こんばんわ、お邪魔しますです

 カナリヤの街の郊外にて、一際大きい庭を持ったこれまた大きな館。

 その館の中で最も高く、最も月の光が差し込む部屋。かつての領主たるノーザン・ホワイトが誰にも使わせず、自らも使用せず、されど清潔さを保ち続けさせた部屋に三人の人影があった。


 一人は眼鏡を指で撫でながら、悠然と黒い椅子に座るオールバックの黒スーツ。

 もう一人は目を閉じて、扉前の壁に寄りかかる燕尾服の老紳士。

 そして最後の一人。青みがかった白髪が特徴な少女──スノウは縄で縛られた状態で黒服に連れてこられ、ガメツを見上げられるように床へと転がされていた。


「さて、お帰りなさいませお嬢さま……いや、私の可愛い愛娘スノウ

「……ガメツ。お父様を裏切った最低な方、がはっ!!」

「口を慎みなさい。私は貴女の正統な父親。そしてこのホワイト家の全権を継ぎ、今や館の主となった当主なんですよ!!」


 仰ぎ見ることしか出来ずとも、なおも力強く睨みつけるスノウ。

 そんな彼女の瞳にガメツはピクリを額を震わせながら立ち上がり、苛立ちのままに腹をつま先で蹴り飛ばした。


「がはっ……!!」

「いやはや、貴女が逃げ出したと知った時は焦りましたよ。身寄りのなくなった哀れな貴女を、この私を拾ってやったというのに!! これだから、弁えないクソガキってのは!!」


 硬い革靴で腹を蹴られ、呼吸も叶わず咽せるスノウ。

 そんな少女の苦悶にガメツは口角を三日月のように吊り上げながら、蹴った足で頭を軽く踏みつける。


「げふっ、きふっ……どの口がっ、あなたが、あなたが父を殺したくせに……!!」

「それですよそれ! 我ながら完璧に進めていたはずの計画が、どうしてあのご当主様に漏れたのか!!   まったく、これだから現実ってのは厄介なものです!!」


 ぐりぐりと、雪のような白髪を執拗に靴底で汚し続けるガメツ。

 嗜虐に満ちた表情はまさに狂気の産物。少なくとも、常人が見せられるそれではなかった。


「ですが嗚呼、既に暴かれてしまっているなら仕方ない! せめて貴女には何も知らぬまま、父を失った哀れな小娘のまま安らかに眠ってもらいたかったのですが、私の誠意が伝わらなかったのが残念でなりません」

「……わたしを、どうするつもりですか」

「決まっているでしょう! 貴女はどこまでも贄だ! この私が永遠の若さ、死の間際まで老いぬ全盛を手に入れるための最後にして最高のピース!! それこそが、それだけが貴女の価値なのです!!」


 笑う。笑う。下劣な嘲りは室内へ響き渡る。

 虐げはスノウという個を嬲り、希望の一切を磨り減らすかのように。或いは、自身に溜まった鬱憤を根の底から晴らそうと躍起になっているとすら思えるほどに。


「何故、なんでこんな真似を……。あなたは、そんな方ではなかったはず……」

「どうして。ふーんどうしてと来ましたか。そうですね……一言で言えば後悔、でしょうか」


 スノウの問い。

 急に落ち着きを取り戻したガメツは、スノウの頭から足を放し、ぽつぽつと語り始めた。


「少し昔話をしましょうか。私には優秀な父がいました。それはそれは優秀な実業家で、例え家庭を顧みずとも仕事に明け暮れるその背中に私もえらく憧れた者です。ですがそれも父は若年性のアルツハイマー

に陥ってしまいました。日々衰え落ちぶれていく無様な姿は実に見るに堪えなかった。それこそ憧れたことすら後悔してしまうほどに」


 淡々と、けれど心の奥底から絞り出すかのような語り。

 そんな垣間見せてしまった一面に、スノウはほんの少しだけ怒りとは違う想いを心に宿してしまう。


「だから俺は老いを拒みたい。優秀であった父すら凡夫以下へ落とした理を超越したいのです。あのような姿にならずにあれる機会があると知ってしまえば、非道にすら手を染めるのも当然でしょう?」

「……ガメツ、あなたは──」

「──と、ここまで嘘です。大嘘ですっ!! 何真剣に聞いてやがるんですか貴女は! これだから、これだから愚図で絆されやすい馬鹿な娘はッ!! お前は間違いなく、間違いなくあのお優しい当主様の娘ですよ!! ボケがァ!!」


 同情するような目を向けようとした、してしまったスノウ。

 だがそんな心優しき彼女を嘲笑うかのように、ガメツは急に声を荒げ、何度も何度も執拗にまで腹を踏み続ける。


 スノウは悟る。暴行を受けながらガメツの目を、欲に溺れた狂気の瞳を目にして悟ってしまう。

 彼にはもう何を言っても手遅れで、若さを手に入れただけで満足はしないだろうと。

 最早この凶行を止められる者は存在せず。眉唾でしかない自らの血の力は彼に力を与えてしまい、より多くの方に迷惑をかけてしまうであろうと。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「何の謝罪ですか、何ですかそのは!? ああ苛つく、どこまでも苛つかせてくれる……!! まるで父親そっくりだ………!! ですが、ですがこれで最後かと思えば許せるもの。ようやく、ようやく長きにわたる計画の最後を飾れるのですから……!!」


 心底不快だとばかりにスノウを強く蹴り飛ばし、どさりと椅子へ座り込むガメツ。

 転がされたスノウは、お腹の鈍い痛みと吐き気に苦しみながらも、懸命に体をよじりガメツの方へと向く。


「あなたは、あなたはいつか裁かれます……!!」

「裁くぅ!? 誰がぁ!? どうやってぇ!?」


 か細くとも、必死に絞り出されたスノウの言葉。

 けれどガメツは嘲笑する。愉快そうに手を叩き、腹の底から少女の叫びを負け惜しみだと笑い飛ばしたと思えば、再び立ち上がってスノウの前まで近づいていく。


「誰も貴女を助けになんて来ない!! 馬鹿なお前の父親の死も、これから死ぬあなたの真相だって知られることはない!! どうせ馬鹿正直に巻き込みたくないと、迷惑かけたくないと誰にも話さなかったのでしょう!? 馬鹿なお嬢さまだっ、お前はたった一つのチャンスすら棒に振ったんですよ!!」


 スノウのうさ耳を掴み、顔を近づけて捲し立てるガメツ。

 ひとしきり怒鳴り続け、やがて瞳に涙を滲ませてしまうスノウに満足すると、うさ耳から手を放して深呼吸する。

 

「……ふうっ、もうまもなくです。後一時間、それで全てが終わり、そして始まるのです。私の、このガメツの絶頂の日々がっ!! この家の財産と若さを手に入れ、更なる躍進を遂げて舞い込んでくる永遠の絶頂が!! ふは、ふはははっ……ああっ?」

 

 ガメツが勝利に酔いしれ、馬鹿みたいに大きな笑い声を上げた、その瞬間だった。

 ジリリリと、突如として鳴り響くベルの音。風雲急を告げる報せが館内へと鳴り響いた。


「し、失礼します! ガメツ様、緊急事態です!!」 

「きちんとノックをしろ阿呆が!! それで何事だァ!!」

「し、侵入者です!! 敵は一人!! 探索エクプロバニー、キルバニーです!!」


 直後、襲来を告げる警報が鳴り響き、一人の黒服が慌てた様子でその名を口にする。

 不遜にも館へ立ち入り、ガメツの永遠の全盛をを阻もうとする不届き者。

 そして恐怖と絶望で曇ってしまっていたスノウの瞳に再び意思を灯す、教育係であった厳しくも強かった探索エクプロバニーの名を。





「でかすぎんでしょ……。スノウってスーパーお嬢さまだったんですね」


 ただ今夜の九時。空はすっかり暗くなる、悪行すらお見通しなお天道様が隠れてしまった頃。

 カナリヤ支部から直行したわたしは、無事に目的であるホワイト家の館へと辿り着きました。

 

 街の郊外。雑踏とは無縁の場所にとんでもなく大きく構えた一軒の館。

 しかしでかい、でかすぎます。想像を十倍ほど超える館の大きさに、思わずごくりと唾を呑まざるを得ません。

 

 庭だけで先月わたしが追い出されたおんぼろ荘、あれの何個分でしょうねこの広さ。

 常々箱入り娘だとは思っていましたが、こんな大きな箱に住まうお嬢さまだったとは。

 

 もしかして、スノウにタカれば簡単に黄金にんじんも手に入ったり……げふんげふん。

 いけないいけない。あまりのリッチっぷりについ邪な思考が湧いてしまいました。反省です。

 

「こんばんわー! 覚悟できたんで遊びに来ましたよーだ!」


 一っ跳びで塀を越え、堂々と大声で挨拶しながら敷地内へと突入します。

 どうせ連中も警察なんて呼ばないでしょうし、こそこそ隠密する意味はなし。

 この夜の間に幼気なバニーを傷つけようとしているんです。下手に介入を許し、無駄な騒動で計画がご破算になるのだけは避けたいはずです。

 

 ちなみに門をぶった切ってこんばんわする計画プランもありましたが、それやったら更に罪状が増えそうなのでなくなく中止しました。残念、実に残念極まりないです。

 

「侵入者だ!! 捕らえろっ!!」

「しかしでっかい館ですね。庭だけで大半の家庭の生涯資産を凌駕してそうです」


 着地と同時に鳴り響く警報に、少しびくりながらも駆け出して。

 予め侵入種に備えていたのか、すぐさまわらわらと出てき始める黒服共を躱しながら進みます。

 一秒一殺とて時間の無駄。邪魔なら瞬殺未満の瞬殺で、それ以外は無視で構わない──。


「撃てっ、殺してもい構わん!! 討ち取った者には謝礼ボーナスも弾むと仰せだ!!」

「うそっ、銃!? 実に物騒な連中です、ねッ!!」


 パンパンと。

 連中は渇いた破裂音がうさ耳を劈かせ、容赦なくわたしの命を刈り取ろうと来やがります。


 黒服の多さは想定内ですが、まさか銃まで持ち出してくるとは厄介です。本格的になりふり構わなくなってきましたね。

 比較的手軽に扱えて、誰でも簡単に殺せる程度の威力を出せる対バニー最適最悪の武器。

 迷宮ダンジョンだと改造しない限り使い物にもなりませんし、そこいらのならわたしも回避余裕ですが、この場においては厄介極まりないです。

 

『今回の雪星シューティングスノウは二十二時二十五分からの五分。連中は必ずその時間にスノウを殺す。逆に考えればそれまでの命は保証されるはずだ』


 はずだなんて不安ながら、ギルマスが教えてくれた制限時間タイムリミットは十時過ぎ。

 そんでただ今の時間は夜の九時と少し。控えめに言って、時間はあるようであまりないです。


 もういっそ、全員潰してから進むか。……いや、やっぱり体力以上に時間が足りないです。

 疲弊した状態であのクソ執事に挑みたくはない。、それでもあれは油断できる相手じゃないです。


 いずれにしても悩んでいる暇はなし。

 突入作戦の第一段階を果たし、まずはこの蜂の巣状態から抜け出すのが先決と、腰に巻いてきたポーチに手をツッコみブツを取り出して足下へ叩きつけます。


 パンと、銃声とは異なる破裂音と共に巻き散る白い粉と煙。

 これぞラビちゃん印の大煙幕。小麦粉たくさんとその他諸々で作り出した、迷宮ダンジョンでだって通じる煙爆弾。今回は予算ガン無視、いつもより滞留時間が長くした特別製です。


 どいつもこいつもデスバニーなんてクソみたいな通り名で呼びやがりますが、わたしが推奨しているのはもう一方。絡め手含めて迷宮ダンジョンに潜るびっくり箱、その一端を見せてやりますとも。


「それではクソ馬鹿共、ドロンですっ!!」


 滞留する煙の中で、間髪入れずに取り出すのは市販の爆竹と大きな白い布。

 爆竹の導線に火を付けてから遠くに放ってからすぐさま白い布を被り、全力で駆け出して館へ入ります。


 計画の第一段階は無事成功。

 隠れずに堂々と姿をさらし、庭に黒服共を集めてから一斉に撒きつつ混乱させ、手薄になった館内へ突入出来ました。

 

 侵入したとして、館内で囲まれたらそれこそ回避は不可能。最悪の場合、延々と黒服共とバトって時間切れなんて可能性だってあります。それだけは避けなきゃいけなかった故の行動です。

 

 隠密でも良かったんですが、どうせお姫様は厳重に守られているはずです。

 それを攫えば帰りには必ずバレちまいますからね。ならばいっそ混乱しているうちにさくっと攫い、動揺の中でサクっと撤退する方が利口です。少なくとも、私はそっちの方が得意です。


 ……それに、この後を考えるならえんやわんやと騒いでくれた方が助かります。

 銃まで持ち出してくれたのはむしろ好都合。このままどんどん盛り上がって、どう取り繕っても誤魔化せない程度には自分達の首を絞めて欲しいです。


 さて、それでは白い布を捨てまして、第二段階にして最終段階に移行。

 とはいってもやることは実にシンプル、スノウを見つけて守る。言ってしまえばそれだけです。

 簡単なようで難しい、けれどもわたしなら熟せるお仕事。気にするべきは外の煙が晴れ、


「し、しんにゅぐべっ──!!」

「スノウはどこです? 言わなきゃ殺します」

「ひ、ひいっ! さ、三階の一番奥! 夫婦室ですべふっ!」


 まだ残っていた黒服の一人の足を砕き、うさ耳掴んで本気で脅すとペラペラ喋ってくれます。

 お礼にわたしの足で気絶させてあげて、すぐ側にある階段を駆け上がります。

 道すがらの踊り場にて、残っていたもう一人に同じ要領で尋ねても同じ答えが返ってきたので、恐らく情報に間違いはないでしょう。


 そうして階段を上り、一番上の三階へ。

 通路は真っ直ぐ一本。どちらも奥に部屋はありますが、ご丁寧に黒服共が守っているのは右側だけ。つまりゴールはそっちってわけです。


「いたぞ! 殺せ!!」

「野蛮です、ねっ!!」


 最早なりふり構わず発砲してくる黒服共。

 ですがここは一本道。今のわたしなら、拳銃程度は見てから回避でどうとでもなります。

 一番近くにいた黒服を掴んで盾にして、そのまま黒服共を蹴散らしながら最奥の部屋まで──。


「っ!!」


 銃声が止み、目的地であろう部屋の扉へ手をかけようとした、その瞬間でした。

 肌を、本能を刺した鋭い殺気。

 直感のまま黒服の盾を構えると、ぐさりと剣が刺さり黒服の苦悶と鮮血が噴き出しやがります。


 役目を果たした黒服を前へ蹴り飛ばし、一歩退いて拳を構えます。

 扉を貫通してきたのは銀の刃。黒服を貫いたそれは引っ込み、やがて扉からバニーが出てきやがります。


 燕尾服の老紳士。相も変わらず余裕に満ちた顔。

 ついさきほどわたしに屈辱を与えやがった、スノウを連れて行かれる原因を作った執事バニーが満を持してのご登場とは随分歓迎されたものです。

 しかも今度は素手ではなく仕込み杖らしき剣を所持とは。どうやら本気でりに来てるようですね。わたしはこのとおり、短剣の一本も持ち合わせていないってのにです。


「まさかここまで来るとは。恐れ知らずの猛獣とはつくづく厄介なものです」

「ちっ、分かりやすく武器なんて持ちやがって。」

「ええ。申し訳ないですが、貴女にはご退場願いましょう。無用なことに首を突っ込んだ自分を恨むことです」


 時間がないと、見合う気すらなく飛び出します。

 上等です、十秒で終わらせます。今回のわたしは、さっきまでのダメダメバニーとは別物ですから。

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2025年1月10日 18:06

夢追いつるぺたデスバニー 〜金欠で部屋を追い出されましたが、夢のために迷宮潜ったり色々頑張ります〜 わさび醤油 @sa98

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