。



「パンパカパーン! おめでとう、とりあえず合格ー! パフパフー!」



 そうして覚めない眠りに陥ろうとした、その瞬間でした。

 ガシャンと、何かが壊れるような音の後。

 先ほどまで命懸けの闘争が繰り広げられ、結果二つの骸が転がったこの一室。迷宮ダンジョンの中とは思えないほど間の抜けた、音の外れたラッパのが鳴りやがったのは。


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