第5話
呟いた瞬間、剣が暴れた。柄と剣身の境目から、七色の光が飛び出し、剣身を包む。理不尽なほどの威力を手にしていることが本能でわかった。これさえあれば、誰だって殺せる。神だって殺して見せる。そう思わせられるほどの威力が手の中にあった。
『ローリングサンダー』を付与した時もそうだったが、あの比ではない。比べることがおこがましいくらいだ。
理不尽の具現化を振り抜いた。
七色の斬撃が飛んでいき、男に当たった。しかし止まることはなく、そのまま威力を一切落とすことなく進んでいき、ミカと精霊が作り上げた土壁を両断した。
男の体に満遍なくライトエフェクトが咲き誇った。体が消えた後、シャボン玉が視界に入ってきた。中には、一人の女性と、高校生ぐらいの男子がいた。そこに、男がやってきて、その大きな体で二人を包み込む。
女性は満面の笑みでくっついて、男子は少し嫌そうな顔をしながらも、まんざらでもなさそうにしていた。
シャボン玉の中には、一生手に入らない家庭の姿があった。俺がいくら渇望しても、もう決して戻ることは無い普通の家庭。その家庭が、俺には眩しく、暖かく見えた。
俺が、この家族の幸せを壊した⋯⋯?
俺が殺さなかったら、もしかしたらこの男は優勝して、この二人にさらなる笑みを、幸せをあげられるはずだった。それを俺が台無しにした。
自分の願いを叶えるということは、誰かの願いを潰すことだ。
それが当たり前だ。自然の摂理だ。だからといって、自分が後悔するかしないかはソイツ次第だ。ソイツが誰かの願いを潰して快感を感じるやつだったり、何の意味もなく壊したりする人間だったら別にそれは構わない。だって、そういう人間は一定数いるから。
このゲームでは、そういう人間しか参加していない。
快感や、意味もなく願いを壊したりするかどうかは人それぞれだが、少なくとも、参加者はそういう類の人間なはずだ。
おあいこなはずだ。殺されそうになったから、殺す。
撃って良いのは撃たれる覚悟があるやつだけの理論だ。そうだとしても、人の気持ちは傷つくのは当然だ。人には良心があるのだから。罪悪感を覚えるのはしょうがない。
思えば、俺が殺したあの二人にも帰るべき場所があったのかも知れない。俺にはその片鱗さえ見えなかったが、どこかに隠していたのかも知れない。俺は幸せな家庭を三つも奪っている。これからもそうするのか?
スマートフォンには残り7人と表示されている。
今から俺は六個の家庭を壊そうとしているのか。出来ない。俺には出来ない。
俺はもう殺せない。
「リトさん。やりましたか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あぁ」
「どうしました?」
「俺は⋯⋯⋯⋯今まで⋯⋯⋯⋯⋯⋯色んなのを⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯壊して来たんだな⋯⋯⋯⋯って⋯⋯思ったんだ」
「一体何があったんですか」
何も言わずにシャボン玉を指差した。ミカが覗き込む。すぐに目を離した。
「何も普通の家族じゃないですか。これがどうしたんですか?」
「そうだ⋯⋯確かに、普通の家族だよ。⋯⋯⋯⋯ただ、それが⋯⋯⋯⋯すごく、羨ましくて⋯⋯⋯⋯俺にはもう手に入らないのに⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
そこまで言った時、ふわりと良い匂いが俺を包んだ。ミカが俺を抱きしめたのだ。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ」
ミカの柔らかく小さな手が俺の頭を撫で、髪をすく。それはとても心地よくて、ずっとそうしていたいほどに優しかった。
「もう⋯⋯⋯⋯俺は誰も殺せない」
「それって、諦めるんですか?」
「⋯⋯あぁ」
「何いってるんですか!」
急に声を荒くしたミカに恐怖で体が震えた。
「リトさんは、リコちゃんのためにこのデスゲームに参加したんじゃないんですか?
なのに、諦めてどうするんですか」
「もう無理だ。耐えられないんだ。誰かの願いを潰すことで、罪悪感に押しつぶされそうなんだ。俺は⋯⋯」
「⋯⋯一つだけ、方法がありますよ」
「なんだ⋯⋯」
「神殺しですよ。あの女神が言っていました。『私を殺せば生存者全員の願いを叶える』って。今、それをするときでは?」
「神を殺す? そんなの出来っこない。⋯⋯ミカは見てないかも知れないけど、アイツは触れただけで生物を殺せるんだ。そんなヤツにどうやって戦えば良いんだよ」
「なら、参加者を皆殺しにするしかないですよ」
それはもうしたくない。
「⋯⋯あぁ、わかったよ。アイツを殺せば良いんだろ?」
なら、絶対に殺して、全員の願いを叶えさせてやる。残り7人で神を殺す。
「そうと決まれば、残りの人数が減らないうちに行動しないとです。さ、立ってください」
「⋯⋯⋯⋯強いな、ミカは。俺よりずっと小さいのに」
「バカにしてるんですか」
「いや、褒めてんだよ」
むくれるミカを尻目に、計画を練る。先に誰から仲間にしたほうが良いか。それはすでに決まっている。『勇者』と『聖女』だ。その二人を仲間にしないと神殺しは無理かも知れない。それ以前に、話を聞いてくれるかどうか。今生き残っている全員はあの反抗した男の末路を知っているはずだ。誰も協力してくれないかも知れない。ただ、誰かが俺のように殺すことに違和感を感じているかも知れない。ソイツを引き込めることができれば、勝率はわずかだが上がるはず。
「『勇者』と『聖女』を仲間にするぞ」
「わかりました」
「誰を仲間にしようって?」
「「!?」」
後ろを振り返ると、男性と女性が立っていた。
「アンタのジョブは」
「『勇者』だ」
「話を聞いてたんなら、俺たちが何をしようとしてるかわかるよな」
「ああ、もちろん。神殺しをするんだろう?」
「やるか?」
「良いよ。僕は人を殺したくないしね」
「ありがとう。そっちの女性は?」
俺は『勇者』の背後に立っている女性に声をかけた。修道服のようなものを着ている。言うまでもなく。
「『聖女』です⋯⋯」
当たり。
「神殺しに参加してくれる?」
「えぇ、良いでしょう」
「ありがとう」
「ところで、僕たちは何をしたら良いんだい?
たった四人でどうにかなる相手ではないことは君たちもわかっているだろう?」
「もちろん。残りの三人も仲間にする。七人は心許ないけど、数は多いほど良いからな」
「僕たちに勧誘してこいと?」
「そう、アンタのジョブなら大抵は勝てるだろ?」
なんせ『勇者』だ。ドラクエでも毎回主人公になっているほど。このゲームみたいな世界で『勇者』や『聖女』が弱い設定にされているなんてありえないからな。
「わかった。⋯⋯まだ名前を言ってなかったね。僕の名前は
その紹介を受け、ぺこりとお辞儀をする。
「高木リトだ」
「そっちのお嬢ちゃんは?」
「木村ミカです」
「そっか、可愛い名前だね」
ミカの頭を撫でながらニコリと微笑む。
何だコイツ。ニコポか。天然のニコポとナデポなのか!?
「じゃあ、すぐに集めてくるよ」
◇◇◇◇◇◇
「全員集めたよ」
「早すぎないか」
カナタは、ものの二十分ほどで、この世界に散らばった参加者たちを集めて来たようだ。
「とりあえず、名前とジョブを⋯⋯」
「ウチの名前は
「おれの名前は
「あたしは
名前と顔とジョブを照らし合わせておく。いざ戦いが起こった時に名前を間違えると、重大なミスにつながる恐れがある。作戦は俺が取り仕切ることになっているため、俺が全員を覚えて置かなければ話にならない。
「カナタから話は聞いた?」
「「「いや」」」
「⋯⋯本来ならば殺し合いをする俺らが集まったのは訳がある。それは、全員で神殺しをするためだ」
「お前、本気で言ってんのかよ」
「あれを見てないの?」
言った側から、さまざまな言葉を浴びせられる。ただ、これは予想していたことだ。
「俺は全員で力を合わせれば、アイツを殺せると思ってる」
「それはあんたが神の詳細を知らないからでしょ」
そう口を開いたのは生駒リリカだった。
「詳細って?」
「あたし、『鑑定』ってスキルを持ってるんだけどさ。それで神を鑑定してみたの。そしたら、どうなってたと思う?
アイツのスキルは『物理攻撃無効』、『魔法攻撃無効』、『即死攻撃』、『自動再生』を持ってるんだよ?
それに、素の攻撃力、防御力ともに、一万。HP、MPともに百万。誰が勝てるの?
神に挑むんだったら、この場で殺し合ったほうが勝てる勝算があるから」
まさに絵に描いたような『ぼくがかんがえたさいきょうのキャラ』の典型だ。
これをどうやって突破するか⋯⋯。
「あの、一つ良いでしょうか」
「どうしたんだい。ノゾミさん」
「私、最終奥義があるんですけど、それが『スキル無効結界』なのです。だから、その辺は大丈夫かなって」
「「「マジ!?」」」
あまりの衝撃に全員が異口同音に驚嘆を口にする。
⋯⋯⋯⋯これは勝てるかも知れない。
「ただ、これは私だけが適用外なので、みなさんが結界の中に入ったらスキルは使えないので、不便かな、と」
「いやいや、全然良いじゃん」
「でも、攻撃力とかはどうするの。遠距離攻撃が主なあたしは耐久力が紙なんですけど」
次は能見ジンが口を開いた。
「それは大丈夫だ。俺の罠はデバフつきだから、何回も罠に嵌めれば効果が重複して攻撃力、防御力ともに、減少されるはずだ」
ここに来て、懸念点が次々と解決されていく。これはいける。すると、ミカがポツリと呟いた。
「対策するのは良いですけど、一番の懸念は裏切りでは⋯⋯?」
その言葉に全員が押し黙る。
実際、それが一番の問題だ。カナタなんかに裏切られたらもうおしまいだ。神と戦いながらカナタとも戦う。まさに前門の虎、後門の狼だ。
ただ、カナタの言動や性格上、裏切るとは考えにくい。裏切る可能性があるとすれば、唯一、神殺しに後ろ向きな生駒リリカか。
「わかった。僕は皆を信じる。裏切りなんかしないって信じる。もし裏切ったら、皆でその人を殺すことにする。一番の敵は味方のふりをした敵だからね」
そうカナタが宣言した。おそらくこの場で唯一、神にタメを張れそうで、かつこの場で皆殺しにできるような『勇者』がそう宣言した。
なら、従うしかない。それに俺も便乗しておく。次々に皆が口を開いた。
「俺もそうする」
「私もそうします」
「右に同じ」
「わかりました」
「で、リリカちゃんはどうするんだい?」
カナタが問いかけた。生駒リリカは、考えているのか、眉間にシワを寄せながら、うーん、と唸っている。腕を組んで、頭を揺らしながら
悩んでいる。
五分は悩んでから、ようやく答えを出した。
「わかった。やるよ。協力する」
「良し、決まりだね」
多分、断っていたらカナタに斬られていただろう。それを感じ取って協力すると言ったのだろう。
半強制的のような感じになってしまったが、全員の協力を取り付けるのに成功した。
◇◇◇◇◇◇
「作戦はすでに立てている、と言いたいところだけど、まだなんだ。まだ、誰かどんなジョブを持っているのか、どんなことができるかわからないからな」
当たり前だが、仲間の情報を知らなければ計画なんて立てられない。
「まぁ、大体は決まってる。ノゾミさんの結界に神を閉じ込めて、ジンの罠でデバフをかけ続ける。で、カナタに頑張ってもらう。残りの皆でカナタのサポートってところだ。これでも完全じゃないから、皆のジョブの詳細を教えてくれると助かる」
まずはカナタが話し始めた。
「まずは僕から紹介するね。皆はもう察してると思うけど、『勇者』なんだ。パッシブスキルは『攻撃準備』で、攻撃力が二倍になる。最終奥義は『ブレイブソード』って言って、剣の寿命を全て消費して、この世に存在する魔法を全部凝縮して、一気に攻撃するって感じ」
次は飯島ノゾミだ。
「私は『聖女』で、最終奥義はご存じのとおり、『スキル無効結界』。パッシブスキルは『絆創膏』と言って、任意で選択した対象のHPを5000回復するというスキルです」
生駒リリカが口を開いた。
「ジョブは『魔術師』で、パッシブスキルは『鑑定』。最終奥義は全MPを消費してどんな存在にもダメージを与えられる『ハイパーノヴァ』という魔法を撃つんだって」
「それなら神にもダメージを与えられるんじゃないか?」
「そうかもね」
リリカはジンが言った言葉に曖昧に頷く。
「おれのジョブは『罠師』だ。パッシブスキルが『トラップトルネード』で罠をそこら中にばら撒くってやつだ。最終奥義は『デストラップ』で、即死の罠を設置できる」
「それって神にも効くのか?」
「多分な。でも、規格外すぎてダメージが入っても全て削り切れるとは思わないぞ?」
野川レイナが話し始めた。
「ウチのジョブは『竜使い』。パッシブスキルは『竜の咆哮』。効果が三秒間スタンが付くやつ。最終奥義が『ドラゴンダイブ』で竜の寿命が尽きない限り、何度でも撃てるんだって」
「竜のHPはどれくらいなんだ?」
「10万だって」
「私のジョブは『精霊使い』です。パッシブスキルは『融合召喚』精霊を融合して召喚するらしいです。最終奥義が『大精霊召喚』なんですけど、使う時には私の寿命を全て消費してしまうので、使えないです」
「は、何言ってんだよ。使えよ」
「あなたこそ何を言ってるんですか。ジンさん」
にわかにジンが口を開いた。ジンの言葉にミカが難色を示す。
「みんなが命かけてんのに、なんで最終奥義を使わないとか言ってんだよ」
「私は使ったら死んでしまうので」
「だから何だってんだよ。おれらは全力で戦うのに、不公平だろ!」
「全力で戦うことが死ぬってことなんですか? 違いますよね!」
「まあまあ、落ち着いて。ジンくんが言ってることもわかる。でも、僕らは願いを叶えるためにこれに参加したんだ。ミカちゃんは使わなくても良いよ。そのかわり、サポートよろしくね」
「元からそのつもりです」
一触触発の状態だったが、うまくカナタが取り持ったことで、ことなきを得る。
「えーと、俺が話して良いか?⋯⋯⋯⋯俺のジョブは『魔法剣士』だ。パッシブスキルが『魔力結界』で、バリアを張れる。ただ、2000HP分しかないから、紙も同然だけどな。最終奥義が『全斬撃』っていうやつで、全属性の魔法を2.5倍の威力で放つって技だ。あと、『魔法剣士』の特性で『魔法付与』がある。効果は文字通りだ」
そう言い、剣に初級魔法を付与して放ってみせる。
「計画はノゾミさんが『スキル無効結界』で神を弱体化させる。ジンがトラップでさらに弱体化させる。弱りきったところに、カナタとリリカさんを主に、皆で袋叩きにする。これで良いな?」
「「「異議なし」」」
「じゃあ、今から神を呼ぶぞ」
ポケットからスマートフォンを取り出し、神に電話をかけた。ワンコール目で出てきた。
『もしもし』
「下に降りてきてくれないか」
『何か御用でも?』
たっぷり時間を置いてから、開戦の言葉を紡いだ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯今から、お前を殺してやるよ」
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