最終話

『殺す⋯⋯と言いますと、私と戦うということですね?』

「あぁ、そのつもりだ」

『承知しました。今からそちらに向かいますね』


そうして電話が切れた。皆が待っている後ろを振り返り。


「すぐに来るってよ」

「はい。来ましたよ」

「「「!」」」


神が何の予兆もなく現れた。にこやかだが、今から殺し合いをするとなると、その笑顔が恐ろしく見える。カナタが全員を庇うようにして、前に出る。


「君を殺したら、全員の願いを叶えてくれるのは本当のことなんだろうね」

「ええ、もちろん」

「なら、さっそく⋯⋯⋯⋯」

「ちょっと良いか」

「何ですか?」


遮ったのは俺だった。どうしても確認したいことがあったのだ。


「リコは、高木リコは今どうしてる?」

「ちょっと待ってくださいね⋯⋯」


神は人差し指と親指で丸をつくり、そこから空を覗くようにした。


「死んでますね。この世界は、あなたたちの世界より、時間が進みが遅いですから。もう火葬も済んでますよ」

「⋯⋯は?」


リコが死んだ?

いや、まだ希望はある。ここで神を殺せば良い。


「まあ安心してください。デスゲームが終わったら転送された日に返しますので」

「リコはいつ死んだんだ」

「あなたが転送された少し後ですね」

「わかった」

「あら? 案外冷静ですね」

「お前を殺せば済む話だからな」


自分を鼓舞するように剣を抜く。


「では、かかって来てください」

「ノゾミさん!」

「『スキル無効結界』」


瞬間、黄色い結界がドーム状に広がり、神を含む全員を取り込んだ。


「結界が壊れる前に殺すぞ!」

「「「おう!」」」



◇◇◇◇◇◇



「『攻撃準備』!」


カナタが赤い光に包まれる。神が行動するより早く、懐に突っ込み、突きを喰らわせた。


100万あるHPバーの一ミリが削れる。勇者の攻撃力でも雀の涙ほどしか削れない。だが。


「『デストラップ』」

「『ドラゴンダイブ』」


一気に二つの最終奥義が襲いかかる。クリーンヒットするも、これも数ミリ。だが、デバフ付きの罠を喰らったため、少しだけ攻撃力と防御力が下がる。これで少しは攻撃が通じるはず。


「『魔法付与・アグニドライブ』。ミカ、魔法で神を牽制しといてくれ」


その言葉に頷くと、召喚した精霊の全てで、それぞれの属性の上級魔法を放った。その魔法の影に隠れながら近づく。


前線ではカナタとジンが張っている。二人の攻撃が止み、神が手を下そうとする寸前で斬りつける。


俺はアタッカーとしては機能しない。ただ、神の気を逸らせることはできる。それに徹することで、確実にデバフを与え、カナタとリリカの攻撃を通す。

リリカには最高の最終奥義を撃ってもらうため、防御力をゼロにするまでは攻撃に参加しないでもらった。



今は攻撃力にデバフを掛けてもらっている。即死スキルを持っていなくても攻撃力が一万というのは即死と同義だ。素早さが高いカナタとジンなら、ある程度の攻撃は躱してくれるはず。


「『ドラゴンダイブ』!」


再び、レイカのドラゴンが天空から隕石のように落下してきた。神に当たり、そこら中に噴煙を撒き散らした。


それを利用した神は、手を光らせた。


「範囲攻撃がくるぞ!」


カナタの叫ぶ声に反応したノゾミがパッシブスキルを発動する準備をした。直後、目も眩むような閃光が当たりを包み、神以外の体からライトエフェクトが咲く。しかし、HPが削り切られることは無く、ノゾミのパッシブスキルが発動した。緑色の光が体を包むと、頭上にあるHPバーが上限まで一気に回復した。


神は範囲攻撃が自分達にとって脅威にならないと判断したのか、各個撃破に切り替えた。

カナタは無視し、デバフを掛け続けるジンに矛先が向く。そこにドラゴンが、精霊が、カナタが割って入って異常な程の火力を叩き出した。


だが、それでも神のHPは十分の一も削れていない。


「ジン、まだなのか!?」

「そんな簡単に一万を帳消しにできると思うなよ!」


未だ攻撃力は五千を切っていない。このままではジリ貧で負けるか、結界の崩壊の時間が来て負けるか、このどちらかだ。神は各個撃破も敵わないと見るや、結界を殴り始めた。


結界には耐久力が存在したのか?

確かに俺のはシールドのような役割なため、耐久力が存在する。しかし、『スキル無効結界』は閉じ込める結界だ。それにも耐久力が存在したのか。

⋯⋯よく考えれば耐久力が存在しないとゲームバランスが崩れるな。


「結界を壊させるな!」


神は素早さが一番高いため、逃げに徹せられると捕まえられない。そのため、いつまでも捉えきれずに結界の耐久力が減っていく。


しかし、空にまでは気を配れない。機を窺いながら飛び回っていたドラゴンが自分の巨躯をを活かして、体当たりを決行し、跳ね飛ばすことに成功する。


「この爬虫類風情が! 神である私に何てことを!」

「グルルルッ」


すると、一つ鳴いたドラゴンが喉を赤く染め始めた。それに呼応するように空気が震え始める。緊張が最高潮まで達すると、ドラゴンが口を開いた。喉の奥から、灼熱の息吹を発射する。器用にコントロールされたそれは、神を焼き尽くした。ボロボロにされた神は血走った目でドラゴンを睨みつける。そのまま飛んでいき、腹に強烈なパンチを喰らわせた。


痛みに悲鳴をあげながら、ドラゴンが地面と平行に飛んでいく。ドラゴンの頭上にHPバーが現れ、減少していく。


「ノゾミさんのスキルは溜まってる?」

「いつでも大丈夫です!」

「ウォル、『ブリザード』!」

「『デストラップ』」

「『魔法付与・ローリングサンダー』」


再び、神の体にライトエフェクトが散る。HPバーが少しだけ減った。


「攻撃力が五千を切るぞ!」


じんの言葉に全員が鼓舞され、攻撃の隙が減っていく。数の暴力は大きいようで、神も攻めあぐねている。だが、素のステータスの強みを活かし、攻撃を叩き込んでくる。その度にノゾミのパッシブスキルである『絆創膏』の威力が発揮される。


「鬱陶しいのよ!」


神がうざったい様子で叫ぶ。


このままいけば倒せる​────!


だが、神が集中攻撃をし始めた。その餌食になったのは俺だった。


「死になさい!」

「まだ死ねねーよ!」


攻撃力が五千を切ったとはいえ、俺の防御力では一撃で死んでしまう。伸ばしてくる手を剣で払い除けながら、ドラゴンがいる方向へと誘導する。


その間に手を伸ばしてくる。触っただけで攻撃判定になる理不尽さは攻撃力がゼロになるまで止まないのだ。


掴もうとする手を剣で払い除け、返す刀で斬る。それを拳で弾き、なおも掴もうとする。すんでのところでよけ、前蹴りで距離をとる。


「ちょこまかと!」

「こっちは無理ゲーやってんだ。それぐらい許せ!」


『絆創膏』で死ぬことはないが、クールタイムが存在するため、連続では使えない。俺だけのためには使えないのだ。


剣に魔法を付与して、突きを喰らわせる。範囲攻撃の合図である、神の手が光った。すぐさま、体当たりを敢行。これにより、攻撃を中断させた。魔法で牽制しながら後ろに下がると、脅威の素早さで俺の腹に触れた。


頭上のHPバーが黒一色に染まっていく。が。


「『絆創膏』」


瞬時に満タンになる。


「すまん。『魔法付与・アグニドライブ』!」


攻撃の隙を狙った一撃。完璧に通るはずだった。神速で閃いた神の手が剣を掴み、右手で顔面に触れようとする。上体を目一杯逸らしながら『ファイアボール』で弾き、顔面を殴りつける。ダメージは発生しないが、少しばかりのノックバックの効果は出るため、神の体が硬直する。そこにドラゴンが攻撃を差し込んできた。


一本一本が電柱ほどの太さがある爪の全てを、惜しげもなく神に叩き込んだ。衝撃で吹き飛んだ先に待ち構えているのは、大量に設置されたデバフ付きの罠と、ミカの召喚できる全ての精霊だった。


全ての属性の上級魔法がデバフで弱った神を飲み込んだ。先に攻撃力を弱めているため、防御力は健在だが、それでもHPは減っていく。


すると、ジンが険しい顔をして叫んだ。


「デバフが効かねえ! 多分、攻撃力につけられるデバフの上限が来たんだ!」


ここに来て作戦が崩れる。デバフに上限があることは想定していなかった。このままいけば攻撃力はゼロになった神をタコ殴りにする、あわよくば防御力もゼロにし、瞬殺できれば良いと思っていた。限界が来ても、神の攻撃力は三千も余っている。以前、HPが三千以下のヤツらは一撃で死んでしまう。


「次は防御力を下げてくれ!」

「もうやってる!」

「僕が前に出るから、援護を頼む!」


カナタが飛び出し、神を斬りつけた。


「これで私に対抗できるのは『勇者』だけのようね!」

「ウチのドラゴンもいるっつーの!」


若干余裕が出てきた神に、ドラゴンが巨躯を天空からぶつけた。三度の最終奥義。ドラゴンにも疲労の色が出始めている。


「あまり無茶させるな!」


剣で俺も加勢し、少しでもHPを削る。防御力もデバフにより、減っていく。おそらくこれも、攻撃力同様、ゼロになることはない。つまり、攻撃が通じるのはカナタとリリカだけだ。


「ソイル『グランドスパイク』、ファル『フレイムカーテン』」

「ミカは前に出るな。リリカさんとノゾミさんを守ってろ!」

「でも⋯⋯!」

「ここは俺らが頑張るから、神の防御力が下がってから前に来い!」


カナタとジンの攻撃の間に、魔法を連発することで、神の攻撃の時間を潰し、二人の隙を埋める。これにより、神は自分が思うように行動できない。


すると、神は前線にいる俺らを無視して後ろにいるノゾミ、リリカを狙い、そちらに飛び込んでいく。だが、そこには二人を守るためにミカを置いている。


「みんな、上級魔法を撃って!」


その言葉に小さな精霊たちが魔力を溜め始め、発射。神を迎えうつが、一切止まらなかった。このままじゃ殺される。俺じゃ追いつけない。


「『ドラゴンダイブ』」


ドラゴンが空から落下してきた。神と三人の間に落下してきたドラゴンは、三人を庇うように立ち塞がる。ブレスを吐き、神を焼き尽くそうとする。防御力も下がっているため、神とはいえ無傷では済まない。


神はできるだけダメージを受けないように立ち回る。自慢の素早さでドラゴンの猛攻を掻い潜り、三人に迫る。


「逃げてください! 二人とも!」

「年下を残して逃げれるわけないでしょ。あたしも戦うから!」

「ダメです。リリカさんは神を殺すために温存されているんですよ!」

「あなたが死んだら意味がないでしょ!」

「ミカさんも逃げましょう!」


三人は立ち向かうためにそれぞれが構えた。


「果たして私に勝てるかしら?」

「待てよ。クソ神!」

「本当にしぶといわね!」

「ジンさん!?」

「カナタももうすぐ来るから耐えろ!」


神がめちゃくちゃに拳を振り回した。それがジンにヒットする。


ジンが​──────


「『絆創膏』!」


HPがゼロになる前にノゾミが回復させる。カナタが追いつき、攻撃を加える。


「『デストラップ』」

「『ドラゴンダイブ』!」


同じ攻撃を加えられた神は怒り心頭といった感じになっている。


「デバフが効かねえ! 上限だ」


これ以上、下がらなくなった防御力は二千になっていた。

ようやく、作戦を実行することができる。


「リリカさん!」


杖の先を神に向けた。


「最終奥義『ハイパーノヴァ』ッ!」


唱えると同時、神がいる所に数え切れないほどの大爆発が起こった。


「​──────た​ぞ──────」

「⋯⋯しまし⋯⋯⋯⋯」

「か​──────」


爆発のスケールが大きすぎて、自分が何を言っているのかもわからない。

何色もの爆発が発生し、神を焼き尽くす。煙が濛々と立ち込めた。


やがて、煙が晴れた。そこの立っていたのは満身創痍の神だった。しかし、HPhは半分以上残っている。それに畳み掛けるようにして。


「『ブレイブソード』」


最強の『勇者』の最終奥義が襲いかかった。


目の覚める鮮やかな青色に包まれた剣身は、陽光と相まって、神よりも神々しく見える。

まともに動けない神にクリーンヒットした。


青い光は神を包み込み、より一層輝きを増す。そこに発生する赤いライトエフェクトが青空の下に映えるハイビスカスのよう。


「あぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ​──────」


神の絶叫が響き渡った。



◇◇◇◇◇◇



最終奥義を放ったことにより、カナタの剣が崩れ去る。


「終わった⋯⋯?」


誰とも言えない呟きが、思考停止した脳に神を倒したという事実を叩き込む。


「やった!」


その叫びはカナタだった。


「やった。倒した。倒したぞっ⋯⋯」


喜ぶカナタの胸から手が出ていた。その手は手刀を形作っている。口角の上がった口から血が溢れる。


「あぇ⋯⋯?」


手が引き抜かれた。支えを失ったカナタは地面に倒れ込む。背後から出てきたのは、死んだと思われていた神だった。


「ノゾミさん! スキルを!」

「まだクールタイムで使えません!」


カナタは弾け飛んだ。そこから、シャボン玉が浮いてきた。俺はそのシャボン玉を見たことがある。あれは、願いが詰まったシャボン玉。そのシャボン玉は、決まって参加者が死ぬ時に出てきた。つまり、あれが意味することは。


「死んだ⋯⋯?」

「いやああああ!」

「カナタぁ!」


一瞬で阿鼻叫喚と化した。


「勇者を倒せば私に勝てる者はいませんからね」


神は優雅に立ち上がり、余裕綽々にこちらに歩いてきた。


「リリカ。もう一回!」

「もうMPないよお! 回復しようにも結界内じゃ使えないし!」

「おれが最終奥義で殺す!」

「あら、言いましたよね。勇者ではないと倒せないと」


一瞬でジンの胸に風穴が開く。また一つ、シャボン玉が作られる。

次々と殺されていく。俺はそれを呆然と見ていた。


だが、ミカに手がかかる寸前、体が動いた。ミカを抱え、地面を転がる。剣を抜き、神に相対する。


「ミカ。俺が囮になるから魔法でコイツを殺せ⋯⋯」

「ダメです。死んじゃいますよ!」

「これしか方法がないだろ!」

「でも!」

「あのー、もう良いですか?」


神が口を挟む。手をゆらゆらと見せつけるようにしてこちらに向かってきた。


「他に生きてる奴は」

「私たちしか残ってません」


クソ⋯⋯。


「リトさん。一つだけ方法があります」

「なんだ?」

「リトさん。あなたが生きてくださいね」

「⋯⋯?⋯⋯! おい、やめろ!」

「最終奥義『大精霊召喚』!」


ミカの背後から巨大な精霊が出てきた。それと同時に、ミカの体が小さな粒子となり、消えていった。そこにはシャボン玉が残るだけ。


大精霊は巨体に似合わぬ速度で神を羽交締めにした。そして、俺に差し出してきた。


なんだよ、俺に殺せってか。


「あとちょっとだったのにぃ⋯⋯」

「おい、クソ神」

「なんですか?」

「死ね。『全斬撃』」


神も粒子となり、消えていった。そこから、シャボン玉が出てきた。俺の脳内に神の声が聞こえた。


「あなたが勝者です。なんでも願いを叶えましょう」


死んだ仲間たちのシャボン玉を見た。それでも俺の心は変わらなかった。そこだけはブレちゃいない。


「俺の義妹いもうとを生き返らせて、幸せにしてください!」


心の底から叫んだ。


「承知しました。もし、生き返らせた人間が、ゲームに関する記憶を持っていたら、それを消去します。あなたの願いはきっと叶えられるでしょう。元の世界に帰還します」

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