10. お姉さまは、墜落しました。

川に沿った通りに面した集合住宅。真っ白な外観は、地中海の家屋の様でもあり、バブル期のかっこつけたマンションの様でもあり。前庭の中心にはロータリー形状の石畳。敷地を囲う塀に沿って、赤い花を咲かせた低木の植え込み。四隅付近に木製のベンチ。玄関前には住宅専用の護衛が立っている。


建物は4階建て。1階は共用施設、2階以上の各フロアに4世帯づつ、合わせて12世帯がここで暮らす。わしらの部屋は最上階の南東。6人全員で同じ部屋。


リビング16畳。子供部屋12畳。寝室は6畳でふたつ。トイレは個室がふたつ、洗面は2人同時に利用できるサイズ。ふたつの寝室には専用の洗面とシャワールームも併設してある。


キッチンとダイニングは無し。洗い物をする簡易的なシンクがあるのみ。お風呂も無し。お風呂は、1階共用部分に温泉の大浴場があり住民は24時間利用可能。

ベッド、机、ソファセットなどの大型家具から、カーテン、カーペット、照明まで、全て設置済み。タオル類は大浴場の脱衣所にあるものを自由に使える。食器類はほぼ使うこともないだろうけど、10人分の食器とシルバー類がシンク脇の戸棚に納まっている。

身ひとつで入居しても、そのまま暮らせる。明日のぱんつさえあればいい。


子供部屋には2段ベッドがふたつ、4人同時に使えるダイニングテーブルくらいの学習机。辞書が数冊入った書棚。子供服が入るサイズの小さめのクローゼット。位置は南東の角で、もっとも陽当たりが良い。ここは幼女4人の部屋となる。

寝室は、2人のメイドさんが、それぞれ個室として使用する。


なんだか、わしらのための部屋のようだけど。前の入居者の家族構成が、夫婦に、子供4人、使用人1人だったそうだ。家具は、退去時にそのまま残していくのが、この国の標準なので、こうなっている。幸運な偶然である。


シーツと布団の交換、衣類のクリーニングが、住民専用のサービスとして付属。

キッチンも無いので、メイドさんは部屋の掃除以外は、幼女の世話と警護に専念できるわけだ。

なお、部屋のお掃除サービスもあるのだが、これは契約しなかったそう。アン曰く、部屋の掃除は危険物の早期発見と排除が目的なので、メイドの専任業務なのだとか。危険物ってなに?


これもう、わしの人生ゴールしちゃったんじゃない?Fireしちゃったんじゃないの?この高級ホテル並の部屋で、のんびりと暮らせばよくない?学校行かなくてもよくない?あほの子のままでも、メイドさん任せで暮らせるんだから、いいんじゃない?


などと。入学キャンセルからのニート直行人生に堕落しかけていると、クリームに小一時間説教された。


要約すると、学ぶか、働くかしろ、ということなんだけど。


あなたには持てる者としての義務があるのよ、と。何を持っているのかというと、銅のクレジットカードだ。不動産契約でも身分の証明に使えるくらいだから、限られたものしか持っていない、このカード。単なるお金持ち証明書ではなく。このカードを持つ者は、この国を運営する側の立場なのだそうだ。


なにそれ?聞いてないんですけど?


ブロンズカードは半人前で、ゴールドカード以上が一人前なのだとか。ブロンズであってもセイントである事にかわりはなく。公共インフラの整備、社会福祉の提供といった責務がある。

一方で、庶民は賃金は少ないが、税金も年金も徴収されること無く、水道と電気は無料、医療も無料。しかも、労働は定時退社、週休3日、有給休暇を使って長期休暇をとるのも自由。


わしも庶民が良かった。


そう言ったら、説教が延長された。


「王女の名を騙っておいて、今さら庶民になれるわけないでしょ。」


別に騙ったわけじゃないし。おまえが勝手に勘違いしたんじゃん、とは思ったけど言わなかった。ずっと正座なので、もうそろそろ死にます。脳の方も、入力された情報が多すぎて処理が限界。


「そもそも家賃60万円が、ニートに払い続けられるわけないでしょ。」


説教から解放された後、喫茶店に向かう。これからの5か月間の計画を立てるためだ。ドラゴン退治がたった1日で終わってしまったので、何も予定がない。


「何かやりたいことはあるかしら?」


もちろん議長はクリームだ。メイドさん達は新居の掃除をしているので不参加。この場に居るのは幼女だけだ。この辺りは富裕層の住まいが多く、自警団の兵士の巡回があり治安が良い。なので、近所をうろつく限りにおいてはメイドさんの護衛は不要と判断された。なお、自警団の費用も家賃に含まれている。


幼生ドラゴンも一緒なのだが、会議には不参加。店内をうろうろしては、時折他人のテーブルの前で立ち止って、おやつを貰ったりしている。自由だな。ご近所さんと交流を深めるのは良いことなので、好きにさせておこう。


まずは、実現可否は問わず、自由に意見出しを行っていく。今後も、このスタイルが定番となるであろう。


・グルメツアー

・温泉巡り

・寺社仏閣巡り

・図書館で読書

・魔法の研究

・必殺技の特訓

・自動車の開発と試作車の製作


「全部やればいいんじゃないか?」


セリカ先輩の言う事に、全員同意。

「遊ぶ」「学ぶ」「鍛える」「自由研究」のセットをこなす夏休みのように過ごせばよいのではないだろうか。


日々の時間割を決めて、全部やることにする。


午前中:図書館で読書(月・木)、市内観光と社会見学(火・金)

15時まで:魔法の研究(月・木)、必殺技の特訓(火・金)

夕方まで:自動車の開発と試作車の製作


お休み:水・土・日


自動車開発以外は、曜日によってかわる。お休みは週3日。休みの日は、グルメツアーか温泉巡りをする。時間割は、その日の気分や体調で柔軟に変更していくことになるだろう。

ちなみに、今日は日曜日。計画は、明日から実行だ。


家に帰ると、玄関前に見覚えのある物体が。


悪魔の痛車だ。

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