第2話 雪女との同棲はむずかしい

「冬くん。ちょっとお願い、いいかしら?」



 ある日、藪から棒に冷香さんに呼ばれた。

 声のする方に向かってみると、そこは脱衣場。

 背中のファスナーを上げられなくて苦戦していたみたいだ。



「またコスプレですか?」

「ええ。今回はナース服よ。これでフォロワーも爆増だわ!」



 こう見えて冷香さんは、ちょっと名の知れたコスプレイヤーだったりする。よくSNSに自撮り写真を上げていて、フォロワーの数もなかなか多いらしい。


 今回の衣装は、冷香さんのいう通り、看護師さんの服もモチーフにしたもの。

 ちょっぴり大胆で目のやり場に困るんですけど。……胸元なんてすごい開いてるし。



「……えっと、これを上げればいいんですよね?」

「あらぁ? どうしたの? もしかして緊張しているの?」

「いや……それは……まあ、はい」



 だって仕方ないじゃないですか。冷香さんはとても魅力的な女性だから。

 雪女は種族的に美女ぞろいというけども、冷香さんはその中でもとくに美人だと思う。

 それに優しいし……おっぱいも大きいし。



「ふうん。じゃあ、もっと緊張することやってみる?」

「え」

「大丈夫。誰にも気づかれないわ。……さあ、もっと近くに――」



 ナースコスをした冷香さんが、両腕を広げてぼくに迫る。

 獲物を追い詰めた猛獣のような目をしていた。


 困ったことに童貞のぼく()は、こういうことに耐性ゼロだ。

 しかも、脱衣所という狭い空間では逃げ場などない。


 冷香さんは、そんなことお構いなしにどんどん距離を詰める。

 そうして、二人の距離がゼロになり……、



「お姉ちゃんんんんっっ!!! そういうの止めてって言ったよね!!?」

ちゅめたいっっ!!?」



 ……飛び込んできた雪奈に強引に引きはがされ、また離れていくのだった。




 ◆




「まったく。お姉ちゃんったら油断も隙もないんだから」



 と、ぶつくさ文句を言う雪奈。

 連れてこられたのは、彼女のパーソナルスペースであるPCデスクの前だ。

 そこで雪奈は、画面を睨みながらキーボードをカタカタ打ち込んでいた。


 雪奈はゲーマーなのだ。

 前に世界的に有名な大会にオンラインで参加して優勝したとか言っていた。

 世界ランカー? とかいうのらしい。


 ちなみに、モリモリにスペックを盛ったゲーミングPCは、彼女の出す冷気によって冷やされ、常に最高のパフォーマンスを出すことができる。

 なんかずるい。



「まあまあ、雪女らしくていいじゃないか」

「冬にいは甘いんだよ! それじゃいつか本当に氷漬けにされちゃうよ?」



 ……それは、まあそうなのだ。

 気に入った若い男を自分のものにしようと氷漬けにするのは、雪女の生来の気質的なものだ。

 冷香さんにそんなつもりがなくとも、うっかり凍らされてしまう可能性はある。



「そりゃあ、お姉ちゃんの方が女らしくて美人だけど……」



 あたしはガサツだし、ゲーマーだし、おっぱいもそんなに大きくないし……と雪奈。


 ……ぼくは小さくても大丈夫なのにな。

 そんなことは言わずに、別の言葉を口にした。



「雪奈だって美人だよ」

「……! もうっ、冬にいはすぐそういうことを言うんだから!」



 雪奈はぽっと顔を赤くして視線をそらす。

 恥じらって……いるのかな。やっぱり可愛いなと思った。



「冬にい。あたし……」



 だけど、今度は熱っぽい視線を雪奈はむけてくる。

 え。

 あまり見たことのない雪奈の色っぽい表情に、ぼくは思わずたじろいだ。


 少しずつ二人の距離が縮まっていく。

 あとすこしで唇が重なる――



「……雪奈ちゃ~ん? お姉ちゃんにはあんなこと言って、自分は抜け駆けなんてずるくなあい?」

ちゅめたいっっ!!?」



 冷香さんの嫉妬の冷気が、七畳一間に吹き荒れる。

 ぼくと雪奈は、すぐさまお互いの体を離すのだった。



 ……ちなみにその後、ゲーミングPCは電源が入らなくなったみたいだ。




 ◆




 そんなこんなで、雪女姉妹との生活は続いていった。

 二人ともちょっと我が強くて扱いに困る場面も多少はあったけど、この騒がしい生活はなんだかんだ気に入っていた。


 なんといっても二人とも美人だ。


 雪女で、下手すると氷漬けにされるというリスクはあるけど、こんなきれいな人たちに気に入られて、悪い気はしない。


 そもそも雪女の保護者になる――彼女たちの好みの適正を持っているというのは、とてもまれなことなのだ。


 大学の特待生制度もそうだし、国が出している補助金制度もある。彼女たちと同棲を希望するひとは他にもたくさんいるのだ。


 だけど、そのほとんどは適正なしと判断されて拒否される。


 なぜぼくは適正があったのだろう?

 こんな冴えない男子学生であるぼくがなんで?

 なにが彼女たちのお眼鏡にかなったのだろう。


 そういえば、ちょっと小耳にはさんだけど、ぼくの大学は特待生が多いらしい。

 すなわち、雪女と同棲している学生が多いのだ。

 中には女性であっても適正を見出された例もある。


 土地柄なのだろうか。

 そういう適正がある者が生まれやすいとか?


 冷香さんや雪奈に聞いてみたい気もするけど、ちょっと怖い気もする。

 だって、彼女たちはぼくという個人じゃなく、目に見えない適正というもののみに惹かれているのかもしれないのだ。

 そう考えると、どうしても聞き出せない。



 ……もう考えるのはやめよう。



 そういえば、明日は大学で雪女適正をもつ学生が集まって健康診断をするんだった。

 最近、ちょっと頭が痛かったり、鼻血が出たりするから、よく診てもらった方がいいだろう。


 診断のとき打たれる注射、嫌なんだけどなあ……。



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