第3話 暴かれる雪女の謎
「夏目さーん。夏目冬彦さーん」
名前を呼ばれて受付に向かう。
ここはぼくが通う大学の構内。その一室。この部屋で健康診断を受けていたのだ。
まわりを見ると、今いるのはぼくだけらしい。ほかのみんなは早く終わらせたみたいだ。
ぼくは受付の職員の指示に従い、問診表を記入していく。やはり、今日も注射を受けなきゃいけないらしくて、ちょっと
準備が整ったらしく、ぼくは先生のいる部屋に入る。
白衣を着た黒ぶちメガネの若い女性が待っていた。
手元には注射器がみえる。
「夏目さんですね。この前、打ったのは……半年前ですね。ちょっと強いの打っときましょう」
「先生。なんか最近、頭が痛かったりするんですけど」
「雪女と一緒にいると、いくら適正者でも体調が悪くなったりするんですよ。冷気というか、妖気にあてられるんですね」
「それを中和してくれるワクチンみたいなものなんですよね?」
適正者は、一定期間ごとに必ずこの注射を打たれる。
普通は指定の病院で打ってもらうんだけど、この大学では特待生制度のこともあり、大学内で打ってもらうことになっていた。
「最近とくにひどいんですよ。もう少し和らげることってできません?」
「…………そう。あんたもか」
「え?」
「いや、失礼。じゃあチクっとしますからねー」
それからぼくの腕に針が刺され、薬品みたいなものが注入されていった。
この注射を打ってしばらくは、意識が
その場でベッドを貸してもらい、一時間くらい眠ってしまうのが常だった。
「それじゃあごゆっくり。一時間ほどしたらまた来ますので」
◆
ちょっと一時間くらい……と思って目を閉じたけど、次に開けたときは部屋の中は真っ暗になっていた。
一時間どころではなく寝ていたらしい。うっすらと見える壁掛け時計に目を凝らすと、夜の11時になっていた。
いくらなんでも寝すぎだ。冷香さんたちも帰りが遅いぼくのこと、心配しているかもしれない。
そう思って起き上がろうとすると……え? なんか体が重くて起き上がれない。
『……今日で三人ほど。今も一人眠ってるよ。そろそろ“期限切れ”かもしれないね』
部屋の外で話し声が聞こえる。
あれは……注射を打ってくれた先生かな?
たぶん電話だろう。話し中みたいだからそれが終わったら声をかけてみよう。
眠っている、というのはぼくのことだろうか。
でも“期限切れ”って……?
「ん? なんだこれ……」
ふと視線を移すと、気になるものが視界に入ってきた。
部屋にはベッドがたくさん並んでおり、ぼくの寝ているベッドの隣にも未使用のベッドがある。
その上に、なにかの書類やファイルが無造作に置かれていたのだ。
書類にはぼくの名前が書いてある。
気になって、文字列を追った。
『わかってるよ。学生どもにはワクチンみたいなものだって説明してある。……ああ、次のナノマシンの手配を頼むよ』
……部屋の外では先生が誰かと通話している。
なんだか、不穏な単語が聞こえた気がする。
それにこの書類に並んでいる名前……雪女適正のある学生たちのものだ。
健康診断を受けた日にち、注射を打った記録……何人かの学生の名前の横には、『バツ』と印がつけられていた。
……ぼくは、重い体を無理やり起こして、部屋の扉を開けた。
「あの、ナノマシンってなんですか? 何の話をしているんですか……?」
「…………何のことですか?」
「今まで打ってきた注射、やばいものだったんですか?」
携帯デバイスで通話していた先生は、苦虫を嚙みつぶしたような顔をする。
その表情でだいたい察してしまった。
「なんでこの大学、こんなに雪女の適正者が多いんですか?」
「……偶然です。たまたま多い時期なのでしょう」
「じゃあベッドの上にあった書類はなんですか。あれって適正者をまとめたものですよね。あのバツ印ってなんですか」
印がつけられた者の名前を、ぼくは知っている。
当たり前だ。あんなことになったのだ。その中には、ぼくが親しくしていた友人の名前もあった。
「なんでこんなに……適正者が死んでいるんですかっ!」
あのバツ印がつけられた者は……この大学に入ってから死亡した人間たちだ。
いずれも雪女適正があり、大学の特待生制度を利用している者たち。
同居している雪女を愛するあまり一線を越えてしまい……氷漬けにされて亡くなったと聞いている。
「ちっ、知らないままの方が幸せだったろうに」
「え」
「もうわかってんだろ? アンタらは偽の適正者だ。――ナノマシンで人工的に作ったまがい物なんだよ!」
そうして先生は
……ああ。そういうことだったんだ。なんで冷香さんたちがぼくなんかのことを好いてくれるのか。
それはつまり。
「雪女の適正ってのは、ある特殊な遺伝子が関わっている。……大昔、雪女は人間の男と添い遂げ、子を作ることもあったという。その子孫がもつ遺伝子が適正ってやつだ」
……この話は前にも聞いたことがある。
特待生制度を利用しようと、雪女適正の診断をしてもらったときだ。
冬の遺伝子とも呼ばれている特殊な因子をもつ人間たち。
雪女はその因子に惹かれるのだという。また、そのお陰で簡単に凍死したりしないように体に耐性ができるのだという。
でも、因子をもつ者は非常にまれで、それを持たない者は彼女たちと生活することはできない。
ぼくは運に恵まれたのだと思っていた。
冷香さんたちがぼくのことが好きなのも、ぼくが運よく因子を持って生まれたからだと。
生まれつきの体質なら、見た目や声が好みだからというのと大して変わらない。
ぼくは彼女たちに愛される資格があるのだと思っていた。
でも違った。
彼女たちがぼくを好いてくれるのは、ナノマシンのお陰だったんだ……。
「でも、どうしてそんなことをするんですか!? 適正者を増やして、大学になんの……」
言いかけて……ハッとする。
何が目的かわかったのだ。
「まさか……補助金目当て……?」
「くっくっ。馬鹿な男や貧乏な学生なんかは簡単に引っ掛かってくれたよ。……アンタら、雪女の偽りの愛に踊らされてたのさ」
雪女は世界的に保護を推奨されている生き物だ。
だから、保護を担う人間には国から補助金が支給される。
大学の特待生制度もこの補助金を利用して成立している。
……先生たちは、危険なナノマシンを使って学生を人工的に雪女適正をもつ者に変えて、不正に補助金を得ていたんだ……!
「さて。ここまで知ってしまったらタダで帰すわけにはいかない。大学の汚点になってしまうからね」
どん、とベッドに押し倒される。
先生の手には、どこから取り出したのか注射器が握られていた。
たぶん、例のナノマシンが入ったもの。学生の不審死も、あのナノマシンの大量摂取によるものに違いない。
「まだ体の自由が利かないんだろ? 大丈夫、ちょっとチクっとするだけさ」
「や、やめろ……っ」
「……安心しな。愛する雪女に氷漬けにされたってことにしておくさ」
そうして針先がぼくの皮膚に触れる。
このままではナノマシンがぼくの中に入ってくる。
これを打たれたら、ぼくはもう二度と目を覚まさないだろう。
冷香さんや雪奈とも、もう会えない。
最後にもう一度だけ、彼女らの声が聞きたいと思った。
そして――
「「そこまでよッ、冬くん(冬にい)を放しなさい!!!!!」」
窓をたたき割って、冷香さんと雪奈が部屋の中に入り込んできたのだった……。
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