Smoke on the hot water.

大丈夫なの?おロープ頂戴されない?


昨日まで、50過ぎのおっさんであったはずの我が身。女風呂の脱衣場で、幼女の姿でおろおろする。


いや待て。落ち着くんだ。幼女が女風呂に入る。これは当たり前のことじゃないか。そうだ、当たり前のことだよ。なんだ、事件は起こらないんだ。真実は、いつもよっつくらいあるのさ。


おろおろしていている間に、服はパンツまで含めて全部脱がされていた。思えば、既に全裸は披露済みであった。もう、今さらじゃん。全裸で、ぽてぽて浴場に向かっていると、メイドさんに捕まった。抱きかかえられて洗い場に。髪だけでなく全身をくまなく泡まみれにされる。仕上げに全身にお湯をざばーっと。溺れかけた。この幼体が貧弱過ぎて死ねる。


メイドさんは自身の体を洗い始めたので、隣に居たクリームと連れ立って湯舟へ移動する。なお、クリームは髪も自分で洗っていた。


「お湯が黒いわね。」


クリームが驚いている。上京直後の前世の自分みたいだ。神奈川辺りの温泉と同じだ。なんかいろいろと異世界に来た感じがしない。黒い湯舟にほけーっと浸かっていると、メイドさんがやってきて膝に乗せられた。


「綱島温泉みたいなお湯ですね。」


とか言ってる。メイドさん、前世ではご近所さんだったのかも。


こうして全裸同士で密着しているにも関わらず。特にナニがどうということもない。例えば、足を失った人は、無いはずの膝が痛んだり、かゆくなったりするそうだ。その現象はファントムペインというらしいけど。この身には、ファントムおちんちんな現象は発生しない模様。既に、体は幼女、心も幼女ということだろうか。


ならば、それでよいのではないだろうか。前世のことはもう忘れて、幼女としてのんびり生きていけば良いのではないだろうか?一生遊んで暮らせるくらいの資産は手に入れているようだし。こうやって面倒を見てくれるメイドさんもいる。


そうだな、それがいい。


湯舟に浸かって、ぽんやりとそんなことを思う。


もっとも、この身が本当に女神であったのなら、この世界で果たすべき義務なり使命があるのかも知れないけど。それは、いずれ分かるだろう。

ほわほわと湯舟の上を漂う湯煙を眺めながら、これからの生き方をそのように決めるのだった。


お風呂から上がると、部屋には夕食が用意されていた。お肉だ。お肉の塊が鉄皿の上で、じゅーじゅーと音と湯気を立てている。添え物は、なんだかよく分からない山菜を茹でたものだ。この辺で採れるものなのだろうか。


「熊肉のステーキね。」


これは熊肉なのか。先程買い取って貰った食材が、早くも調理されたということなのだろう。熊肉は意外と柔らかく、牛肉の赤身を濃くしたような味わい。うまい。謎山菜も、いい風味だ。神社での願いは見事叶えられた。女神リーザ、素晴らしいじゃないか。わしも、女神としてかくありたいものだ。ご飯がおいしいのはよいことだ。


ご飯を食べ終えた後、メイドさんと一緒に荷物の整理をすることにした。王族の遺産だ。クリームとアンにも見てもらうことにした。旅を共にする以上、隠すのは無理があるだろうし、どれ程の価値があるものなのか意見も聞きたい。


「金貨は、ズンダ王国の金貨ね。もう無い国のだけど。」


クリームによると、ズンダ王国という北の小国の金貨、ということだ。これはアンも同意見。資産家と貴族の娘の見立てなので、間違いのないところだろう。

衣料品店の店員に聞いたところでは、宿場町には外貨を扱う銀行があるので、そこで両替出来るとのことだったけど。既に無い国の貨幣が使えるものなのだろうか?


「金貨は金で出来ているのよ?ズンダの金は純度も高いし、問題ないわよ。」


なるほど。この世界の経済は金本位制なのかも知れない。ただ、やはり一度に大量に両替するのは難しいらしい。亡国の金貨を大量に持っているのが分かると、亡命した王女の噂もあって、どういう思惑で他人がすり寄ってくるか分からない、と。


「こっちの宝飾品は、換金するの難しいかもね。どこか信用出来る大きな商会でもないと。」


かなりの資産価値があるのは間違いがないところだけど、王家の紋章が入っているので、金貨よりも危険、ということだ。少なくとも地方の古物商レベルで引き取れるものではないらしい。


「うちもワワンサキには伝手がないからね。どうしたものかしら?」


カステーラ家のある地方都市ターマは、首都ワワンサキとは殆ど交流が無いらしい。間に越えるのが困難な山があるのが影響している。同じ国家に属しているのが不思議なくらい。昨今では、ターマは独立すべきなのでは?との意見が議会で出ているそうだ。当然、カステーラ家にもワワンサキの商会とのコネクションは無い。


「ワワンサキに着けば、私が何とかしましょう。」


うちのメイドさんが自信満々で言い出したのだけど。え?なんとかなるの?


「私は、お嬢様のメイドなので。」


メイドって、そんな万能な職業だったろうか。まあ、他の金策を考えておいた方が良いかも知れない。禁じ手の可能性はあるが、前世の知識を使って何かするとか。


「でも、そんなに心配することないんじゃない?金貨だけでも、庶民の平均的な生涯賃金分くらいはあるわよ。」


なんだ、そうなのか。憧れのスローライフが可能なのかも。未来は明るいぞ。


「ほんとに、王女様は世間知らずなのね。」


ついに言われてしまった。溜息と共に。それは暗黙の了解でアンタッチャブルだったのではないの?しかし、自国の金貨の価値も知らないとなれば呆れるのも当然ですね。


「ワワンサキに着いたら、リーザも一緒に学校に通いましょうよ。年齢も同じくらいでしょ?」


自分が何歳なのかは不明だけども。確かに、クリームと同じ位で通るのではないだろうか。

この世界の常識すら知らないし、学校に行くのは有効だろう。


「学校って?入学試験とかあるの?」


「試験なんかないわよ。子供が初めて入る学校なんだし。」


なるほど。初等教育から受けられるのであれば、なお都合が良い。


「入学金と学費と、あとは寮費ね。それが用意出来て、7歳以下なら誰でも入れるわよ。」


「お金かあ。どれくらいいるんじゃろう?」


「一般的な庶民の生涯賃金と同じくらい。」


おう。なんと。手持ちの金貨全部じゃないか。というかそれはかなりの名門校なんだろうね。クリームが、危険な山越えをしてまで、伝手も無いワワンサキまで行こうとしていることからも伺える。カステーラ家としては、娘の入学はかなりリスクの高い投資になるのだろうが、それだけの高いリターンが見込まれるからこそのはずだ。


「学校の中では、お嬢様の保護が出来ません。危険です。」


メイドさんが不安要素を提示する。確かになあ。この幼女体、保護者の側を離れたらすぐ死にそうだもんなあ。ステータスとかあったら、全部一桁なんじゃなかろうか。超貧弱。

「それは心配ないわ。一人だけど従者を連れて入れるのよ。私もアンを連れているでしょ。」


なるほど。アンは旅の付き添いだけでなく、向こうについたら一緒に暮らすのか。


「であれば問題無いですね。メイドはお嬢様の入学に賛成です。」


メイドさんの賛成もあるし、クリームと一緒に学校に通ってみようか。お金はなんとかなるでしょう、きっと。


「ところで、なんて学校なん?」


「私立エタナル学園よ。エタナル教団が経営しているのよ。昼間行った神社の母体ね。」


なんと。女神リーザを崇める教団が経営する学校に、同じくリーザの名を持った女神が通うのか。これはもう、そういう運命というか、神か悪魔の導きなのかも知らんね。ほんまにわしが女神なのかどうかも、その学校で分かるかも知れんね。


「よし。わしはしょうがくせいになるのじゃ!」


しょうがくせいって何?、とクリームに聞かれたが、地元の方言じゃ、と誤魔化しておいた。

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