11. ファミリーネーム
部屋に戻ると、悪魔がリビングのソファに腰掛けてお茶を飲んでいた。
なお、お茶は1階の団子屋がデリバリーしてくれるそうだ。
「家に帰る前に、相談があって来た。」
こいつ、どうやってこちらの居場所を把握しているのだろうか?
「我の自動車を買い取ってくれぬか?」
「それは、魔法少女メルリが車体に描かれた、馬の不要な馬車のことね?」
あのキャラ、魔法少女メルリというのか。クリームはいろんな事を知ってるなあ。
「その通りだ。あれは希少なものだ。軍事的な利用価値もある。素性の知れぬ者には渡せぬのだ。」
なるほど。そういう事であれば、こちらも迂闊には買い取れないかもなあ。いや、女神2匹に加えて、幼生ドラゴン1頭という戦力を既に所有している我々こそが所有して管理すべきだろうか。女神が戦力になるのかは、さておき。
クリームも、考え込んでいる。即断即決の彼女としては珍しく。
幼生ドラゴンは、悪魔に興味が無いのか、ベランダでメイドさんと一緒に日向ぼっこしている。アンは、給仕係として後ろに控えている。メイドさんらしいところを初めて見た気がする。
この停滞した空気を動かしたのはセリカ先輩だ。破壊したと言ってもよい。
「240円なら買ってやってもいいぞ。」
それは買い取りではなく、強奪というのでは?
「いいぞ。では、鍵を渡す。」
いいのかよ。そういえば悪魔は金に興味が無いとか言っていたな。悪魔は240円と鍵を交換すると、さっさと帰って行った。操作説明くらいしてから行けよ。なお、240円はわしが払った。自分で言っておいて240円の現金を持っていないセリカ先輩だった。
痛車を玄関前に放置しておくわけにはいかない。前庭の隅にある馬小屋に駐車することにする。馬小屋は、馬が4頭くらいは入れそうな大きさ。今は、馬も不在で藁なども無い。馬小屋は、既に我々が丸ごと占有契約していた。クリームには元より、馬小屋で何かするつもりがあったらしい。自動車の研究開発を希望したのはクリームだ。
幼女であるわしは、体格の問題で運転は不可能。メイドさんに運転をお願いした。前世では大型特殊免許を持っていたというメイドさんは、難なくメルちゃん号を運転した。馬小屋に納まったことで、メルちゃん号の異質さが更に際立った気がする。
完成品の自動車を入手したことで自由研究の課題が変更された。
このメルちゃん号をリバースエンジニアリングし、改良を加えるのだ。
今日のところは、みんなで小一時間、あーだこうだ言いながら眺めるだけで終了。
そろそろ、晩御飯の時間だからね。その前に1階を探検するよ。
1階には、外部にも開放された施設として、団子屋の他にも、定食屋、お酒の飲めるバー、雑貨屋、クリーニング店、図書室があった。それぞれに外部向けの出入り口があり、集合住宅の内部とは繋がっていない。
住民専用のエリアには、大浴場、護衛の詰め所、応接室が3部屋。こちらは、正面の玄関ホールからしか入れない。玄関前には護衛が居るため、外部の人は一切入れない。
ちなみに、護衛は管理人も兼務している。常時3名が稼働、玄関前の見張りと来客の受付、住居内の巡回、設備のメンテナンスを分担している。3交代で休日も必要なため、総員18名。彼らを雇用する賃金だけでも月180万円。そういった費用も家賃には含まれている。
今日の晩御飯は、1階の定食屋だ。この町では外食が標準なので、自宅にキッチンがあるのは一部貴族と王族くらいなんだそうだ。うちにキッチンが無いのはそういう理由。
富裕層の住むマンションにある店舗とはいえ、この定食屋は庶民的な料理しか出さない。付近住民の大半は庶民なのだ。
メニューは日替わりが1種類のみ。
客は全員常連なので、ご飯多めだとか、ニンジン抜いてね、とか好き勝手に頼んでいる。もっともリクエストが通るとは限らない。ご飯多めを頼んだ太ったおっさんはむしろ減らされていたし、ニンジン抜いてねと言った少女はニンジン山盛りにされていた。常連相手なので店側も遠慮がない。
今日の日替わりは、はんまるぐ定食だ。
球体を半分に割ったような形状の、ハンバーグのようなものだ。この世界のネーミングセンスは、よく分からないが、うまい。
幼生ドラゴンはマッハで食べ終えると、またしても店内をうろつきはじめた。あちこちで、お嬢ちゃんいくつ?とか、名前はなんていうんだ?とか聞かれているが、終始無言。無言クール幼女は、愛想無いね、と言われることもなく、大人気だ。飴玉とか貰っている。
「あいつ名前あるのか?」
セリカ先輩に言われて気付いたが、わしらあいつの名前を知らない。無言クール銀髪ドラゴン幼女を呼び寄せる。属性多いな、しかし。
想定はしていたが、この幼生ドラゴンは名前が無かった。名前を聞いても「ない。」としか答えなかった。名前の概念を理解しているだけでもありがたいわ。名前の案を、みんなから募る。
「ドラゴンだものね、敢えて弱そうな名前も萌えるわよね。」
「セブン、ガイア、ダイナ、タロウ…」
「もっと品格の高い名前がよいと思うぞ。」
「チキン、ポーク、ミート…」
「お肉よりお魚とか言ってたじゃろ?」
みんなバラバラなこといって、全然決まらない。ドラゴンに、どんな名前を付ければよいのか基準が全く分からないせいだ。地上最強の生物で、伝説として名が残るのだ。迂闊なものはつけられない。
「ドラゴン」
幼生ドラゴンが発言した。そうだね、きみはドラゴンだね。みんながどう返してよいやら困惑していると。
「ドラゴン」
同じことを2度言った。もしや。
「その名前が、いいんじゃろうか?」
こくりと頷く幼生ドラゴン。
無口なやつがたまに発言すると重みが違う。同意せざるを得ない。
かくして、ドラゴンの名前は、ドラゴン、となった。愛称は、ドラちゃん、だな。
「ついでに、俺らの家名も決めようぜ?銀行で、クレジットカードには家名が必須だって言われたじゃん。」
セリカ先輩の提案により、今度は家名の案を募る。なお、家名が決まったら、銀行に行き、空白となっているカードの家名部分に刻印をしてもらうことになっている。決済の締め日が近いので、明日か明後日までに、と言われている。ちなみに、この世界の銀行は、年中無休だ。窓口の営業時間は9時から17時まで。
「家名もドラゴンがいいな。かっこいい。」
セリカ先輩が、斬新なことを言い出した。それだとフルネームがドラゴン・ドラゴンになるじゃん。
「いいんじゃないかしら。神話に出てくる、最初の神みたいじゃない。」
え?クリームが同意してしまった。ほんと、この世界のネーミングセンスが分からない。その最初の神とやらの名前は、明日の図書館タイムに調べてみようか。
「よし!今日から俺はセリカ・ドラゴンだ!かっこいー!」
ちょっと待て。お前もドラゴン家なの?
「よろしくな!リーザお姉ちゃん!」
しかも俺の妹かよ、こいつ。年上の妹って、何それ、萌える。
「そうなると、家賃は2世帯で折半になるかしら?」
「いや、人数で按分するのが妥当じゃろう。うちは200万円で、カステーラ家は100万円じゃ。」
明日、銀行に行ったら、ついでにカステーラ家の口座に200万円振り込もう。家賃は5か月まとめてカステーラ家が立て替えている。
妹様からも、徴収しないとな。
「セリカ、お前は65万円をわしに払うのじゃ。」
「え!?多くない?」
「家名使用料じゃ。」
妹様が、お姉ちゃんは横暴だ!悪魔だ!鬼だ!おにーちゃんだ!と騒ぐので、クリームが仲介に入った結果、妹様の負担は75万円に増えた。
「末っ子の分を、姉2人で折半しなさい。」
こうして、ドラゴン家が創業された。
わしらが騒いでいる間、末っ子ドラゴンは定食をおかわりして食べていた。
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