12. ハナちゃんは黙ってない
ドラちゃんと手を繋ぎ、朝の町を歩く。
幼女ふたりは、お使いをしている姉妹にでも見えるのだろう。町の人達の視線が暖かい。お使いといえば、まあそうなのだが。目的地はお金持ち専用の銀行、オエド銀行本店だ。ちなみに、本店は、ブロンズセイント以上の顧客専用なのだそうだ。
セリカとクリームは別行動で、図書館へ向かった。メイドさん達はメルちゃん号を洗車してくれている。わしひとりで良かったのだけど、ドラちゃんが何故かついて来たがったので、ふたりで来た。
セリカとメイドさんのカードも預かって来た。家名が決まったので、追加で刻印してもらうのだ。
高級ホテルのような玄関から入ると、すぐに制服を着た行員さんが寄って来た。
「いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件でしょうか。」
カードの手続きに来たのじゃ、と伝えると、入ってすぐのロビーに案内された。ここも高級ホテルのそれの様。ソファにふたり並んで座ると、ほぼ同時にジュースとクッキーがテーブルに置かれた。高度に訓練された行員さん達に感動。
なお、今のわしの恰好は、紺色のワンピース、黄色いハット、黄色いポシェット。メイドさん曰く、園児コーデ。園児に、こんな対応をしてくれるなんて。
「課長のハン・ザワと申します。本日、リーザ様のご担当をさせていただきます。」
恭しく頭を下げると、失礼します、と言って対面のソファに浅く腰掛けるハン課長。30代前半らしき男性。なんだか、野心家の面をしているね。
「これじゃ。」
ポシェットからカードを取り出しハン課長に渡す。カードを確認したハン課長が困惑した表情になる。
「こちら家名がありませんが…。」
「それを入れてもらいに来たのじゃ。」
「通常は、そのような対応を行っておりませんので、これはどうしたものか…」
昨日は、かなりの特別待遇であった模様。そういえば、カードを発行してくれた行員さんが、「私を訪ねて来てね。」と、言っておった。まずいな、名前が思い出せない。
「カード発行を担当した者の名は分かりますか。」
「名前は、分からんのじゃが。確か、あの人も課長さんじゃった。」
「そういうことであれば私が引き継ぎましょう。」
野心家課長ちゃんが、にやっとした気がするよ。あれかな、別の課のお得意さんを奪うチャンスだぜ、みたいな?派閥争いよりも、顧客対応を共有しておいて欲しい。
「失礼ですが、何か家名を証明できるものはお持ちでしょうか。」
家紋入りの印籠とかだろうか。創業2日目のドラゴン家に、そんなものあるわけない。どうしたもんかな。
家紋?
ちらっと、隣に座ったドラちゃんの胸元を見る。そこに光る指輪にはズンダ王家の家紋があったよね。もちろん、これを見せるわけにはいかないけども。
しかし、派閥争い課長ちゃんは有能であった。わしの視線の先の物体に気付いてしまった。
「そちら、見せていただいてもよろしいでしょうか?」
ドラちゃんは、首からチェーンを外し、課長ちゃんに指輪を差し出した。おい、大丈夫かよ、それ。
「しばらくお待ち下さい!」
課長ちゃんは、慌てた様子でそう言うと、指輪をドラちゃんに返すと、席を立って何処かへ行った。これは、何か大当たりを偶然引き当てたのかも。自分の前に出されたクッキーをドラちゃんに献上する。
ドラちゃんが、2皿目のクッキーも食べ尽くしそうになった頃、課長ちゃんが戻って来た。
頭取室に通されてしまった。
「頭取のハナ・サキと申します。本日は、お目通り頂き感謝致します。」
大手の銀行のトップは幼女だった。なるほど、トップが幼女なのだ、顧客が幼女でも手厚い対応するのも当然かもね。ポニーテール幼女だ。髪色は明るいブラウン。セリカ先輩よりも気の強そうな顔をしているよ。そろそろ幼女のバリエーション尽きるんじゃないかな?
課長ちゃんは、ハナちゃんの後ろに従者の様に立っている。課長ちゃんは、頭取派閥で腹心の部下なんだろうな。
「そちらの指輪を、当行で買い取らせていただけないでしょうか。」
ビッグウェーブ到来?カステーラ家の見立てによると、ズンダ財宝の価値は3億円は下らない。それも純粋な宝飾品としての価値だけで、だ。ズンダ王家効果を考慮すると、一体いくらになるのか。あまりにも価値があり過ぎて、引き取り先が居ないかもな、と思っていたところに、向こうからやって来た。ブロンズからゴールドへ昇格しちゃうかも。もしくは、死んじゃうかも。
「実は、他にもあるのじゃ。」
「そちらも是非!私に、買い取らせて下さい!」
ハナちゃん、俄然ヒートアップ。私、とか言っちゃっている。派閥争いにおける大量破壊兵器なのかも、ズンダ財宝。慎重に交渉しないと、殺されちゃうよ。
「自宅まで来れるじゃろうか?」
まずは、場所を自分の縄張りに移すべきか。どのみち、ものは自宅にある。
「早速ですが、今夜にでもお伺いしても、よろしいでしょうか?」
うーん。出来れば、明日の方がなー。だって、多分足りないものがあるもの。
でもなあ、この案件はスピード命な気がするよ。明日になったら、「面倒だから消しちまえ!」などと、なりかねない。
「分かったのじゃ。来るのはふたりなんじゃろうか?」
「ありがとうございます!私とハンでお伺いします。」
やはり、この案件、物騒だな。派閥どころか、このふたりだけの陰謀の可能性すらある。
ブロンズカードを3枚ともハナちゃんに預けてから、ドラちゃんと共に銀行を後にした。ドラゴンという家名を入れといてね、うちに来るついでに持って来てね、と言いつけて。頭取を使いっ走り扱いよ。こんなんでも駆け引きの一環のつもりなんだけど、どうだろうか。失敗したら残高4,000万円捨てて逃げよう。すまんのうセリカ先輩。
自宅に帰ると、うちのメイドさんに事情を説明し、すぐに出立した。洗い立てピカピカのメルちゃん号で。都合の良いことに、アンも図書館に合流したそうで、居たのは、うちのメイドさんだけだった。巻き込む面子は少ない方がいい。
おやつの時間ごろにターマ山に辿り着いた。団子屋で買ったおまんじゅうを、移動中にドラちゃんと車内で食べたので、お腹は空いていない。申し訳ないが、メイドさんはお昼抜きだ。運転してたからね。従者にひどい仕打ちをすると女神レベルが下がりなのだが。なお、おまんじゅうは1個残してある。
森の中を川沿いに歩く。今回は、わしも自分の足で歩いている。女神レベルが上がって、身体能力が向上したのだ。幼生ドラゴンの保護者になったことで、わしの女神レベルはセリカ先輩を追い越す程に上昇していた。200年の差を、たった1日で覆してしまったのだ。年上のセリカ先輩が、わしの妹になったのは、レベル基準で決めたからなんだそうな。ちなみに、何故レベル差が分かったのかと言うと、お風呂で怪獣対決ごっこをしたから。クリームには叱られた。
もっとも、これから行うことで、少しレベルが下がるだろうな。
ズンダ王家の短剣は、かわらず聖剣の如く屹立していた。勇者の如く、それを引っこ抜くわし。軽く、眩暈がした。女神レベルが下がったのだろう。墓のものを盗ると下がると先輩が言っていた。そういえば、あいつ墓泥棒したことあるんだな。何をすればレベルに影響するのかは、200年の経験で覚えたそうだから。
さらにスコップで墓を掘り返す。スコップは自宅マンションの護衛から借りたものだ。墓の中には、もうひとつズンダ財宝があるはずだ。でも、掘り出して見ると、王女の十字架には家紋は無かった。よく見れば、そんなに高価なものでは無さそう。というか、これに刻まれている刻印は、エタナル教の神社で見た記憶があるぞ。神社で売ってる十字架なのかな?この国の宗教様式に対する疑問は置いといて、十字架は王女の胸に戻した。
墓を埋め戻すと、適当に周囲の雰囲気に合わせて地面をならす。ここが墓であることは、誰にも気づかれてはいけない。ズンダ王女は、今もどこかで生きている。そういう事にするのだ。王女は近衛騎士と共に、誰にも知られず、ここに眠り続けるのだ。
持ってきたおまんじゅうをお供えして祈る。許しては貰えないだろうな。化けて出てもいいから、キンタマはとらないでね。無いけど。
最後の墓参りを済ませると、わしらは短剣を携えて帰宅した。
家に帰ると、ちょうどハナちゃん達がやって来た。ぎりぎりだったな。こんなタイトロープダンスは久しぶりかも。結合テスト工程まで来て、機種選定やり直しになったプロジェクト以来かな。あれよりましかも、と思ったらちょっと気が楽になった。
幸いなことに、みんな留守だった。1階のお風呂と定食屋に行ってきますと、書き置きがあった。わしは何も残さずに行ってしまっている。後で、クリームに叱られる予感。それでも、彼女達には、この件を知られることさえ許されないのだ。
ハナちゃん達を、リビングのソファに座らせると、テーブルの上にズンダ財宝を並べて行く。メイドさんも腰の長剣を載せる。ドラちゃんも、首のネックレスを外し、テーブルに置いてくれた。ハナちゃん達が財宝の検分を始めたところで、メイドさんとドラちゃんはクリーム達に合流してもらった。この件が片付くまでは帰ってこないようにと、お願いして。
ハン課長が検分したものを、ハナちゃんが再鑑する。銀行員らしい検分のやり方だ。わしもお風呂入りたいなー、今日の日替わり何じゃろなー、などと考えながら検分の完了を待つ。
「これらが王女の持ち出した王家の家宝のすべてであることが確認できました。」
ハナちゃん達は、手元の書類と照合しながら、検分していた。王女が持ち出したものをすべて把握しているのだ、こいつらは。何が目的で、これらを買い取るつもりであるのか、知らぬ方が良いだろうな。
「100億円用意があります。如何でしょうか。」
そう言って、額面100億円の小切手をテーブルの上に載せる。宝飾品としての価値は3億円程度のはずだ。差額の97億円は一体なんだ?
「その3倍なら、良いのじゃ。」
敢えて、吹っ掛けてみる。こいつらが、わしの事を王女と見做しているのか、それは分からない。どっちでもいいのかも知れない。しかし、王家唯一の生き残りである王女の命であれば、亡国の国家予算分くらいと引き換えるべきだろう。まあ、この世界の経済規模を知らないので、完全にはったりなんだけど。案外、外してないと思う。お団子の値段的に。
「承知しました。これ以上の用意はしていないので助かります。」
そう言って、フヒッと笑うと、追加で2枚同じ額面の小切手を出して来た。
本当の事を言っているとは限らないが、うまく正解を当てたのではないだろうか。
「こちらもお渡ししておきます。」
出てきたのは3枚のカード。事前に預けたものが返って来たのかと思えば、1枚だけ色が違いますねえ。きれいな白が、きらきらと輝いている。
「リーザ様のものは、プラチナカードに切り替えさせて頂きました。」
ゴールドをすっ飛ばして、プラチナ。これって、この国の貴族入りなのでは?
「リーザ様も、これで、公爵以上の爵位となられるでしょう。これからは、私の友人としても、当行と懇意にしていただければ幸いで御座います。」
そう言うからには、ハナちゃんも公爵以上なんだろうなあ。素直には喜べないなあ。これって「お前と私は一蓮托生だからな!」って意味なんだろう?
フヒッ。
返事をするかわりにそう笑っておいた。
1階の定食屋に行くと、クリーム達が居たので合流。クリームにはやはり叱られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます